第22話 この旅が終わったら結婚するんだ。その2

 タルソナの町でライラは買い物を続けてる。着いてすぐに肉屋に駆け込み鶏を一羽分買い込んだ。それだけで巾着袋の中のカネが半分近く飛んで行った。

「なんでこんなに高いんだ?クリシュナは安かったのに。経済が安定してないってやつか?」

 ぶつぶつと文句をいいながら、さて次はなにを買おうかと思案する。ふと八百屋の台に置かれている赤いトウガラシが目についた。

「……そう言えばテレナはなんであんなことを言ったんだろう?」

「あなたはわたくしの竜がどんな竜かご存じです……よね」テレナは死の間際にたしかにそうはっきりと言った。力を振り絞ってでも伝えたいのがあんな言葉だとは信じられなかった。あれから一昼夜は経っているがその間、何度考えても意味がわからなかった。

「たしかテレナの召喚竜はたてがみが真っ赤だったよな。テレナは着ていた服は青かったから竜に乗っても似合っているとは思えないけど、あたしのピンクの甲冑だって真っ赤な竜に似合っているとは思えないし……!」

 そこまで考えた時、思い出した。森の奥で見た二匹の竜のうち一匹はたしかに真っ赤なたてがみだった。そしてもう一匹は青いたてがみだった。たしか、あの青い竜は見た覚えがある。

 ライラは翻って町の入り口に止めていた馬に向かって駆けだした。


「私としては二つ目を選択してほしいと思ってる。歴代の勇者と同じくね。それがもっとも賢い選択だと思ってる」

 ギリアはまっすぐジルを見つめる。ジルも彼を見つめ返す。

「それだけは絶対にしない!」

 ジルは力強く答える。

「だろうな……」ため息まじりにギリアは返す。「もし、私の提案を聞くくらいならその前にその剣を私に向かって振り下ろしていただろうからな。君の性格では人間を支配することなどできるとは思えん」

 ギリアは一歩ずつジルの方へと歩いていく。

「兵団と戦うことも村を巻き込むこともできないのなら、おとなしく捕まりたまえ。その方がまだマシだ」

 ギリアの歩幅に合わせてジルの足がジリジリと後ろに下がっていく。

「血の一滴も流さずになんとかしようなどとは笑止。君のその甘さがミシウムやテレナを犠牲にしたのだからな」

 ジルは、その言葉に憤りを感じたが、何も言えずにまた数歩後退する。

「このままではライラも遠からず君のために命を落とすことになる。君がその剣を一振りするだけでそれが回避できるのにな。……私に向かってその剣を振りたまえ。ここならライラのいるタルソナの町には影響はないだろう。そして私を消滅させたら今度はその力を兵団に向かって振るうがいい。王になるかどうかはともかく、そうすればリストリア王は君たちに手出しをすることなどできなくなるだろう。それができないのなら……」

 その時、タルソナの方角から馬の蹄が地を蹴る音が聞こえた。

「ギリアっ!てめえ!」

 村娘の格好が解けていないライラが全速力で駆け戻ってきたのだ。

「おっと、意外に早く戻ってきたな。……ジル。君が王政府に出頭するなら、私の元に来るがいい」

 そう言うが早いかギリアは身を翻して湖沼の中に飛び込んだ。

「待ちやがれ!」

 ライラは馬から飛び下り、ギリアを追いながら湖沼に飛び込む。

 ギリアは空中浮遊で水面を滑るように対岸に向かって飛んで行く。ライラはそれに追いつけず水の中に落ちる。

「ライラっ!」

 ジルが水に落ちたライラの元に駆け寄り腕を伸ばす。ギリアは高笑いをあげながら湖沼の対岸に立ち

「じゃあな、ジル、ライラ」

 そう言ってその場から去っていった。


「ねえ、ライラ。この服ってあと十分もしないうちに元の甲冑に戻っちゃうんだろう?ちゃんと乾いてくれるかな?」

 ジルは湖沼からライラを引き上げたき火を起こす。ライラはずぶ濡れの服を脱いでたき火の近くの岩にかける。

「まあ、甲冑に戻ってくれたほうがかえって水気を取りやすいと思うぞ」

 服をかけおえるとたき火のそばに腰掛ける。ジルは彼女を見ないように離れた場所に座る。

「あいつ、なにを言ったんだ?」

 ライラがジルに尋ねる。

「……ギリアがテレナを殺したって」

「……そうか。やっぱりな」

 ライラの言葉に

「ライラは気がついてたの?」

 と尋ね返す。

「ついさっきな。昨夜森の中で見た二匹の召喚竜のうち青いたてがみの竜がギリアの竜だって気がついた。そいつがテレナの竜と戦っていたんだ。ってことは、あの場で二人が戦っていたんだ。テレナはあいつに気づかれないように奴が裏切ったことを教えようとしてたんだ。ちくしょう、もう少し早く気がついてたらな」

 ライラは悔しそうに言う。そして、

「他になにか言われなかったのか?」

 と聞き返す。

「……すぐに君が戻ってきたから」

 そうジルは答える。そうか、とライラは言った後ふと気がつく。

「お前、なんでこっちを見ないんだ?」

「だって、ライラ。君、裸じゃないか」

 ジルはさらに目をそむける。

 ライラは少し考えてから、やおら立ち上がる。

「なあ、ジル。こっちを向いてくれないか」

 ジルは驚く。

「……できるわけないだろう!なに言ってるんだよ」

 だが、ライラはなおも

「いいからこっちを向いてくれ。……頼む」

 と懇願する。

 ジルは唾を飲みこんで意を決してライラのほうに顔を向ける。

 ライラの姿はジルが思っていたよりもきれいだった。

「どうだ?」

 ライラが尋ねる。

「……妖精みたいだ」

 やっとの思いでジルが答える。そのくらい美しいということを伝えたかった。しかし、ライラの返答は意外だった。

「妖精だからな」

 彼女の言葉にジルが絶句する。短く刈り込んでいるがたしかに妖精たちのような初雪のような銀髪で、肌も傷跡が残っているが抜けるように白い。なにより妖精ニルファと同じく乳房にあるはずの乳首もへそも大事なところもない。

「……どういうこと?」

 やっと言葉が出てくる。

「言ったとおりさ。あたしは妖精だよ。人間じゃない」

 ライラもふっきれたように笑顔をジルに向ける。

「だって身体の大きさが……全然」

「ラーリアル様だって大きかっただろう。魔王に魔族にされたら人よりも大きくなっていたじゃないか」

「え?じゃあ、まさか?」

 ジルが身を乗り出す。ライラは首を横に振る。

「あたしは魔族じゃないよ。純粋な奇形だ」ライラはこともなげに語りかける。「元々妖精は人間と違って性別が分かれてるわけじゃない。だから、種族が増えるときは一人の妖精から分裂するんだ」

 もうジルはライラが一糸まとわぬ姿でいるのも気にならなくなっている。彼女(?)の真正面に座りなおす。

「本来ならそっくりそのままの姿の妖精が増えるんだけど、時折変わった姿のやつが生まれるんだ。そのうちの一人があたしだ」

 ライラは自分を指さす。

「最初はこんな大きさじゃなかったんだぜ。ただ、身体に筋肉みたいなものが付きはじめて、そのうちどんどん成長しはじめた。そうするともう妖精の国じゃ生きていけない」

 ライラは腕を曲げて力こぶを作ってみせる。

「あたしの身体を維持するための食料はあそこじゃ作り出せない。それだけならまだいいんだけど、そのうち人間のように妖精の国にいられなくなっちまった。そうなると出て行くしかない。人間の世界は水があったのか、ここでなら生きていくことができて今に至ってる。……メシのことを話したら腹が減ってきたな。なあ、その鶏肉を焼こうぜ」

 ジルはライラが買ってきた鶏肉の脚をちぎって一方を彼女に渡して自分ももう一本をたき火で炙りはじめた。ライラも一緒になってもも肉を炙る。

「ねえ、ニルファさんとライラってなんとなく似てるよね。もしかして」

「ああ、おんなじ親から分裂した、……姉妹って言うのかな。向こうのほうが百年ほど年上だから姉ちゃんってことになる」

 鶏肉が焼けてきて皮から肉汁がポタポタと滴り落ちてくる。

人間の世界こっちに来て『姉ちゃん』って言葉が気に入ったからニルファのことは姉ちゃんって呼んでる。性別がないからそんな呼び方は変なんだろうけど、姉ちゃんも気に入ってくれてるみたい。ほら、妖精って人間の女に姿が似てるからな。あたしもこっちに来てから女で通してる」

「別に気に入ってるわけじゃないんだけどな」

 ジルとライラが声のした方を振り返る。ジルの背後でニルファが覗き込むように二人を見ていた。

「いつからいたんだよ。姉ちゃん!」

 ライラが驚いて立ち上がる。

「ついさっきよ。ずいぶん探したわ。たき火の明かりが見えたからやっと会えたのよ。……ねえ、それちょっとだけちょうだい」

 ニルファはライラの手にしている鶏肉を指さす。ジルが

「僕のをどうぞ。皮のほうはずいぶん焼けてきてるからすぐに食べられるよ」

 と言ってニルファに肉を差しだした。

「ありがとうございます。もうお腹空いちゃって」

 そう言ってジルがちぎった鶏皮を手にする。

「よくここがわかったな。またジルの夢に入って探したのか?」

 ライラが焼けたもも肉を頬張りながらニルファに問う。

「ううん、この前やっと会えた時にライラに“印”をつけておいたのよ」

「もしかして『ゼファンの光』か?姉ちゃん、あれを作れたのか」

 ライラが驚く。

「作れるわよ。あなただって魔法力を持っているんだからできるはずよ」

 ニルファは、こともなげにうなずく

「いや、あたしは無理だよ。この身体が魔法力の発動を邪魔するんだから」

 ライラはそう言って筋肉質な腕を見せる。その体内には大量の魔法力が宿っている。魔王との戦いでテレナが“集約雷撃”を使ってライラの魔法力を引き出せはしたが、自分の力では発動させることができない。

 ジルが不思議そうな顔でこちらを見てることに気がついた。そうしたらライラは途端に気恥ずかしくなった。

「ああ、もう甲冑に戻ってるな。……そろそろ着ようかな」

 乾いた甲冑を軽く拭きあげる。背中に視線を感じて振り返る。ジルがまだこちらをジッと見ていた。

「ちゃんと背中に羽がはえてるだろう。でも、こんなちっちゃな羽じゃあたしの身体は飛ばせないからな。単なる飾りだよ」ライラは照れながら説明する。「あんまりジロジロ見るなよ。恥ずかしいだろう」

 今まで裸を見せていたのに着替えを恥ずかしがるなんて変なの。と、ジルは思った。その時、ふと気がついた。

「お尻も割れてないんだ……」

「……!人間のお尻って割れてるんですか?どうして?」

 そんなところにニルファが食いついてきた。


 それから結構な押し問答があった。

 ニルファは服を着ているせいで人間の身体をまともに見たことがない。だから、身体の大きさや羽の有無以外の違いがわかってなかった。

 そんな中でジルの発言は衝撃だったのだろう。見せてください!イヤです!の応酬が繰り広げられた。

「姉ちゃん、やめてくれよ。恥ずかしいだろう」

 着替え終えたライラの言葉にも耳を貸さない。

「恥ずかしいって何それ?人間の感情?」

 ライラは人間世界で生きてきた期間が長いから羞恥心という概念が身に染みてる。しかし、裸で生活しているのが当たり前の妖精ニルファにはその言葉も感覚も理解できない。

 とにかく「お尻が割れてる」というのはどういうことなのか、どんな風に割れてるのか気になって仕方ない。

「とにかくいつかじっくり説明してやるから、ジルの裸を見ようとするのは勘弁してやってくれ」

 最後は泣き落としになった。

 それで渋々とジルのズボンをずり降ろそうとするニルファの手を離させた。

「約束よ」

 ジルもライラも苦笑いをするしかなかった。


 結局、ニルファがやってきた理由もうやむやのまま三人は眠りについた。……そして一人だけ起き上がった。

「ライラ、ニルファさん、ごめん。……さようなら」

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