episode32 ~固有呪文《オリジン》~

 青年ハーレスに意のままに操られていた。

 その衝撃的な事実に、アンリは飲み込むのに時間がかかった。

 愕然とする二人の前で、ハーレスは不敵に笑うのみ。


「オレァゴーレムで殺しても良かったんだがなァ。

 だが、ボスは目標は必ず自分の手で殺せと言いやがる。

 だから――選ばせてやるよ。

 オレに八つ裂きにされるかァ? それとも、自害するかァ」


「どちらも断る。

 俺は、俺達は――お前を倒し、みんなを救うッ!」


 カイが剣を生成する。

 剣先をハーレスに突き出し、鋭く睨む。

 投資にもゆるカイの隣に、アンリも右腕を突き出して並んだ。


「ククッ、そうこなくちャ面白くねェ。

 八つ裂きにしてやるぜェッ‼ 炎偽解放フラムリリース――ッ!」


 ハーレスが腕を頭上に掲げる。

 背後の巨大魔法陣と同じ、どす黒い赤を宿す魔法陣。

 それが展開された瞬間、ハーレスを渦巻く空気が禍々しく変異した。


「――――、――――、――――ッ」


 滑らかに、しかし確かな音を以て呪文が紡がれる。

 やがて、足許から赤黒いオーラが湧き立った。それは、天高く掲げられた魔法陣へと集まり――。

 ハーレスが今、とてつもない魔術を起動せんとしているのは、火を見るよりも明らかだった。


「《ライトニング》ッ!」


 先に動いたのはアンリだった。

 放たれた稲妻が、槍の如くハーレスに飛来する。

 魔術の起動を停止する方法は一つ、魔法陣を何らかの方法で崩壊させること。

 それを実行しようと、詠唱が短い初頭魔術を選択し、起動したのだ。

 だが――。


「――断罪せし紅き鎌シュッティゲン・アダマス・サイスッ‼」


 高々と締めくくった呪文と共に、ハーレスの右腕がかすみ動く。

 ハーレスの眼前にまで迫っていた稲妻が、音もなく割れた。

 振り切った右手に握られているのは、大鎌だ。

 ハーレスの身の丈ほどの長さがある。鎌の全体に炎が渦巻き、その残滓がカイの頬を焼く。


 ハーレスは熱くないのか、指先で鎌を大降りに回すと、肩に担いだ。


「これが俺の唯一無二の固有呪文オリジン。全てを斬り割く灼熱の鎌だ」


 ひゅんっ! と鎌の切っ先がカイに向けられる。


「さァッ! 死の舞踏会ショータイムといこうぜェェッ‼」


 ハーレスが大鎌を両手を構え、一直線に距離を詰めた。

 灼熱の鎌がカイ達に振り落とされる寸前。


解放リリース――」

「クリエイション――」

「「エオス・シールドッ!」」


 カイとアンリの声が重なる。

 二人の前に半円形の障壁と、半透明の正方形の壁が現れ、鎌を防いだ。

 しかし、拮抗状態は一瞬だった。

 紅き鎌の圧倒的な威力の前に、壁など無意味。

 そう言わんばかりに障壁が、溶けるように消滅する。


 だが――それは想定内だ。

 即座にアンリが左斜めに飛び出す。尻目でカイも同じように、反対側へ飛び出すのを見た。


 鎌が空を斬る。

 直後、右側に飛び出したカイがハーレスに肉薄した。


「ズアアアアッ!」


 裂帛の気合。全身全霊の一撃が、吸い込まれるようにハーレスの脇腹へ――。

 寸前、鎌の長柄に阻まれる。

 金切り音が響き、火花が散った。

 鍔迫り合いに持ち込まれ、無防備となったハーレスの背中を、アンリは捉えた。


 魔法陣を展開。魔術を放たんとする。

 すると視界の奥で、ハーレスの鎌がぼうっ、と一層強い炎を帯びたのが見えた。

 瞬間、超越的な速度でハーレスの体が動いた。


 カイを体ごと押し飛ばし、鎌の柄頭でアンリの左肩をえぐったのだ。

 目で追えぬ速さ。当然、障壁を展開する暇もなかった。


「……ッ!」


 突き破るような痛みで、アンリは鋭く喘いだ。

 展開していた魔法陣が無に帰すると共に、背中から地面に叩きつけられる。

 再び駆け巡る苦痛に顔を歪ませながらも、アンリは眼前の出来事に目を向けた。


 ハーレスは再び、カイに鎌を振り上げた所だった。

 同じく飛ばされたカイは受け身が取れたようだが、大鎌の攻撃を下段で受けられるとは思えない。

 押し切られるのは明白だ。


 まずい――ッ!

 アンリは痛みも忘れ、右腕を突き出した。

 轟ッ! 猛風が幾重にも渦巻いてほとばしる。

 もしもの時のために、アンリが事前に起動しておいた魔術であった。


 だが、もう少しのところで、ハーレスが迫る脅威に気付いた。横っ飛びで避けられ、猛風が何もない地面を叩きつけた。

 凄まじい振動が、アンリにも伝わってくる。

 直撃すれば間違いなく致命傷。決定打となりうる手段を、アンリは消費してしまったのだ。


 あれほどの威力を持つ魔術を展開するには、アンリとて少し時間がかかる。その隙を、もうハーレスは与えはしないだろう。

 落胆するアンリの傍に、カイが駆け寄った。


「無事か⁉」


 差し伸べられた手を掴み、立ち上がる。

 負傷した左肩を治癒しながら、アンリは平常を装いつつ答えた。


「ええ、これくらいなんてことない」

「無理するな、やれるぞ、俺達なら!」


 力強いカイの言葉に、アンリは頷いた。

 確かに、さっきの攻撃呪文ソルセリーが当たりさえすれば、勝敗はついていたのだ。

 先日の事件より、判断力も実力も進化している。

 最初のハーレスが迫ってきた攻防で、それが実感できた。


(いける……あたしはもう、カイの隣に並べるわッ!)


 きっと勝てる。二人なら。

 恐らく、あと少しでやられていたからだろう。

 警戒するように佇むハーレスを見やり、アンリは不敵な笑みを浮かべた。


「ええっ!」



 ※ ※ ※



 アライト遺跡。

 何処なのかも知れぬ場所にて。

 未だ隔絶された世界に取り残された、三組の生徒達は、押し寄せるゴーレムに防衛線を張っていた。


 生徒達の中心にいるのは、ロインだった。

 いつもは男子生徒の中心的存在の彼が、今は血相を変えて指示を飛ばしている。


攻撃呪文ソルセリーを撃った奴は退け! 次の魔術班――今だ、撃てッ!」


 ロインの指示と共に、横並びになった生徒達が攻撃呪文ソルセリーを放つ。

 押し寄せるゴーレムの群れに、雷迅や爆炎が襲った。

 普通の戦闘用ゴーレムならば、おつりが出るほどの威力。


 だが、白亜のゴーレムには通用しない。しかし全く無意味ではないようで、膝を付いて動きを止めている。

 気休めだ。数秒もたてば立ち上がってしまう。


魔拳アーツ班、今だッ!」


 しかし、その前に仕留める。

 ロインの掛け声と共に、背後に控えていた三人の男子生徒が、ゴーレムのコアを射抜き、次々と停止させていく。

 コアを壊されたゴーレムは、ぶううんと低い音を鳴らして、さらさらと土に還った。


「ぐああああああああああっ⁉」


 突然、男子生徒の一人――ウィリーがゴーレムに捕まり、絶叫した。

 仕留めそこなったのだ。

 あのままマナを吸い取られ続ければ、絶命してしまう。


「チッ、ラアアッ!」


 飛び出したロインが、強化呪文エンチャントを宿した拳で胴体のコアを正確無比に貫く。

 停止すると同時に、地面に放り出されたウィリーに肩を貸して、急いで後退する。

 だが、その間にもゴーレムの群れは押し寄せてくる。


 再びロインが指示を出してゴーレムに膝を付かせると、魔拳アーツ班が飛び出してきた。


「任せろッ! 一人くらい問題ない!」

「助かる!」


 魔拳アーツ班のカルマと言葉を交わし、ロインが最後尾の治癒班の元へ向かう。

 誰か治癒してくれる奴は、そう言う前にとある女子生徒が先陣を切って声をかけた。


「私がやりますっ!」


 青い光が漂う通路でも、目立つ青髪の少女。

 ロインはその少女にウィリーを引き渡すと、また前線へと戻っていった。


 この通路に形成されている防衛線は、前線から三つの班に分かれている。

 まず先頭から、攻撃呪文ソルセリーでゴーレムの足止めをする魔術班。

 次にとどめを刺す魔拳アーツ班。

 最後に負傷した生徒を回復させる治癒班。


 そして……。

 弱ったウィリーの体を寝かせながら、青髪の少女――ノアは通路の奥に視線を横流しにした。

 治癒班のさらに後ろ、そこには既にマナをぎりぎりまで吸い取られ、気を失っている生徒達が横たわっている。

 その数は三組の約半数。つまり、この防衛線は残るわずかな生徒達で成り立っているのだ。


 自分よりも逞しい胸元に手をかざし、治癒術を詠唱しながら、ノアは喉を鳴らした。

 ゴーレムの群れに襲われて、死者が出ていないのは間違いなく、ロインのお陰だ。


 戦術学を修めていたのだろう。彼が的確に指示を飛ばし、突貫で防衛線を張っていなければ、此処にいる全員が亡き者になっていた。

 だが、此処も長くはもたない。

 なにより――。


「チッ、にしてもアンリはどこ行ったんだ⁉」

「カイの野郎もだ! あいつがいりゃ、ゴーレム殲滅も楽になったのによォッ!」


 戦線の方で、ロインと魔拳アーツ班の一人が愚痴をこぼす。

 アンリは言わずもがな、このクラスで一番の実力者だ。

 カイは魔術の実力はないが、近接格闘術ならばクラスでも秀でている。

 この場で必要不可欠な二人が不在なことが、一番の打撃となっているのだ。


 ノアは目を伏せて、何処か遠くにいる大切な人と、唯一無二の親友に思いを馳せた。

 ――カイ、アンリ。何処にいるかは分からないけど、どうか生きていて……!

 儚い望みは突如、前方から響いた爆発音にかき消された。

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