Episode33 ~弱き者への裁き~

 荒ぶる稲妻と風息吹。

 瞬く青と赤の閃光。

 カイの前で目まぐるしく流れる光景は、学園の授業では見ることができないであろう、魔術のぶつかり合いだった。


 アンリが連続で魔術を展開する。

 押し寄せる攻撃呪文ソルセリーを、ハーレスが鎌の物量で押し返す。


「オラオラァッ! 弾幕甘いぜェッ!」


「ク……ッ! 解放リリース――ッ‼」


 アンリが再び、詠唱を紡いだ。

 掌から浮かぶ、二つの魔法陣。

 二重唱起動ツヴァイ・タスク。学年でアンリしかなしえない、二つの魔術を相互展開する技だ。


 魔法陣から、稲妻が迸る。

 凄まじい質量と法力。空気を揺らし、アンリの体勢を崩すほどの威力を秘めた一撃だ。

 しかし、それでも《紅き鎌》には及ばない。


 鎌を一振りすれば、炎の残滓と割かれた稲妻が周囲に乱舞した。

 先ほどから何回も繰り返されている結果に、カイは舌打ちを漏らした。


 魔術の最高極地――固有呪文オリジン

 自ら術式を編み出し、今までとは全く別の高次元な魔術を作りだす。

 実物を見るのはこれが初めてだが、これほどまでに差があるものなのかと、カイは唸るほかなかった。


 アンリがハーレスの気を引くのは不可能だろう。

 本来ならばその隙に、カイが一撃を食らわせることが出来れば最良であるが、それこそ不可能だ。


 今ハーレスに突撃しても、鎌の一振りで八つ裂きにされて終わりである。

 だが、このままアンリばかりに戦わせては、いつやられてもおかしくない。


 今のところは、魔術の加重展開で近づけさせないようにしているようだが。

 あれではマナの前にアンリの精神力が途切れるかが――。

 不意に、カイは引っ掛かりを感じた。


 アンリが魔術を酷使できているのは、この空間に濃厚なマナが充満しているからだ。

 体内マナではなく、空間マナを使用しているのは、そうしないとマナ切れを起こしてしまうから。


 ならば――ハーレスはどうだ?

 あの異常なまでのバーサークぶり。アンリの数倍は消費しているのではないか。

 そうだとしたら、この空間にマナを供給している原因を壊せば、ハーレスは弱体化する。


 カイは弾くように右斜め先を見た。

 壁に描かれた巨大な魔法陣。赤黒い雰囲気をただよわせるそれを。

 無論、カイは解除イレイズすることはできない。


 だが――気になっていたのだ。

 それは、魔法陣の前に鎮座ちんざしている台。

 魔法陣が空間マナで作用しているなら、あの台には何の意味がある?

 もしあれが、魔法陣を機能する動力源ならば。

 台を壊せば、魔法陣も必然的に止まる。


 カイは剣を構えた。

 ハーレスが背を向いてアンリと交戦しているのを横目で確認し、飛び出す。

 台との距離は遠い。

 が、強化呪文エンチャントを付与すれば三秒で着ける。


 口許で小さく唱える。

 同時に、踏み込む足に一層力を込めた。

 一秒――。


 二秒――。

 台との距離が縮まる。


 三――、


「何やってんだァッ⁉」


 ハーレスの声が聞こえた途端、足を止める。

 刹那――カイの眼前で、空気が爆ぜた。

 視界に血雫ちしずくが散る。


 ハーレスがカイに向けて、鎌を振りかぶったのだ。

 その余波が目の前を通りカイの全身を掠った。

 状況を理解した時、カイは背中にヒヤリとした感覚を覚えた。

 直撃していたら、腕一本は確実に持っていかれていた。


 遠くで、しかも直接触れていないのにこれなのだ。ハーレスの前に立とうものなら、そこにいるだけで八つ裂きではないのか。

 だが――ッ!


(やっぱ、狙うべきはあの台かッ!)


 まだ台とは七メルト以上あるが、十分だ。

 カイは右手の剣を逆手に持ち変えると、それを台へ向けて思い切り投げた。

 投擲された剣は、滑らかな線を描いて飛来し――。

 台に嵌められた宝石に刺さった。


「な――ッ⁉」


 パキッ。宝石が割れた。同時に、横回転していた魔法陣が止まった。

 ハーレスは、どうやら走り出そうとしていたみたいだが、もう遅い。

 カイが目を向けると、ハーレスの様子はいちじるしく変わっていた。


 全身をおおわんと湧き上がっていた炎はもう無く。

 大鎌も出力を無くし、弱々しい炎が纏われているのみだ。


「――ッ! 貴様、よくも――ッ‼」


 ハーレスが形相を変えて鎌を振り上げる。

 今にもカイに肉薄せんとしているハーレスの動きを――鮮やかな声が制した。


「《ライトニング》ッ!」

「――洒落臭しゃらくせェッ!」


 ハーレスがアンリの魔術を、容易く鎌で相殺する。

 どうやら弱まっても、初等魔術を撃ち落とすほどの威力を秘めているらしい。

 だが。


 ――俺がいるッ!

 カイがハーレスの背後を捉える。

 左肩に担ぐように剣を構え、体を限界までのけ反らせて振り落とした。

 刹那。

 カイの視界から――腕が消えた。


 正確には、ハーレスが凄まじい反応速度で鎌を振り、カイの右膝から上を斬り飛ばした。

 これにはカイも驚愕せずには居られなかった。

 腕の断面から噴き出す鮮血。

 全身に激痛が駆け巡り、視界が揺らめく。

 その奥で、アンリが顔を真っ青にしているのが見えた。


 たとえ、固有呪文オリジンとしての力を弱くしても。

 鎌なのだ。肉を断ち、骨を穿うが殺傷力さっしょうりょくはあって当然だ。

 カイは笑う。口から息を吐きだすように。


 だからこそ。

 ――対策していない訳がないッ!


「はァァァあああああァァああああああ――ッ‼」


 カイが吠える。激痛で意識が飲まれないように。

 力強く右足を踏み込む。

 決然とした瞳でハーレスを見やる。


「はァァァァ――ッ‼」


 更に吠えながら、カイは右脇腹に隠すようにかまえていた剣を引き抜いた。

 ──右手の剣はブラフ。

 ──本命は左手の剣だ。


 カイの左手がかすみ動く。

 半透明の刀身がまたたく光となって――。

 音もなく――ハーレスを斬り割いていた。


「ぐあああああああああァァァッ⁉」


 ハーレスの絶叫が響く。

 左わき腹から入った刀身は、右脇から抜けてそのままハーレスの右腕を斬り飛ばした。

 噴水のような血をまき散らしながら、ハーレスが自らの血の池にばしゃりと倒れる。


 その隙を逃すまいと、再びカイの眼光がまたたいた。

 跳躍し、ハーレスの左腕と胸を踏みつける。

 そして右頬の真横に、血が滴る刀身を突き刺した。


「ハァ……ハァ……ッ、さァ、別空間に幽閉ゆうへいしている生徒達を解放しろ……ッ!」

「ぐぅ……ッ! ひ、ひでェなァ、いてェよ……。

 ほら、こんなに血が出て――」

「さっさと吐けッ! このままお前を殺すことも出来るんだぞッ!」


 カイは首元に切っ先を突きつける。

 だが、ハーレスは気に留めず腕の断面をこれ見よがしに見せつけてきた。


「見てみろよォ、これ貴様がやったんだぜェ……ひでェ、よなァ? こんな酷いこと、よく……」

「──黙れッ!」


 無理やりハーレスの言葉を止める。

 カイは今、何に対して怒鳴っているのか分からなかった。

 危険にさらされている生徒達の為なのか。

 速くしないと、止血が間に合わなくなる焦りか。

 それとも――罪悪感を紛らわすためか。

 様々な感情が入り混じるカイの表情を、面白がるようにハーレスは口角を釣り上げた。


「ケッ……貴様が止めた魔法陣が、ゴーレムと別空間を操作する魔術さ。

 今頃、ぐふっ……貴様らの生徒は、もとの場所に転移されてる頃だろうなァ……」


ククク、と尚も笑うハーレスに、カイは剣の切っ先をさらに押し付けた。


「何がおかしい!」

「ククク……笑っちまうんだよォ……この期に及んで怖気づいてる貴様の顔がなァ。

 畏怖と困惑に飲まれるその表情、額縁に入れて飾りたいくらいだぜェ……?」

「――ッ‼」


 カイは鋭く喘いだ。

 ばれている。自分が人殺しを拒んでいることを。

 悪人一人を罰することもできない臆病者であると。


「……残念だなァ、さっさと殺してほしかったのに。

 これ結構痛いんだぜェ?

 まァ、そういう運命下にあるんだろうなァ……俺ァ……」

「な、なにを言って……」


 カイの中で警鐘が鳴り響く。

 ――殺すべきだ、と。

 ハーレスは何かを企んでいるに違いない。殺しに怖気づいていると知られた以上、仕掛けてきてもおかしくないのだ。


 カイは剣の柄を強く握った。

 これをあと少し押し込めば、首元に刺さる。

 そうなれば即死だ。詠唱を唱える暇もなく、ハーレスは絶命する。


 呼吸が荒くなる。

 手が震える。

 血の気が引いて、全身から力が抜ける。

 ――できない。殺せない。

 俺はそこまで……強くなかった。


 そう確信した瞬間、カイは自己嫌悪に苛まれた。

 正確には、人殺しをして、これからノアにどう顔向けすればいいのだとか、現実逃避をしている自分自身に。


「――時間切れだ」


 カイが顔を上げると、ハーレスの顔面から呪文が浮かんでいた。

 何かは読めなかった。

 学園でも見たことない部類の術式だった。

 ただ、何か不味いという予感だけが駆け巡り、カイは咄嗟に身を引くが――。


「――じゃあな」


 浮かんでいた呪文が白い光を帯びる。

 次の瞬間、光は爆発したようにカイの視界を染め上げた。

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