第二一話 メリーゴーラウンドに乗ってる君のことが好きだよ

 1

 弘前市の駅前(町)には、地上8階・地下1階まである『イトーヨーカード』が建っているんだ。

 他の県の人には、たぶん青森市や八戸市の人にも信じられないかもしれないけど、弘前では、この『イトーヨーカード』をデパートと呼ぶ。

 たぶん、服飾や化粧品などの専門店がたくさん入っていたり、書店、CDショップ、おもちゃ売り場などの娯楽商品専門店、カルチャースクールや病院、旅行代理店や美容院など、さらには8階にレストラン街と、たくさんの「スーパー」らしくない店が入居しているからだと思う。

 ちなみに1階は、バスターミナルなんだ。

 昔は、エレベーターに、エレベーターガールまでいたんだってさ。



 2

 ボクはその6階、子供向けの屋上遊園地のベンチに座って、コーラを飲んでいた。

 コーラは、アキラが大好きだったんだ。

 そうして飲んでいると。

 ボクの髪の毛を、くしゃくしゃとする手があった。

「相変わらず、短い髪だなあ」

 アキラだった。

「うるさいな。やめろよ」

 ボクは文句を言う。

 本当は、嬉しかったけど。

「あんまり短いと、男の子と間違えられるぜ?」

「いいじゃないか」

 ボクは言う。

「伸ばすの、似合わないんだよ」

「そんなことないさ」

 アキラは、隣に座り、ボクのコーラを奪った。

 飲みながら、言う。

「オレ、ヨーコの長い髪、見てみたいなあ」

「ふん。うそばっかり」

「うそじゃないさ」

 アキラは、ちびちびとコーラを飲んだ。あんまり見た目では、大好きそうには見えない。

「誰もいないねえ」

「うん。平日の昼下がりだからね、ボクとアキラだけだ」

「専門学校ってどうよ?」

「まあまあだね」

「そうか。まあまあ、か」

 じつは、まあまあじゃなかった。

 アキラに、悩みを聞いて欲しかった。

 代わりに、アキラの話を聞いてあげるから。

「制服を着替えもしないで、あの頃もここに来たよね」

「来たねえ」

 ボクはアキラに、言いたいことの半分もまだ、言えてやしないんだ。

「よし。メリーゴーラウンドに乗る」

 あはは、とボクは笑う。

「だから、何度も言ってるだろ。あれは子供用だって」

「壊れたら、一緒に謝ってくれよ」

 アキラはお金を入れて、メリーゴーラウンドの馬車に乗った。

 ゆっくりと、回り始める。

 アキラは、笑顔で手を振った。

 ボクも、嫌々なフリをして、手を振り返す。

 ああ。

 君が好きだよ。

 メリーゴーラウンドに乗ってる、君のことが好きだよ。



 3

「ああ、楽しかった」

「そうかい、そうかい」

 ボクは、突然、変なことを思い出した。

「ねえ、覚えてる? アキラが昔、言ったこと」

「なんだろ?」

「『カンガルーみたいに、軽やかに生きられない』って」

「言ったね」

 あの日、ボクは笑ったけど、今日はなぜか笑えないよ。

「うん、言った言った」

 そう呟いて、アキラは考え込む。

 ボクは、その横顔を見る。

 哲学者のように君が見えるときもあるし、ボクサーのようにも時々、見えてしまうよ。

「オレは、どういう存在なのかなあ」

「存在?」

「世の中にとっての、オレの存在さ」

 なんだか、また難しいことを言う。

 ボクにとってのアキラは。

 ジョン・レノンがいなくったって、平気なんだ。君といると。

「そろそろ帰ろうかな」

「ええ?」

 まだもう少し、こうして君と話がしたいんだ。

 メリーゴーラウンドに乗ってる、君のことが好きだよ。

 メリーゴーラウンドに乗ってる、君もボクが好きかな……

「一緒に行くか?」

 アキラは言った。

「うん。そうだね」

 ボクは、そう答えた。



 4

「いけません!」

 その声で、ボクは振り替える。

 日本刀を持った、綺麗な男の人が立っていた。髪は、ボクとはまるで違って、腰まである長さだった。

 上下とも雲のように白いスーツを着て、空のように青いネクタイをしている。帽子も白だ。

「いけません。ゆっくりと、こちらに」

 ボクは、フェンスを乗り越えようとしていた。

 6階から、飛び降りるつもりだったんだ。

「死ぬんだ! ボクは、アキラと同じところに行くんだ!」

「馬鹿なことは言わないで。さあ」

 ボクは泣きながら言う。

「ボク、アキラがそんなに悩んでるなんて知らなかった! ボク、気付いてあげられなかった!」

「それは、死ぬ理由にはなりません。残された者は辛いですが、いっそう懸命に生きていかなければならないのです。それが供養となるのですから」

 ボクは、叫ぶ。

「でもアキラが! アキラが、一緒に行こう、って言ってくれたんだ!」

「それは、本当にアキラさんですか? ほら、良く見て下さい」

 メリーゴーラウンドが回っていた。

 それに乗っている、男の人。

 それはアキラにそっくりだけど、アキラじゃなかった。

 目は夕日のように真っ赤だし、アキラは、あんな気味の悪い笑い方はしない。

「鬼です。それはアキラさんの姿を借りた、邪悪な鬼なのです」

 鬼?

 鬼なの?

 あれはアキラじゃないの?

 ボクの全身から、力が抜けた。

 ゆらっ、とフェンスから落ちる。内側に。

 それを、白い男の人が、受け止めてくれた。

「僕は鬼退治の専門家なのです。あの鬼を、これから退治しますよ。良く見ておくべきでしょう」

 その人は、そう言った。



 5

 ボクはベンチに座り、熱い缶コーヒーを飲んでいた。コーラは、飲む気がしない。

 伊吹冷泉さん、その白いスーツの男の人は、隣に座っている。

「落ち着きましたか?」

「うん」

 冷静になってみると、恥ずかしかった。自分のしようとしたことが。

「バカだよね。後を追おうとするなんて」

「鬼に魅入られたのです。あまり気にしないことですね」

「うん」

 伊吹さんは、立ち上がった。

「さあて。僕は行きますよ。寒くなってきました。ヨーコさんも長居はしないように。風邪をひいてしまいます」

「ありがと」

 伊吹さんは帰って行った。

 缶コーヒーを飲み終わったら、ボクも帰ろう。

 うん。

 そして、もうここには来ないんだ。




 川村カオリさんの思い出に。

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