第13話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その7

 ライラに馬から蹴り落とされたブラニアが何とか立ち上がる。その隙にライラも抜剣してブラニアの頭部に向かって突きを繰り出す。

 間一髪、突きを避けたブラニアがそのままライラの懐に飛び込む。ブラニアもライラに負けず背が高い偉丈夫だ。彼の方が有利な点はその体格にあり、力比べに持ち込めば組倒すことも可能だろう。そう確信しての体当たりだ。

 だが、ライラも力業でこられれば不利になるのはわかりきっているので剣を繰り出しながら間合いを詰めないように注意を払ってる。ブラニアもそのまま突っ込んでいけば甲冑の隙間を突いてこられないとも限らない。たしかに盾がないと防御ができない分かなり戦いにくい。

 だが、今はないものを嘆いていても仕方がない。あの火災のせいでこちらの増援は期待できない。しかし、相手は他に三人の増援がすぐにでもくるかもしれない。しかも手練の勇者や魔法使いだ。圧倒的に不利な状況ならばせめて目の前の女戦士だけでも仕留めたい。

 ライラの剣とブラニアの剣がぶつかり合いながらお互い決定的な隙が見いだせないでいる。ライラの暫撃をブラニアが受け止め鍔迫り合いになり一瞬、膠着状態になる。

 力比べになれば分が悪い。そう思ったライラがブラニアの股間を膝で蹴りあげる。甲冑で防御されているので決定的なダメージを与えられるわけではないが、それでも相手の意表をつくことはできる。おもわず腰を引いた隙をついて左肘を繰り出す。

 ブラニアの態勢が崩れ組み合っていた剣が離れ、膝をつく。そのままライラが剣を上段に構えブラニアに向かって振り降ろす。

 さすがのブラニアも自分の死を悟る。その瞬間が訪れたときは目を見開いて迎え入れようと固く誓っていたはずだが、反射的に目を瞑ってしまっていた。

 暗闇の中、痛みも血の匂いも感じられない。ただ剣と剣のぶつかり合う音だけが聞こえた気がした。膝をつき、剣を立てて体を支えた状態で目を開ける。

 あろうことか女戦士の味方であるはずの勇者がブラニアの目の前に立ちはだかり、その巨大な“勇者の剣”で戦士の鋼の剣を受け止めていた。……まるでブラニアを守るかのように。

「ジル、てめえ……」

 ジルはライラの絞り出す声を無視する。

「……ブラニアさん、早く逃げて!」

 ……こんな屈辱があるだろうか。その身を捕らえあまつさえ命を奪おうとした男から命を守られ、しかも「逃げろ」と言われるとは。

 だが、これはチャンスだ!奴は俺に背を向けている。その力は女戦士の暫撃を受け止めることに使い切っている。このまま奴の背にこの剣を突き刺せば命令を完遂できる。王の命令は勇者の死なのだから。もちろん自分の命はここで潰えるだろう。だが、それは本来ならば数秒前におこっていたことではないか。無駄死にになるはずだったこの身に機会が与えられたのだ。

 ブラニアの剣を握る手に力がこもる。

 膝を伸ばし立ち上がる。地面に突き刺した剣を抜き、剣先を勇者の背に向ける。

「ジル!逃げろバカ」

 ブラニアを視界に入れている戦士が勇者に向かって叫ぶ。だが、勇者は鋼の剣を受け止めたまま微動だにしない。こちらが何をやるか予想もしていないのか。それとも……。

 ブラニアが剣を鞘に収める。踵を返し馬のいる場所まで戻る。

「……とっとと行け」ブラニアが馬に跨がる。「背を向けている奴を殺せるものか。俺はリストリアの兵士だ」

 ライラとジルがブラニアを見上げる。

「だが、今度あったときは容赦はせん。首を洗って待っていろ」

 馬の脇腹を蹴りつけブラニアが引き返す。まだ火勢が衰えていない群生の方角に向かって。

 ジルとライラがほぼ同時に剣を引いた。

 ため息をついてライラを見上げるジルの左頬に向かってライラの拳がたたき込まれる。小柄なジルが剣ごと吹き飛ばされる。

「容赦しないとはっきり言ったよな。お前、わかってんのか?あいつはお前の背中を刺そうとしてたんだぞ」

 倒れた状態で頬に手を当てながら

「でも、殺されなかったよ」

 と言った。

「運が良かっただけだ。そんなことがいつまでも続くもんか」

 ライラは吐き捨てるように言った。

「……運が続く限りはおんなじことを続けるよ。僕は人殺しをしたくないし、ライラにも人殺しをさせたくない。必ず邪魔するから」

 ジルが身体に付いた泥汚れを叩き落としながら立ち上がる。背にある鞘に“勇者の剣”を収める。

「勝手にしろ」

 ライラはジルをおいて馬車に向かって歩きだす。


 その夜は窪地のかげで明かすことに決めた。馬を空中浮遊で一頭ずつあげていくにしても体力や時間がどうしても必要になる。敵もこの場にいることは把握しているだろうから、いつまでもいることは不利になるが仕方がない。

 野営の準備をして缶詰をあけて食事を取る。だが、ジルもライラもだんまりを決め込んでいる。ミシウムが不穏な空気を少しでも変えようとあれこれとくだらない冗談を言うがまったく効果がない。テレナはそんな空気などお構いなしと言わんばかりに黙々と食事にせいを出している。

 食事を終えてしばらくするとライラがいないことにテレナが気がついた。

「ライラになにか用事なの?」

 ジルが尋ねる。

「ええ、ちょっと……」

 テレナの歯切れの悪い言葉が気になりながら一緒に探そうと席を立つ。ウトウトしているミシウムを起こさないように二人で探しはじめる。

「……どこかで用を足してるとかだったらどうしましょうね」

 テレナの冗談交じりの疑問に

「ライラがそんなことで席を外したのって見たことないよ」

 とそっけなく返す。

「よく見てますのね。わたくしはそんなこと気にしたことありませんでしたわ」

 そう言って交ぜっ返す。

 ふとどこからか声が聞こえてきた。この窪地に民家などあるはずもないしライラだとしてもこんな大きな声でひとり言を言ってるのだろうか?

 声のする方を探し出す。岩かげに誰か人影があった。一人のようだ。だが、誰かと話しているような口調だ。

「……今さら、そんなこと言うなよ。……わかってるよ」

 声と口調とシルエットからしてライラのようだがいったい誰と話しているのだろう?近づきながらテレナが「ライラさん?」と声をかける。

 近づいてはじめてわかった。

「……ニルファさん!」

 ライラのすぐそばに小さなシルエットがあるのに気がついた。月明かりに照らしだされたその影は妖精ニルファだった。

「ニルファさん、生きてたんだ」

 ジルが近づいてニルファに声をかける。

「……ええ、みなさんもご無事で」

 戸惑いながらもニルファも笑顔で語りかける。

「ラーリアル様も元気なの?」

 ジルはなおも話そうとする。

「……ジル、ニルファさんをミシウムさんのところにお連れしたらどうでしょう?彼もきっとお話を聞きたがると思いますわ」

「テレナとライラはどうするの?」

 ジルの疑問に

「わたくしはライラさんにお話がありますから。それが終わったらすぐに戻りますわ」

 テレナがジルとニルファ、そしてライラに向かって答えた。ライラはそっぽを向いたままなにも言わない。

「わかった、ニルファさん行こう。ミシウムさん、覚えてるかな?」

「ええ、よく覚えてますわ。なぜか、あたしの体をジロジロ見てた方ですよね」

「はは……。ごめんね、たぶんもうそんな失礼なことはしないと思うよ」

「……なにが失礼なのですか?」

 そんなことを話しながらジルとニルファはその場を離れた。話しながらニルファの顔をまじまじと見ながら、昨夜の夢のことを思い出していた。目が覚め駆けたときにニルファの顔に重なるようにライラの顔が現れたときにまったく違和感を感じなかった。

 ……そうか!ニルファさんとライラって顔だちがそっくりなんだ。身体の大きさが全然違うから気がつかなかったけど。そんなことを考えながら野営場所に向かって歩く。


 二人の後ろ姿を見て声が聞こえないくらいの距離になったときに

「……で、いったいあたしに何の用だ?」

 ライラから口火を切りだした。

「あなた、ジルのことどう思ってますの?」

「……どうって?まあ嫌いじゃないよ。嫌いだったらこんなところまで一緒についてこないしな」

 ごまかすこともできそうもないと思ったのかライラは正直に答えた。

「その割にはずいぶん態度が冷たくありませんか?」

「そりゃ、あいつが甘いことばかり言ってるからな。お前だってわかるだろう、あいつみたいな考えだったら明日には死んじまうかもしれないじゃないか」

「まあ、そうですわね」

 テレナはその後をどう切り出そうか考えたために少し時間が空いた。

「……昨夜はいったいどちらにいらしたのですか?」

 結局、ごまかしなしの直球で聞くことにした。

「それは言ったじゃねえか。朝メシのネズミを獲りに……」

 今朝と同じ回答をする。

「それにしてはずいぶんと遠くまで行ったみたいですね。ジルに聞きましたが薪が朝露で湿っていたそうですね。火が消えてからずいぶん経っていたみたいですから」

「……なにが言いたいんだ?」

 ライラが苛立つように言う。

「ぺダンの町に着いて三十分もしないうちにブラニアたちが大砲を持って駆けつけてこれるなんてどう考えればいいんでしょうか?」テレナはまっすぐライラの顔を見る。「予測していなければあそこまで迅速に行動できないでしょう」

「つまりあたしが夜中に出ていって奴らに情報を流したって言いたいんだ」ライラは軽くため息をついた。「と、いうことはあの副兵団長と戦ったのも猿芝居だと思われてたわけだ」

 テレナはライラの言葉を聞いてないかのように話しを続けた。

「最終形態の魔王ルシフスとの戦いのときに、わたくしは集約雷撃を使ってあなたとジルを助け出そうとしました。あれならルシフスの結界を少しでも食い止められると思ったからです。でも、ご存じのように集約雷撃は四人の魔法力を持った人間の力を使わなくては発生されません。わたくしとミシウムさん、それにジルを合わせてもあの場所には三人しか魔法力を持った人間はいませんでした」

 ライラが何か言おうとするのを制して話しを続ける。

「それでもやらないよりはマシだと思いました。ですが結果は今までに見たこともないくらいの集約雷撃がルシフスの結界に向かって放たれました。ギリアが“静かの森”で見せたものよりも何倍もの雷撃でした。……覚えておいでかしら?」

 ライラは黙って頷く。

「正直、何が起きたのか自分でもわかりませんでした。四人の魔法力が必要だというのは誤った話だったのか、とも思いました」

「……あれだ。あの時、召喚竜がいたじゃねえか。あれの魔法力を使ったんじゃないか?」

 テレナは首を横に振る。

「召喚竜の魔法力はそれを召喚したものの魔法力です。竜がいたからといって二人分の魔法力があるわけではありません」

「だったらルシフスの魔法力を利用したんだよ」

「それでしたらルシフスの結界を食い止めることはできません。『自滅のことわり』がありますから」“自滅の理”とは自分自身に向かって破壊の魔法をかけることはできないという自然界の掟。この場合、ルシフスの魔法力を利用して集約雷撃を繰り出したとしたら、ルシフス自身に向かって雷撃が向かうことはあり得ないのだ。「つまり、集約雷撃は三人分の魔法力でも効力が発揮されるのか、もしくは……もう一人魔法力を持っている人物がいたのか」

 ライラは何も言わず黙ってテレナを見つめていた。

「ギリアが見せてくれた集約雷撃はギリア、ジル、ミシウムさんそしてわたくしの四人の魔法力が使われました。それでもあのベルゾナとかいう魔族を倒すことはできませんでした。ですから、そのうちの三人分の魔法力で作った集約雷撃でルシフスの結界を抑えられるとは思えません」

 テレナとライラはまっすぐ対峙した。乾いた風が二人の間を割って吹きつける。

「戦士ライラ。あなたはいったい何者なのですか……?」

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