3章 魔術披露祭

Episode42 〜新たな舞台〜

 グラーテ魔術学園は、それなりの進学校である。

 こと魔術関連の仕事に関しては、この学園に入っておけば将来の心配はない、と噂されるほどだ。


 施設の充実さもこの学園の売りだ。

 日替わりで商品が変わる購買、広い食堂(しかもタダ)、暖かい日が差し込む中庭。

 この学園の昼休憩は退屈しない。

 だから昼休憩の時は、わざわざ何も無い教室に留まる生徒の方が珍しい。


 そのはずなのだが。


「相変わらず凄いね……」


 隣に立っているノアが苦笑いを浮かべる。

 視線を戻して、カイは腕を組みながら嘆息した。

 現在、二人は教室の隅に立っている。

 昼休憩の鐘が鳴ってじきに、押し寄せてくる人波を見て、カイはノアと共に避難したのだ。


 その人混みは、一瞬にしてアンリを取り囲み……今に至る。

 集まっている生徒達の目的は一致している。


 それは──近々行われる『魔術披露祭』。

 その一大イベント、『魔術決戦トーナメント』のペア立候補生だ。 

 総合成績10位以内の二年次生だけが出場できるこの大会は、ほか魔術学院からも選手が集うので、優勝したものはそれ自体が栄誉となる。


 毎年、春になるとグラーテ魔術学園で行われるこの式典は、例年多くの人が見に来る。いわゆる魔術に通ずる「お偉い方」も。

 ゆえに、これから進路を決めようという二年次生にとっては、絶好のアピールチャンスなのだ。

 事実過去に、この披露祭を通して直接スカウトされた生徒がいる。


 そんなこんなで、その魔術決戦トーナメントの優勝候補であるアンリのペアになりたい生徒が、こぞって集まってきているのだ。


「アンリさん! 僕じゃダメですか⁉ 魔術支援には自信があります!」


「俺も強化術エンチャントには自信が──」


「私も──!」


「ごめんなさい。ペアは自分で決めたいんです……」


 詰め寄る生徒たちに、アンリが苦笑いで対応する。

 さっきからずっとこの調子だ。アンリはどれだけ来られても、ペアは自分の目で決めたいらしい。


 因みに、カイはノアとペアを組んで、もう提出してしまっている。

 具体的に言えば、総合成績10位以内に入ったノアが、カイとペアを組んだ。

 つまり、ペアは成績関係なく誰でもいいのだ。


「すまんな、ノア。無理させてしまって」


 そんなに成績が良いほうではないのに、無理をさせてしまったことをカイが謝罪する。

 しかしノアは、いつも通り優しく微笑んで首を横に振った。


「ううん。実技はアンリが教えてくれたし、筆記はカイが教えてくれた。二人がいなかったら達成できなかったよ……」


 そう言った後、不思議そうに小首をかしげて、


「むしろ、アンリがカイをペアに選ばなかった事の方が不思議。

 二人が組めば、絶対優勝できるのに」


「それは……あいつのプライドだろうな。俺とは味方としてじゃなく、敵として戦いたんだろ、あいつは」


 カイは腕を組んで、遠巻きに紅髪の少女を見やる。

 それを見たノアが心配そうに眉をひそめた。


「そういえば、腕はもう大丈夫なの?」


「ああ。もう包帯も取れたし、今日で定期診察は終了だってさ。もちろん魔術も今まで通り使えると思うぞ?

 ……何とか披露祭前に完治できてよかったよ」


 軽快に言うカイに対して、ノアは顔を伏せて、胸の前で両手を握っていた。

 ──やはり心配なのだろう。いや、それより何もしてあげられない自分自身を責めているのか。

 そんな彼女の頭を、カイは優しく撫でた。


「勝とうぜ、絶対」


 彼女は視線を上げると、決然とした表情でうなずいた。



 ※ ※ ※



 放課後、最近のノアはカイと別れて帰路に付く。

 カイが診療所に定期診察に行くからだ。

 だが最近は、帰らずに学園に戻って秘密の事をしている。

 それは──。


「お待たせ!」


 ノアが扉を開け放つと、中庭の中心に立っている人影がこちらを向いた。

 そよ風に流れる鮮やかな紅の髪。ノアにとって、唯一無二の親友であるアンリの姿があった。

 彼女はいつもより真剣な表情で、ノアに向き直る。


「それじゃあ始めるわよ」


 そうしていつも通り。

 彼にも言っていない秘密の特訓が始まった。

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