第三章 僕と契約する魔法少女になってよ。

第14話 僕と契約する魔法少女になってよ。その1

 テレナとライラがジルたちの元に戻ってきたのはそれから三十分もかからなかった。戻ってきた二人は対照的な表情をしていた。テレナはいつもは見せないくらいのにこやかな顔だちをしていたが、対してライラの沈んだような表情がジルには気になった。

「お久しぶりです、ニルファさん。ご無事でなによりでしたわ」

 開口一番テレナがニルファに語りかける。

「テレナさんたちもご無事で。わたしたちを助けてくださってありがとうございました」

 ニルファがテレナの側まで飛んできて礼を言う。

 彼女たちが戻ってくるまでジルとミシウムの三人で妖精の国の現状やルシフスを倒した時の様子を話していたところだった。今はラーリアルも安心したのか永い眠りに入ったそうだ。

「“永い眠り”って亡くなったわけではないのでしょう?」

「はい、千年以上の眠りについただけです。あの方もお年を召していらっしゃいますからそれだけの休息が必要なのです。それなのにルシフスが復活してしまったために眠ることもままなりませんでした。あなた方のおかげでラーリアル様も喜んでお休みになられました。くれぐれもみなさんにお礼を言ってほしいとことづかって参りました」それから心配そうに「ですが、みなさんが窮地にたたされているとうかがって驚いていたところです」

「それにしてもよくわたくしたちを見つけられましたね」

 テレナは荷物に入っていたお茶を飲みながらニルファに尋ねた。

「正直、みなさんがどこにいらっしゃるかわかっていませんでした。静かの森にくる気配もありませんでしたから、こちらから出向くことにしました。でも、リストリアはなにやら不穏な感じがしましたしどこに行けばいいか見当もつきませんでした」

「どうしてここに来たの?」

 ジルが冷ましたお茶を小皿に入れてニルファのそばに差しだしながら尋ねた。ニルファはそのお茶を手ですくって一口飲む。

「おいしい!ありがとうございます。……もし、ジルさんたちが困っておいでならまだ夢で繋がるのではないかと思って試してみました。そうしたら案の定、繋がったのでそれを頼りにこのあたりを飛び回っていました。そうしたら……」そう言いながらライラの方を見る。「ライラさんを見つけることができました。良かったです」

「ライラはでかいから見つけやすかったじゃろう」

 ミシウムがライラの方を見ながら悪態をつく。ライラはそっぽを向いたまま何も言わない。

「それでニルファさんはこれからどうするの?」

 ミシウムを睨みつけながらジルが尋ねる。

「……ライラさんにはお話ししたのですが、みなさんをしばらくの間、妖精の国で匿えないかと思っています」

 ニルファの提案にたき火の周囲にざわめきが起こった。さらにニルファが続ける。

「あそこなら封印をかければ普通の人間では入ってくることはできません。ここよりも安全だと思うのですが」

「そりゃいい。ほとぼりが冷めるまでいればリストリアもわしらを捕まえようなどと考えなくなっとるじゃろう」

 さっそくミシウムがその提案に乗る。

「……あ、あたしは反対だ」たき火から少し離れた場所に座っていたライラがはじめて口を開いた。「本当にあいつらが諦めるかどうかわからないじゃないか。それに妖精の国にそんなに長い間、人間が居つづけるのは無理だ。チャンやテレナがどうなったか覚えているだろう」

 水鏡の盾を受け取って、人間の世界に戻ろうとした時、突然武道家のチャンが前のめりに倒れた。今までどんな戦闘で傷ついても倒れることがなかった無敵の武道家の突然の死に皆驚愕した。

 それだけではなく、テレナも高熱が出て倒れた。幸い彼女はぺダンの町の自身が住んでいた下宿のベッドで三日三晩寝込んだだけで済んだが……。

 どうやら妖精の国には人間にとって長居することができないのだろうとその時のみんなの結論になった。

「あたしたちだって妖精の国にあれ以上いたらどうなるかわからなかったんだ。ほとぼりが冷めるかわからない間、あそこにいるなんて自殺行為ってやつじゃないか」

 ライラが普段と違い能弁に力説するのをジルとミシウムが呆然としながら聞いていた。

「申し訳ありませんが、わたくしもあそこに行くのは気が引けます。せっかくのご厚意なのですが」

 テレナもライラに賛同する。彼女にしてみたらそれも当然だろうとジルもミシウムも思った。

「そうですか…そんなことがあったなんて知りませんでした。こちらこそ無神経なことを言って申し訳ありません」

 ニルファが小さな頭を下げる。

「ねえ、ニルファさんは僕らの世界に来て大丈夫なの?」

 ジルの疑問に反応して皆、一斉にニルファを見る。

「ええ、わたしはなんともありません。もしかしたら妖精の方が耐性が強いのかもしれませんね」

 ニルファはにこやかに応じた。もし、妖精が人間の世界への耐性がなければ、たとえ魔族に変わったとしても人間世界で長く留まることはできなかっただろう。そうであれば人間世界を荒し回ることも不可能だったはずだ。

 ニルファはもう一口お茶をすするとみんなの頭の辺りまで飛び上がった。

「ごちそうさまでした。……それではわたしはここで失礼いたします」

「え?もう帰っちゃうの?」

 ジルが意外と言いたげな声をあげる。

「ええ、他の妖精たちにみなさんが来られないことを早く伝えなくてはいけませんから」

 そう言ってライラの傍らまで飛んで行く。

「大丈夫?送っていこうか?」

「大丈夫ですよ。意外とわたしの姿は見つからないものです。それよりもみなさんはこれから大変なのでしょう?わたしたちのことは大丈夫ですから。……戻ってわたしたちになにかできることはないかみんなと考えてみたいと思います」

 飛んで行こうとするニルファに

「……ニルファさん……あ……あの、……ごめん。せっかくの厚意だったのに」

 とライラが申し訳なさそうに謝る。

「気にしないでください。それよりも気をつけてくださいね」

 ニルファはライラの顔にそっと手をあてて、笑顔で答えながら闇の中に消えていった。


 同じ頃、リストリアで一人の男の処刑が執行された。

「……ブラニア副兵団長が首をはねられたのですか?」

 ルイス・グリムゾン・サーバイトの私室の隅でフードの男が尋ねた。

「ああ、部下の何人かが勇者たちを見逃したところを見ていたそうだ。奴は弁明もせずに国王の即決裁判で死刑が決まったよ」ルイスは憤然とした顔と声を同時に表現しながら自身で煎れたコーヒーをすすった。「あの男も有能ではあったのだが正義感があついのが玉に傷だな。報告によると戦士と一騎討ちをした時に勇者が助けに入ったそうだ」

「……ジルがライラを助けたのですか?それでは見逃したのではないのでは?」

「いや、勇者はブラニアを助けたらしい。その時、背中を見せた勇者を刺す機会があったらしいのだが奴はそのまま逃げ出したそうだ」

「なるほど背中を見せた敵は討てないというわけですか。騎士道というやつですか?」

 フードの男は納得したように頷いた。

「だが、今は奴らは罪人だ。国王の兵士を殺害したのだからな。騎士道精神がどうとかいう話しではない」

「それにしたところで彼らを追わなければその兵士も殺されることはなかったですからな。言うなれば彼らこそ被害者ではありません……いや、言いすぎました」

 ルイスの表情を見て取ったフードの男は自説を引っ込めた。

「とにかく実践部隊の指揮はこれから私がやらなければいけなくなった。奴らはまだ西の砂漠にいるのだろう?」

「おそらく。……“印”が発動されていないのでわかりかねます」

「ちっ、肝心なところで役に立たん奴め」ルイスが舌打ちをしてコーヒーを飲み干す。「明日の朝にその現場に向かう。いつ“印”が発動するかわからんからな、お前も来い。……馬には乗れるのだろうな」

「まあ、できないことはありませんがみなさんに追いつく自信はありません」

 男は悪びれずに答える。

「わかった、お前は荷馬車の隅にでも乗っていろ。“印”のことがわかったら伝令で知らせればいい」ルイスはそう言い放った。


 砂漠の窪地で一人一頭の馬と荷物を運ぶための一頭を連れてから数日、ジルたち一行はルイスたち兵団の再三の攻撃をかわしながら旅を続けてきた。

 その間ずっと野営を続けてきたためかさすがの四人の表情にも次第に疲労が浮かんでくるようになった。

「それにしてもどうしてサーバイト団長たちは僕らの居場所がわかるんだろう?」

 乗馬にやっと慣れたジルが疑問を投げかける。

 彼らは兵団に見つからないように町を見つけても立ち寄らずに野営を続けてきたのだ。それなのに四人の居所を突き止め砲弾を打ち込んだり、大量の兵士が夜中に斬り込んできたりしてきた。その都度、何とか切り抜けてこれた。ジルの言うようになぜ正確に突き止められるのか。

 だが、その疑問に誰も答えようとはしない。

「そろそろクリシュナの村が見えてくるころじゃないか?」

 ライラが前方を見据えながらみんなに語りかける。

 クリシュナの村はヒプトリア火山の麓にある小さな村だ。休火山の近くにあるからか温泉が湧き出ている。なぜか観光に力を入れてないので知る人ぞ知る秘湯らしい。ジルたちも魔王退治の旅の途中ではじめて知った。

「あの時は先を急いでいたからゆっくり温泉に浸かるなんてできなかったんだ。だから帰りはのんびり泊まって温泉に浸かろうってみんなで話してたよね、ミシウムさん……」

 やっとジルはミシウムの様子がおかしいことに気がついた。ジルたちの言葉が耳に入っていない様子で、前方のヒプトリア火山をじっと見つめていた。

「さすがに疲れたんだろう。ここのところずっと全力で逃げ回っていたんだから」

 ライラが棘を含んだ言葉を投げかける。

 兵団の攻撃に対して迎えうつ気満々だったライラに対してジルは徹底的に邪魔をした。魔法を使い目くらましをかけたり、火炎や氷の壁を作って足止めしたりと、とにかくライラに剣を抜かせないようにひたすら逃げまくる戦術を取った。

 それがライラには気に入らない。敵が減らなければ脅威はいつまで経ってもなくならないのだ。ジルはそれがわかっているのか?

「……そんなにいい温泉なのですか?」

 クリシュナには行ったことがないテレナが尋ねてくる。

「だから僕らも入ったことがないから、わかんないんだよね。でも、僕らは兵団から追われているんだから立ち寄るわけにはいかないからね。残念だけど今回は素通りしなくちゃ」

 ジルが馬を先へ進める。

「そういえばじいさん、クリシュナではずいぶん態度が変だったよな。いつもだったら女をみたら見境なく声をかけたり手を出そうとしたりしてたのに、あそこではそんなことなんにもしなかったもんな」

「え、そうだったっけ?」ライラの言葉にジルが疑問を挟む。「出立ぎりぎりまで飲み屋に入り浸っていたじゃない。あそこの女の店員さん……たしかセレイヤさんだったかな……のことをずいぶん見てたでしょう」

「だけど、じいさんにしては珍しくただ見てただけだろう?なあ」

 ライラがミシウムの顔をにやつきながら見返す。だがミシウムはいっこうに返事すらしない。

 ジルとライラの会話を聞きながら、しばらく考え込んでいたテレナが突然、

「立ち寄りましょう、温泉の村に」

 と提案してきた。

 三人ともが驚きの声をあげる。人のいる場所に近づかないようにしようと言っていたのは他ならぬテレナだったのに、いったいどういう心境の変化なのか。

「さすがに地面に横になったりお風呂に入れないのは疲れましたわ。ここは奮発して温泉に浸かりましょう」

 テレナの提案にライラが反論する。

「だけど、またぺダンみたいに兵団が砲弾をぶち込んだりしてくるんじゃないか?」

 テレナはそんな言葉を意に介さない。

「その時はその時ですわ。さあ、お風呂、おふろ」

 にこやかに馬の歩みをあげる。その背を見ながらライラが

「……ついにきちまったか」

 と呟いた。

「でも、大丈夫なのかな?」ジルも不安げに言葉をかける。「兵団のこともそうだけど、僕らそんなにお金ないじゃない」

「あれから全然、カネを使ってないからな。四人が一泊するくらいはなんとかなるんじゃないか。いざとなったらこの荷物を少しは売ればいいんだし」

 ライラはそう言って自身が乗っている馬に繋げている荷物を乗せた馬を見る。

「ライラも温泉に入りたいの?」

「あたしは別に風呂はどうでもいいよ。……それにしても、テレナの奴、自暴自棄になっちまったんじゃないのか」

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