第12.5話

 縁側で空を見上げている弟を見つけて、秋久は音もなく近寄った。


「何を見ているのですか、宗二郎」

「月を。兄上、占いをどう思いますか?」

「占い? 私はあまり好きではないです、占いって。解釈もそれぞれで、言った者勝ちな所がありますからね。占者の感覚が大部分を占めます。覗きこんだ水晶玉の影に虎を見るか龍を見るかは、本人にしか分からない」


 いい加減なものですよ、と秋久は言う。


「全部がそうとは言えないのでは? 占星術なんかは、論理と経験に基づいていると思うんですが」

「それにしたって、結局、重要なのは人間なのですよ。理論と経験が有り、蓄積された知識も、どうしたってそれを読み解く個人次第。方程式から答えを導き出したとしても、その解に意味づけを出来るのは常に人間だけなのです」


 星の動きに意味を考えるのは、この世に遍く存在する生き物の中でもヒトくらいだろう。


「天体は昔からよく形容詞に使われますよね。太陽みたいな、とか月のように儚げとか。月は儚い物です、自らは輝けずに太陽の光を反射するだけ。しかし、それだからこそ、幻想的であるとも言えませんか?」


 太陽は美しい、美しいから素晴らしい、素晴らしいから良いモノだ。

 反対に月は空虚にして幻想的。魔性にして蠱惑的。モノを狂わせる。


「さて、輝けるから素晴らしいのか。儚いから美しいのか。それを解釈するのは個々人の感性に依る所が大きい。そもそも月を儚いと思うのも、これまた個人の好みです。与えられたものに何を見るのか、どう解釈するのか……。そんな問題、別に占いに限った事柄でも無いのですけれど」

「でも、解釈の違いと言っても、ほんの僅かじゃないですか」

「その微々たる違いが、時に大きな結果の違いを生むのですよ。宗君」


 例えば夢占い。

 黒猫が登場する夢を見たとして、それが良い夢なのか悪い夢なのか。

 黒猫は魔女の手先として不吉な存在と考えられる場合が多い。

 しかし、そんな事を気にせず猫好きの人間が見たのなら、それは幸運の招き猫とも言える。

 黒い猫には魔除けの加護がある。


 あるいは、大きな水に飲まれる夢を見たとしよう。

 その場合、素直に水に気を付けろと解釈するのもよい。

 が、水は火の暗示でもある。

 夢で水に飲まれるのなら、火に注意しろと受け取る事も出来る。


 夢は夢であり……現実ではない。

 夢は、ある種の異世界であると言える。

 そこではあらゆる物の価値が逆転する。

 落ちる夢を見ると機運が上昇し、誰かの葬式の夢を見ると誰かの病気が快復に向かうと言った具合に。


 夢は夢、現実ではない。

 だから、いかようにも転ばせられる。

 やはり占いは解釈次第だ。


 余談だが、日本の説話である宇治拾遺物語には、ある男が他人の夢を盗んで右大臣まで上り詰めたなどと言う話がある。

 夢は標であり未来を暗示する。

 それを奪われた男は成功することも無く、憐れ官職にもつけず一生を終えた。


 夢は他人に話してはならない。もし他人に聞かれたら奪われてしまうから。


「ところで、私なら月から女性性を連想します。月は陰の気に属し、女性もまた陰気です。月と女性……魅惑的な女性にご注意を、といった所でしょうか」

「それは誰の事を言っているんですか、兄上」

「さてはて。占いは内容いかんよりも、それをどの様に扱うかが重要なのですと言う事です」


 弟の質問に、秋久は最後に告げた。


「この世は不思議な事ばかり。何が起きたってそれはあり得ない事ではないのです。偶然と必然の違いは、ただの解釈の違いでしかないのですから。そして解釈は己の立ち位置によって、その都度変わっていきます。この世はのべつ幕なし移ろうのですよ、宗二郎」


 だから、決して、自分の立ち位置を見失わないように。


「君は鬼斬りなのだから」

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