第四章 この旅が終わったら結婚するんだ。

第21話 この旅が終わったら結婚するんだ。その1

 その森の奥にテレナの墓はある。墓といっても大木の根元に埋めただけの簡素なものだ。

 ジルとライラ、そして彼女の夫の導師ギリアはその墓にテレナを埋めた後、ひと寝入りしてから出発した。

「ジルの故郷というのはどこにあるんだ?」

 ギリアがテレナが乗っていた馬に跨がってからジルに尋ねた。

「大陸の西の外れにある山の中だよ。……でも、本当にギリアもついてきてくれるの?」

「ああ、テレナからも頼まれたからな。ジルを故郷に連れ帰る手助けをしてほしいと」ギリアはテレナが言った肝心な部分は言わずにいた。「妻の遺言だからな。必ず君を故郷まで送り届けるよ。肝心な魔王討伐では役にたたなかったのだから、せめてそれくらいはしないとな」

 ギリアは慣れない乗馬をおっかなびっくりこなしながら少しずつ進んでいく。

「ライラ、いったいどうした?さっきから一言も喋らないじゃないか」

 先頭を進んでいるライラに向かってギリアが声をかける。実際、ライラは意気消沈していた。いったいどんな魔法使いが現れたのか?テレナとギリアという優秀な魔法使いを相手にして一人は殺し、もう一人は気絶させ重傷を負わせるくらいの手練。どうして今まで出てこなかったのか?そして、これからそいつが現れたらいったい自分たちは勝てるのだろうか?

 せめてジルが勇者の剣を使う気になってくれれば、戦局はだいぶ有利になるはずなのだが……。

 それにテレナの最後の言葉が気になる。ほとんどライラにだけ語りかけていた。夫であるギリアの姿を求めるのでもなく。もしかして、すぐにやられた彼に見切りをつけたのだろうか?それとももっと重要な意味があの言葉にあったのか?


 ゼファンの結晶がなくなったからか、森を出てからは兵団の追撃はパタリとやんだ。

 ギリアも半日も馬に乗っていればずいぶんうまくなってきた。これからはずいぶん行程が楽になるだろう。意外に早くジルの故郷につけるかもしれないと多少楽観的になってきはじめた。

「少し早いが、このあたりで野営に入ろう」

 ギリアの提案でタルソナの町の付近で野宿をすることとなった。

 湖沼のそばでいつものようにジルがたき火の支度をする。

「ライラ、すまないが食料を町まで買いに行ってくれないか」

 荷物の中から今晩の食事を抜き取ろうとしていたライラに向かってギリアが提案した。

「買ってこいって言ったってそんなカネ、一ルフラも残ってねえよ」

 ライラは手を広げて肩をすくめた。

「手持ちの食料だって底をつきかけてるんじゃないのか?」

「一応、クリシュナでもらった食いものがまだ残ってはいるけど……」

 火の通った食料を冷凍して二日間、荷物の中に突っ込んだままだったから、解けて傷んでいる可能性は高い。

「……これで買ってきてくれ」

 ギリアは懐から巾着袋を取り出してライラに手渡した。ズシリとした重さが両手にかかる。

「……でもライラの格好は人目につきやすいよ。その甲冑の色って手配書に書かれてあるんでしょう?」

 ジルが枯れ枝を乾かしながら口を出す。

「それもそうだな。……よし、ライラそこに立っててくれ」

 ライラをその場に立たせるとギリアは右手をあげて小声で呪文を唱えはじめた。彼女の頭上から光の粒が降り注ぎたちまち身体を覆った。

 ピンクの甲冑が消え、ライラの真っ白な裸身があらわになった。

「うわっ!」

 ジルが慌てて目をそらす。ライラは、その反応で自分の身体の異変に気がつき両手で胸を隠し、腰をくねらせ股間が見えないようにした。

「ギリア!てめえ、なにしやがんだ!」

 顔を真っ赤にしながらギリアを怒鳴りつける。

「もう少し待ってろ。すぐに終わる」

 ギリアは平然と言い放つと、その右手を振り下ろした。すると、みるみるうちに彼女の身体が絹の白地のシャツと生成りのスカートを纏いはじめた。軍靴はブーツのような革のサンダルに変わった。

「……」

 唖然として自分の身体を見つめるライラ。ボーッと見とれるジル。

「まあ、こんなものだろう」仕方がないといった風にギリアが呟く。「その格好なら手配されている女戦士だなんて誰も思わないだろう」

 白い肌に多少の傷跡があるがさして気になるほど目立つものでもない。背の高さと銀色の短髪を除けばごく普通の村娘と言われても納得できる。

「……きれい」

 思わずジルが口走る。

「やめてくれ。……で、なにを買ってくればいいんだ」

 ジルの態度に赤面しながらギリアに問いかける。

「なんでもいい。とにかく食えさえすればな。細かいことはお前さんに任せる」

 ギリアは関心のないように答えてから、たき火用に集めた枝を一本抜き取った。

「わかった、じゃあとにかく行ってくる」

 ライラがそう言って馬に跨がる。

「うわっ、乗りにくっ!このヒラヒラしたやつ、なんとかなんないのかよ」

「文句を言うな。その魔法は一時間くらいしか効かないからな。のんびりしてるんじゃないぞ」

「……ちょっと待て。もしかして元に戻る時もまた裸になるのか?」

「だから、急げと言ってる」

 ギリアは枝を上下に振りながらそっぽを向いて答える。

 ライラは馬の脇腹を蹴って慌てて町に向かって走り出す。

「ギリア、なにやってるの?」

 ジルは枝に糸をくくりつけはじめたギリアに向かって問いかける。

「物価が安定していない時勢じゃ、ライラに渡したカネくらいじゃたいした量は買えないだろうからな。ここで少しでも食べられるものを確保しようと思ってな」

 そう言いながらポケットから取り出した針をクイッと曲げる。

「魚を釣るつもりなの?」

「まあ、焼け石に水だろうがなにもしないよりマシだろう。腹を減らしたライラほど手に負えないものはないからな」

「言えてる」

 ジルは苦笑しながら答える。ギリアは湖沼の淵に座り込んで近くの石をひっくり返す。その陰から出てきた小さな虫を一つつまみ上げ針に刺す。そのまま糸を湖にたらして釣りをはじめた。

 ジルもたき火の支度を再開した。

「……なあ、ジル」

「なに?」

 ギリアの問いかけに振り返って答える。

「君は私と一緒に王政府に出頭する気はないか?」

 ギリアが今日の夕食のメニューを聞くくらいの気軽さで問いかける。だが、問われたほうは絶句で返す。

「国王が追っているのはジルだけだ。君が王の元に行けばライラは安全だ。彼女だけじゃない君が逃げ回っている間はこの国の民の身も危険に晒される。誰にとっても得になるような事はない、損だらけだ」

「どうしてそんなことわかるの?」

「私は王政府から君を連れてくるように命令されているからさ」

 ジルは立ち上がり、背中の勇者の剣に手をかける。

「もしかしてテレナは……」

「……私が殺した」

 再びジルは絶句する。

「どうして?テレナはギリアの奥さんじゃないか?」

「彼女は私よりも君を守る事を選んだからだ」

 釣り糸に手ごたえを感じ、ギリアは竿をあげる。だが、針には魚どころか虫も付いていなかった。

「こんなとりあえずの仕掛けじゃ夕飯分を確保するのは無理かな。……私は彼女と違って君一人の犠牲でみんなが幸福になるほうがいいと思ってる。君は人に死んでほしくないのだろう?」

「なんで、王様は僕を追ってるの?」

「君がこの世界の王になろうとしていると思い込んでいるのさ」

 ギリアの背後で息をのむ音が聞こえる。その反応にギリアが振り返る。

「……これは驚いたな。こんな戯言を信じてるのは国王だけだと思っていた。私も兵団長も、もちろんテレナも君がこの世の王になりたがっているなんて考えてもいなかったのにな。まさか当の本人にその気があったなんて」

 ギリアは思わずほくそ笑む。もし、ジルに王になる気があるのなら話は別だ。

「王様になんてなりたいわけないじゃないか!」

 ジルは思わず怒鳴る。

「私もそう思っていたのだがな。いったいどういうことなんだ」

 ギリアは興味深げに聞き返す。

「今まで魔王を退治しに行った勇者は何人もいたんだ。志半ばに倒れた人もいたけど大半は魔王を封印することに成功してる。そして……」

 剣の柄を握ったままジルは話しはじめた。

「誰ひとり村に帰ってこなかった。みんななぜか王様になっちゃったんだ」

 ジルが勇者の歴史を学んできていることはギリアも知っている。いくらかは旅の途中で聞いたことはあるが、全ての歴代の勇者がみな、王になっていたとは知らなかった。国王の被害妄想ではなかったのか。

「どうして、王様なんかになったのかはわからない。彼らはそれから一度も村には戻ってこなかったから」

「王になった歴代の勇者たちは村をなぜそのままにしておいたんだ?彼らはその“勇者の剣”を持っていたんだろう?小さな山村など一瞬のうちに消し去れるじゃないか。そうじゃなくても軍隊を使うことだってできただろうに」

「村に関する記憶を一切消してしてしまう。代々その魔法を受け継いでいる家系があるんだ。そして、村に帰らないとわかった時点でその魔法を彼らにかける」

 ジルは子どもの頃から一緒に遊んだ幼馴染の顔を思い出していた。順当にいけば彼女がその資格を得ているはずだ。

「と、言うことは今も君の村の誰かが君の記憶を消す準備をしてるわけだ」

 ジルはそれには答えなかった。ギリアは

「だったら話は変わってくる。どうだジル、君も歴代の勇者と同じくどこかの国の王にならないか。なんだったら私もそれに協力しよう。……そうだな手始めにリストリアがいいだろうな。あの国王のせいでまだ政治は混乱しているし兵団は一枚岩じゃない。つけいる隙はいくらでもある」

 そう言ってジルをたきつける。ジルはまだ剣の柄を離さない。

「僕は……村に帰る」

 ギリアはため息をつく。

「なぜ歴代の勇者が玉座についたかわかる気がするぞ。おそらく君と同じく魔王を封じた後で追われる羽目になったんだ。剣の力は驚異だからな。最初は逃げつづけていたのだろうが、執拗な追撃にあって気がついた。『彼らよりも圧倒的な強さを持つ自分がなぜ逃げる必要があるのか?』と」

 ギリアは釣りをやめて立ち上がる。

「君が村に帰ったところで事態が変わるわけじゃない。兵団は君の故郷を探し出すだろう。そうすれば村と兵団の戦争だ。君の先にある未来は三つだ」

 ギリアは指を三本たてる。

「一つは村に戻って村の人たちと一緒に兵団と戦う。二つ目は君がリストリアの王になって事態を平定する。そして……」中指、親指と折ってゆき人指し指だけが残った。「君が断頭台の露と消えて将来の禍根を絶つことだ」

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