第20話 僕と契約する魔法少女になってよ。その7

 ギリアとテレナ夫妻の邪魔をしないために彼らから離れたのはいいが、ジルとライラはその時間を持て余していた。

 ジルにしてみれば二人っきりになった時に言いたいことはあったのだがここにきて言い出せないでいる。なにしろここ数日の彼女に対する心証は甚だしく悪くなっている。ここで改めて彼女に自分の気持ちを伝えて、彼女の気持ちを聞き出すのは躊躇われる。

 実際ライラはどう思っているのだろう?今もひと言も口をきいていない。自分に対することじゃなくても死んでいたと思っていたギリアが生きていたのだから、それを話題にすることだってできるのに。まあ、それは自分も一緒なのだが。

「ねえ、ライラ」

 やっとの思いでジルはライラに話しかける。だが、彼女はこちらを向こうともしない。

「君の気持ちはどうなのさ?」

 その態度に関係なくさらに問いかける。ライラはまだまっすぐ前を見たまま

「……何のことだ?」

 とだけ言った。

「ルシフスを倒す前に君に口づけをして……僕の気持ちを伝えたよね。……その返事はまだなんだけど」

「……」

 ジルの問いかけに沈黙で返す。ライラにしてみれば永久に保留にしておきたい質問だ。ジルの疑問に答えを出すということは、この関係が壊れるということに他ならない。彼は今でもあたしのことを好いてくれているようだ。しかし、それもあたしの正体を知ればそんな小さな感情などたちどころに吹き飛んでしまうだろう。

 世の中テレナのような人間ばかりではないのだ。

 テレナはあたしの正体を知って驚きはしたが、侮蔑の視線を向けることはなかった。今までと同じように扱ってくれた。それだけでもありがたい。ミシウムの裏切りが発覚した時でもその行為を否定し、追放という手段をとりはしたが、決して彼の人間性を否定することはなかった。彼女と共に旅ができてよかったと思ってる。

 だが、ジルはどうか?

 彼の優しい性格なら仲間として迎えてくれるかもしれない。今まで通り。だけど、あたしに向けてくれていた視線はきっと変わってしまうだろう。あたしはそれに堪えられるのか?たぶん無理だ。だってあたしは……。

「ライラ、聞いてるの?」

 長い黙考の中、やっとジルの言葉がライラの耳に届いた。

 そうだ、自分の気持ちがどうであれ彼は真実を知る資格がある。ジルはあたしの仲間であり、こんなにもあたしのことを想ってくれているのだから。

「聞いてるよ」

 ライラはジルの正面に向きなおった。ジルは真正面から月明かりに照らされたライラの美しさに思わず見とれてしまう。

「ジル、あんたにはあたしのすべてを知ってもらうべきだと思う。それで、あたしの……」

 自分を見ていたはずのジルの視線が逸れているのに気がついた。

「どうした?」

 反射的にジルに問いかける。彼は

「あれ……なんだろう?」

 と答えた。ライラが振り返ると森の上空で二匹の竜が絡み合っていた。まるで互いを食いちぎらんとするほどの勢いで。

 あそこは野営をすると決めた場所。テレナとギリアは?

「……戻るぞ、ジル!」

 二人は脱兎のごとく駆けだした。


「テレクリナサージ・バル・ドラゴリウム」

 テレナが召喚した竜がギリアにぶつかる前になんとか呪文を唱えることができた。ギリアの召喚竜がテレナの竜に向かい咆哮をあげ、食らいつかんと襲いかかる。

 テレナの竜はその攻撃をかわし、ギリアの竜の尾を捕まえんとする。その時、テレナの竜の尾がギリアの身体に鞭のように襲いかかり、腹にぶつかった。

「グフッ!」

 ギリアは口から血反吐をはきながら吹っ飛んだ。背中を地面に激しくぶつける。呼吸が苦しい、どうやら肋骨がいくらか折れたようだ。声がまともに出せない。これでは呪文を唱える魔法は使えない。戦力は半分以下に落ち込んでしまった。激しい痛みの中でも頭は冷静に現状を認識する。

「デラニアム!」

 互いの尾を食らおうと躍起になっている二匹の竜の隙間をかいくぐりテレナがギリアの目の前に飛んできて火炎呪文を唱える。

 彼女の周囲から熱を持った空気が集まり、あっという間に引火点に達する。空気の流れが変わり突風となり炎を乗せてギリアに襲いかかる。

 障壁を自身の前に作り上げ炎の攻撃をかわす。だが、さらにテレナが雷撃呪文を唱える。

 隙のない連続攻撃をかけて時間を稼ぐ気か。その間にジルたちが戻ってくるのを計算しているのか?いや、そうではない。彼女は本当に私をここで始末する気だ。自分の魔法力と魔法の総力をあげて全力で仕留めにかかっている。

 これではこちらが油断したら間違いなくやられてしまう。小さな浮穴を作りテレナにぶつける。その黒球は彼女の元に届くまでにさらに小さくなり跡形もなく消えてしまった。口頭で理屈を説明しただけなのに、もう消し方をマスターしてしまうとは。やはり彼女は見込んだ以上の魔法使いだ。最高の弟子であり、妻だ。自身に死の危険が迫っている時にそんなことがうれしくなってしまう。救いがたいと自分でも思う。

 空中浮遊で間断なく攻撃をかけてくる彼女に対してベルゾナに使ったような地割れに封じ込める手段は使えない。それをわかっているから彼女は地上に降りてこないのだろう。どうする……。

「ジェリア!」

 今度は冷却呪文か。冷たい空気がギリアに向かって襲いかかってくる。障壁の耐久もそろそろ限界だ。ギリアは首にかけていた数珠の首飾りを引きちぎり石をひとつ手に持った。


 テレナの目にもギリアの障壁が限界に達しているのはわかった。あの壁が崩れた時が勝負の時でしょう。彼もそこでなにか遠慮のない攻撃を仕掛けてくるはず。それを避けることを考えていたら、おそらく彼を倒すことはできない。刺し違える覚悟で挑まなければ勝てません。なにしろ相手は導師ギリア。世界最高の魔法使いなのですから。

 テレナは氷の槍を作り上げる。障壁が解けると同時にこの槍を彼に向かって突き刺す。限界いっぱいの冷却呪文で作り上げた最高傑作です。多少の熱ではびくともしないはず。

 ……ギリアの障壁が限界に達し、粉々に砕けちる。

「今だ!」

 テレナが一直線にギリアの元に飛んで行く。槍を投げて外されたら元も子もない。ならば直接彼にこの槍を突き刺す!

「やはり……」

 ギリアも彼女があの槍を投げずにこちらに自身ごと突っ込んでくるのは読めていた。おそらく刺し違える覚悟ができているはずだ。こちらはそうはいかない。死ぬわけにはいかない。やるべきことやりたいことがまだまだあるのだ。

 ギリアの手に持った数珠の石が手に持つのが困難になるほどに熱くなっていく。


 テレナの目に彼の顔がはっきりわかるほど近くなる。その顔を見たわずか一瞬、テレナの頭にギリアとの思い出が蘇る。

 街道で占いをやっていた自分に客として声をかけてきた時の笑顔。「君には魔法使いの才能がある」と言ってくれた真剣な眼差し。魔法を伝授する時の叱咤と賞賛。結婚を承諾してくれた時の紅潮した顔。

 そのために彼女の氷の槍を突き出すタイミングが遅れる。

 ギリアの目にも彼女の顔がはっきり見える。テレナの躊躇いが手にとるようにわかった。この機会を逃さなかった。手に持った石が彼の手を離れテレナの胸元に向かってまっすぐ飛んで行く。


 テレナが作り上げた氷の槍はその役目を果たさないまま、その手から滑り落ちた……。


「「テレナーッ!」」

 ジルとライラが戻ってきた時、そこには地面に横たわるテレナと重傷のギリアの二人だけが残っていた。彼らがみた召喚竜はすでに消えていた。

 テレナの元に駆け寄る二人にギリアが

「……もう死んでる。王政府に雇われた魔法使いが一瞬のうちに私の気を失わせ、彼女を……」

 回復呪文で自身を癒しながら嘘の説明をする。

 だが、彼らはそんな言葉に耳を貸さずテレナに向かって叫びつづける。

「……」

 テレナの身体に変化が起こった。まだ生きてる!ジルが回復呪文をかける。ジルの呪文ではこれだけの重傷をどこまで治せるかこころもとないがなにもやらないよりはましだ。

 それを見ながらギリアはまずい事になったと思った。テレナが死んでいると思っていたがこのまま口をきけるまで回復してしまったら、自分がやったことが二人に露見してしまう。そうすればこれから先の計画が水の泡だ。それどころか二人に殺されかねない。今、彼らと戦えるだけの余力は残っていない。

 ギリアは回復呪文を途中で止めて、ゆっくりとジルとライラの背後で浮穴を作り上げる。


 その様子をテレナは薄れゆく意識の中で見ていた。もし、このままわたくしがギリアの裏切りを二人に打ち明けたら、そのまま浮穴に彼らを吸い込ませるつもりなのですね。そんなことはさせるわけにはいかない。だけど、彼らにはギリアを信用してはいけないことを伝えなくてはいけない。どうすれば……。

「……ライラさん」

 テレナは小さな声でライラに声をかける。

「……!なんだ?」

 ライラが彼女のそばに耳を近づける。ギリアの手がビクリと震える。

「あなたはわたくしの竜を扱った時がとても素敵でしたわ」

 クリシュナの村の火災のことなのだとライラは理解したが、なぜ今その話しが出てくるのかわからなかった。

「わたくしよりもわたくしの竜に似合っていましたわ。あなたはわたくしの竜がどんな竜かご存じです……よね」

「……あ、ああ」

 よくわからないなりに彼女の質問に答える。

「ライラさん……あなた、もう少し頭が……悪くおなりなさい」

「お前、なに言ってるんだ?」

 ライラはなおいっそう困惑する。テレナは普段、頭が悪い事を小馬鹿にする傾向があった。その彼女がどうして頭が悪くなれというのだろう?やはり意識がはっきりしていないのか。

「ジル、……いますか?」

 テレナはそのままジルに声をかける。

「黙ってて、必ず治してあげるから」

 ジルは回復呪文を彼女の穴の空いた胸元にむけて懸命にかける。だが、深く穿った穴は一向に塞がる気配をみせない。

 ジルの言葉を聞いたのか彼女はそれ以降、一言も口を聞かなかった。微笑んだまま十七年の短い生涯が終わった。十六年、ぺダンの町から出たことのなかった魔法使いの少女はその最後の一年間を全力で駆け抜けていった。

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