Episode43 ~あなたの隣~

「ノアは──魔術がどういうものだか知ってる?」


 いざ特訓を始めようといった矢先、アンリがそんな事を聞いてきた。

 ノアは教科書を頭の中でめくりながら、ゆっくりと答える。


「えっと……小さな儀式みたいなもの?」


「そう魔術は儀式よ。でも、不思議じゃない? 何で呪文と魔法陣、あとマナを用意するだけで、超次元な力が使えるのか」


 確かに、と思った。

 普通の人間は手から雷撃を出せたり、無から物を作ったりはできない。

 でもノア自身は、マナの使い方を知っているだけで、ただの人間だ。

 なら何で──そんな力が使えているのか。


 しかしそれは、ノアが今まで感じたことの無かった疑問だ。

 自分にとって、魔術とは「そういうもの」であり、学園でも呪文と魔法陣の描き方を教え込まれていたのだから。


 あくまで仮説として聞いて欲しんだけど、と前置きをして、アンリは続けた。


「昔、ステラと呼ばれる魔導士が書いた論文を読んだの。

 それによれば、魔術は『概念と繋がる儀式』だと言われていたわ」


「概念……?」


「そう。概念っていうのは、属性ごとに神話で語り継がれている神のこと

 つまり私たちの魔術は、神々の力を分けてもらう事で成立している」


 アンリが腕を上げて、とある魔術を起動する。

 頭上の魔法陣が影を落として、地面に何かの図が映った。

 投影術だ。


 その図は、人の形をしたものが無数にあり、そのどれもに線が引いてある。

 その線をたどっていくと、一つの紅髪の人図に収束していた。

 これがアンリという事だろうか。


「この私の図が術者として、魔術を行使する時は、この無数にいる神と繋がっていると思ってちょうだい。

 属性ごとに語り継がれる無数の神。これらを『概念』として一括りにする」


 アンリは線を伸ばす無数の人形を、ぐるりと大きな丸で囲んだ。

 

「例えば、炎属性の魔術を使えば、炎属性の概念と。雷を使えば、雷の概念と繋がることになる」


 ノアはその説明に付いていくのがやっとだった。

 普段魔術の文献やら、論文やらを読まないので、この系統の話に疎いのだ。


「ここからが本題よ。

 でも『概念』と繋がるということは、そこに付随する無数の神とつながりを持つということ。

 だから、一つ一つの線が細くなる。

 それだと時間もかかるし、労力も無駄に消費してしまう。

 なら──最初から一つの神に絞って、線を太くしてしまえばいい」


「へ、へぇ……」


 とうとう訳が分からなくなる。

 苦し紛れに頷いてみたが、親友にはお見通しらしい。

 少し考え込むような仕草をして、


「例えば、雪だるまを作るとして、30人で小さな雪玉を作ってそれを組み合わせるより、二人で大きな雪玉を二つ作って合わせれば、時間も手間もかからないでしょう?」


「ああ、なるほど……」


「まあつまり、その特性を理解すれば──」


 アンリが投影術を解いて立ち上がる。

 腕を伸ばし、鋭く息を吸い込む。


「《ルーセント》」

 

 瞬間、空気が爆ぜた。

 ノアの眼前に無色透明の光の線が通る。

 肉眼でそれを追った頃には、線は壁にすり抜けるようにして消えていた。

 ──見えなかった。

 アンリが起動した魔法陣も、射出される瞬間も。


 ノアの目にはただ一言、呪文を言っただけで出たように見えた。

 魔法陣や呪文を省略する技術は、空挺軍レベルの最高位の技だ。

 それを、学生であるアンリが使えるなんて。

 ノアは絶句するしかない。


「あたしの一家は古くから同じ神を信仰しているから、聖属性のとの繋がりが太いんだと思う。まあ、今は聖属性しかできないんだけど。

 広く浅くより、太く狭く。それを心得れば魔術の起動時間も、威力も上がるし、多少の工程を省略できるようになる。

 ──分かった?」


「つ、つまり……私にもそれができるようにしろってこと?」


 とてもできるビジョンが思い浮かばない。

 やる前から精神的に音を上げているノアに、彼女は優しく頭を振った。


「それは最終目標ね。

 あたしだって十年以上同じ神を信仰してるからできたのよ。まともに神話を知らない貴方が、神と個別にパスを持てるようになるのは、とてもじゃないけど出来ないと思う……。

 でも、候補を絞り込むことはできるはずよ!」


 候補というのは、無数に繋がっている神の種類とか数をしぼるという意味だろう。

 確かにアンリの仮説が本当なら、それだけでも魔術の性能は上がる。


「さ、お喋りは終わり。

 そろそろ本格的に特訓始めるわよ!」


 鼓舞するようなアンリの声に気を引き締める。

 忘れそうになったが、アンリに特訓を頼んだのにはちゃんと理由がある。

 勿論、魔術決戦トーナメントでカイの足を引っ張らない為もあるが。


 それよりも、ノアは彼の隣に並びたいのだ。

 自分が守れる対象である限り、彼は振り向いてはくれない。

 この気持ちを伝えるのは──ノアが自信をもって、彼の隣に並べた時だ。

 そのためにも、今回の大会は絶対に負けられない。


「よろしくお願いします!」


 ノアの決然とした声が中庭に響くのだった。

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