最終話 孤独な英雄

 来栖雄也は一人、アパートの自室で夜空を眺めていた。左腕にはあの日謎のバングルを嵌めた時にできた火傷のような傷が未だに残っている。あのバングルのせいで、来栖は異形の化物ルージュとなり、異形の化物SEEDと戦うことになった。自身も異形という、もはや人とは外れた存在でありながら、同じような境遇のSEEDを手にかけている。


 SEEDは確かに人を殺している。しかし、あ奴らも生きるためにそうしているのではないか。そう考えると、自分がやっている事はただの殺生なのではないか。生きるために人を殺し、人に紛れて生きているあの化物を殺している自分こそが本当の化物なのではないか。来栖はそんな悩みを抱えていた。しかし、その悩みを木部に打ち明けることで来栖の心は幾分か楽になっていた。戦う理由、守りたいもの、それが分からないままで英雄などと呼ばれていことが、彼にとって重い鎖でしかなかったのだ。



*****



 翌日も来栖は篠崎に呼び出されては、SEEDの討伐を任されていた。


「後は頼んだよ来栖」


 篠崎はそう言うと、来栖の肩を叩き建物の影に隠れる。決して篠崎が来栖を助けてくれるなんてことは無い。彼は、SEEDを倒すことこそ正義だと考えており、そのためならルージュを利用することは当然だと思っている。


「あいつがあのバングルを嵌めてれば良かったのにな───」


 来栖はぼそりとそう呟くと、ヘビSEEDを見事倒した。




「さっきの戦い、見事だったよ。これからもよろしく頼むな」


 篠崎はそう言うと、来栖の肩をぽんっと叩き現場の後処理に取り掛かる。自分が事態を収めた訳でもないのに、SEEDが倒された後は篠崎はいつも上機嫌だ。自分が正義の味方なのだと、そんな感覚に彼は酔いしれているのだ。


「俺は、お前の自己満足のために戦ってるんじゃない」


 来栖は篠崎の背中に向かってそう吐き出すと、一人街の影に消えていった。



*****



 その日の夜、来栖は久し振り皇居の周りをランニングしていた。あの日の事件以来、皇居周辺は警察の調査のために封鎖されており、外周ですら立ち入ることが禁止されていた。それも半年過ぎた最近になって解除され、今では以前のように皇居ランナーで溢れていた。その日の夜も、来栖の他に数人のランナーが軽快に風を切っていた。


 そんな中、桜田門の前の道を通りかかった時、コートを羽織った女性が前から歩いてくるのが見えた。来栖は、こんな時間に女性が一人で出歩くなんて危険だな、と思ったがその女性の顔が照明で照らされた瞬間咄嗟に足を止めた。


「木部さん?どうしてこんなところにいるんですか?」


 来栖の前から歩いてきたコートを羽織った女性は、東方新聞に勤める木部だったのだ。


「あ、来栖さん。奇遇ですね。来栖さんはランニングですか?」


 会社帰りだとしても、木部が勤めている東方新聞社は渋谷にある。わざわざ皇居の前の通って帰るなんておかしな話だ。


「そうですよ」


 何かがおかしい。来栖は直感からかそう感じていた。それに、会話が微妙に噛み合っていない事も気になっていた。


 しかし、それ以外見た目におかしな点は見られない。その時、来栖の脳裏に最悪な事態が過ぎった。しかし、来栖はそんなことが起こるはずがないと瞬時にその考えを消し去る。だが、もしそうならば全てが納得いく。来栖が感じている違和感に、胸のざわつき。


 そして、来栖は乾き切った口でこう言った。


「木部さん、俺のこと下の名前で呼んでくれるって言ったじゃないですか。忘れちゃったんですか?」


 そう言うと、目の前の木部は眉間をぴくりと動かし、一瞬表情が崩れたかと思ったが、いつもの顔で答える。


「あれ?そうだっけ?ごめん、うっかりしてたよ雄也くん」


 その瞬間、来栖は確信する。


 目の前の木部が、木部ではないことを。


「おい、お前いつ木部さんに『擬態』した」


 来栖が俯きそう言うと、木部は右の口角を上げ来栖を嘲笑うかのように喋り出した。


「なんだ、バレてたのか。お前、よく分かったな?流石は、この女の記憶に強く残ってた男だけはあるってか?」


「木部さんを・・・、木部さんをどうした・・・」


「どうしたって、分かってんだろ?喰ったんだよ!俺達はな人間のライフエナジーを餌に生きてるんだよ。俺達も生きるためには、人間が必要なんだよ。お前も分かるだろ?お前達だって、生きるために豚や鳥を殺してるんだろ?こいつの記憶を覗いたからな、大抵のことは知ってるぞ?お前達人間も、俺達と何ら変わらないんだよ」


「黙れよ・・・」


「あ?なんだ、正論過ぎて言い返せもしないか。そりゃ、そうだよな。そもそもお前ら人間は、古くから俺達の餌として生きてきたんだからな。それが、あの赤いのが人間側についたせいで俺達は封印されるわ、目が覚めたら何百年も経ってるわ、全く散々だぜ」


「何で・・・何で・・・木部さんなんだ・・・」


「何でって、この女は人よりライフエナジーが強かったからな。前の男から喰ったライフエナジーが底を尽きたから、次を喰ったって訳だ。どうだ?英雄さんよ。愛する者を殺された気分は?」


「ふざけるな!なぜお前らは命を弄ぶ!」


「おいおい、それは心外だな。俺達は弄んでなんかいないぜ?あくまでも、生きるためにやってるんだ。これはお前達人間も同じだろ?だから、恨みっこなしだろ?」


「黙れ!お前らに喰われていい命など、この世界にはありはしない!お前らみたいな化物なんかに!」


「お前も化物だろ!いいか?お前がルージュなんていわれているその力は、かつて俺達を裏切り人間の味方などと名乗り、俺達を封印しやがった、お前達がSEEDと呼ぶ化物そのものなんだよ!赤鬼のSEEDとでも呼べば分かるか?」


「この力が、SEED・・・?」


「ああそうさ、お前は化物の殻に擬態しているようなもんさ。だからだ、お前は俺達と変わらないんだよ。そして、お前は俺達にとって邪魔な存在であり、裏切り者でもある。憎くて憎くて仕方ないんだよ!」


「そんなの、俺の知ったことではない───」


「だろうな。まあ、いいさ。お前はこの女を二度も殺すことは出来ないだろ?つまり、お前はここで俺に殺されろ。そして、再び俺達の世界を取り戻すのさ!」


 来栖は左腕の傷跡を抑える。しかし、彼には木部に擬態したSEEDの言う通り、どうしても戦うことが出来なかった。何故なら、木部を自らの手で殺したくなかったのだ。


「哀れだな。お前は英雄でも何でもなかったんだよ。お前はただの孤独な人間。力を得てしまっただけの、不幸な人間さ」


「俺は一人じゃない・・・、確かにそう言ってくれたんだ・・・」


「それがこの女だろ?知ってるさ、この女の記憶は全部知ってるさ!この女がお前をどう思っていたのか、どうしようとしていたのか」


「彼女は・・・、木部さんは俺のことをどう思っていたんだ・・・?」


「なんだ、それが知りたいのか?いいだろ、どうせお前は死ぬんだそれくらい教えてやるよ」


 来栖は左腕を抑えていた右手を離し、全身から力が抜けていた。


 自分は結局何の為に戦ってきたのだろうか。誰かを守る為?そしたら、その誰かとは誰だ?自分以外の全ての人か?そんな誰とも知らぬ人のために自分は命をかけてきたのか。そして、結局本当に守りたい人を守れず、俺は一人きり。こいつの言う通り、俺は孤独なんだ。英雄なんて大層な存在じゃない、俺は世間に造られた勝手なヒーロー。誰も、俺を見てはくれなかった。あの人、一人を除いて。


「この女は、お前のことを愛していたぜ」



*****



 突如東京を中心として全国に現れた謎の生命体。政府はそれらを『SEED』と名付けると、警視庁にSEED対策本部を設置した。しかし、対策本部や自衛隊がSEEDに対抗するも、その結果も虚しく全滅。


 人々は願った。『悪』の化物SEEDを倒してくれる『正義』のヒーローを。大人も、子供も天に祈るようにしてそんな存在の登場を待ち焦がれた。


 しかし、それは現れなかった。




 かつて世間で噂されていた赤い英雄ルージュの話など、その時にはもう誰の頭にも残っていなかった。




 誰の心にも残らず、二度も死した孤独な英雄ヒーローの話。


 

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LONELY HERO 新成 成之 @viyon0613

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