第8.5話 

 九条緋織は、電気のスイッチを指で探りつけた。

 パチリと乾いた音がして、暗闇だった部屋に明かりが点く。

 机と本棚とベッドとクローゼット等々が所狭しと置かれて、乱雑と整理整頓の中間くらいに整っている。狭い部屋だが、一人で使うには十分とも言える。

 荷物を机の上に放り出して、軽く伸びをしてから椅子に疲れた身体を預けると、ギシリと木が軋む音がやけに響いて聞こえた。


「やれやれ……」

 と、息をはく。


 こんなに身体に疲労感が残るのは久しぶりだった。

 緋織は、今日あったばかりの少年、東雲宗二朗を思い出す。

 物腰が柔らかく、歳不相応に落ち着いた感じだが意志は強そうだった。特に、闘っていた時は研ぎ澄まされた気迫を持っていた。しかし、どこか危なっかしい印象もあり、目が離せないタイプだ。

 緋織はくすりと一人、自室で笑う。


                   ◇


 緋織は別れ際、秋久にふとした疑問を尋ねた。

「何故、私に力を貸してくれるのですか?」

 ──今日会ったばかりなのに。


 秋久は、大人版宗二郎といった風貌だが、弟とは違いただ親切心や厚意だけで動いていない気がする。

 然もあらん、一家の長ならば打算を考えるのも仕方がない。

 無論、彼に善意が無いかと問われれば、そうでは無いと言える。

 秋久は考えるよう顎に手を当てて頷く。


「確かに、怪しさ満点ですけれど、ま、打算と言うほどではないのですが。ちょっとした期待ですか」

「初対面の私に?」

「初対面だからです。宗二郎が」

「その程度で、ですか」

「その程度で、ですよ。根拠のない、ただの勘のようなものです」

「勘とは、似つかわしくない」

「さて、如何でしょうか。インスピレーションは大事です。自分の感覚くらいは信じられないと、本当に信じられものが無くなってしまいますよ」


 くすりと、緋織は微笑む。


 確かに彼女の「似つかわしくない」発言も、秋久に対しての印象からの言葉である。何となく、程度の思い込み。要はイメージだ。


 その何となくを突き詰めれば自分が納得できる理屈を探し出せる気もするが、必要はないだろう。


「あの子は生真面目すぎる嫌いがありますから、貴女のような人が影響を与えてくれれば、と。貴女はなかなか豪気な方だ」

 秋久は断言する。


「成る程。……それって褒めています?」

「勿論」 


                   ◇


 携帯電話の振動する音で、緋織は意識を現実へと戻した。

 ディスプレイにはメールの着信を告げるアイコンがチカチカと点滅している。カチカチカチ、彼女は携帯を操作して送り主を確認してから、それをそっと折りたたんで机の上に置きなおした。着信は幼馴染からだった。緋織の部屋の電気が点いたのに気が付いたのだろう。

 内容は見るまでも無く、怒りの文句に決まっている。


「困った。返事しないと増々怒るだろうな……」

 今日は、帰って来るのも遅かったし。


 そもそも、帰るのが遅れたのは不慮のアクシデントの所為で緋織の所為ではない。

 とは言え、詳しい説明する術を持たない彼女では幼馴染を上手く納得させることも出来ない。

 と、言う訳で放っておこう。


 頭の中で激しく間違った三段論法を思い浮かべて彼女は一人納得した。

 怒りっぽいのが玉にキズだよな、と緋織はこぼす。

 幼馴染の國枝千尋は、昔からよく怒る子供だった。

 緋織の思い出せる子供のころの記憶の、最初の方からいる。


 記憶、と言えば、今日聞いたことをなんとなく知っているような気がしたのは、何故だろうか。

 覚えていないが、前にも聞いたことがあるだろうか。


 取り留めの無い思考を巡らせる。


 考察するのも億劫だ。考えたってどうせ結論何て出やしないのだから。

 緋織は前提を知らない。前提が間違っているのなら、どんな結論を導こうが結局正しい事になってしまう。

 それって、後は好みの問題でしかないって事だろう。

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