第12話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その6

「やっぱりテレナは頼りなるよ」

 ジルは後方の町を見ながら語りかける。

「……つくづく自分が出しゃばりなのだと思い知らされましたわ。もう少し謙譲の精神を養わなければいけませんね」

 大型の幌馬車の中の椅子に深く腰掛けてため息と共にテレナが愚痴る。

「それにしてもよくこんなでっかい馬車を借りられたよな。馬八頭だぜ。それに食い物も詰めてあったしな」

 手綱を捌くライラが全力で馬を走らせながら後方に向かって叫ぶ。元々荷馬車として運搬に使われるはずだったものを強引に乗っ取ったのだ。借りたと称するのは図々しい。

「ところでこれからどうするつもりなんじゃ?」

 荷物の中のコンビーフを齧りながらミシウムが問う。

「彼らも頭が悪くないはずですから、時を置かずに追ってくるでしょう。その前にどこかに馬車ごと隠れるところを見つけないといけませんわ」

 テレナがジルの荷物から地図を引っぱり出して広げる。この先は砂漠地帯が広がっていて身を隠すようなところは見当たらない。

「オアシスは向こうもいの一番に探すでしょうから避けなくてはいけませんね。幸い水も積んでますから大丈夫でしょう」

「テレナ……町の方から土煙が見えるよ」

 ジルの言葉にテレナもミシウムも一斉に馬車の後方に目を向ける。たしかに町の方から横一列に土煙が舞っていた。

「予想以上に早かったですね。おそらく大砲を置いてすぐに駆けつけられる騎馬だけで向かってきてるのでしょう。機動力では分が悪いですが、火力がない分こちらにも勝算が……」

 テレナの言葉が終わらないうちに後方の土煙の中から砲弾が一発飛んできた。砲弾は馬車の遥か手前に着弾し爆発した。

「どういうことじゃ?あいつら大砲を持って走っとるのか?」

 ミシウムの疑問に

「戦車……ですね」

 とテレナがひとりごとのように呟いて答える。

「戦車?」

 ジルが尋ねる。

「荷車に大砲を固定させて馬に曳かせているのでしょう。車輪さえ固定させれば戦場についてすぐに撃てますから。……それで、町の外からすぐに撃てたわけですね」

 テレナが一人頷く。

「感心しとらんで何か手はないのか?追いつかれたら大砲の餌食になるんじゃないか?」

 ミシウムがコンビーフを口から飛ばしながら情けない声をあげる。

「ジル!“勇者の剣”であいつら吹き飛ばしちまえよ。“結界破壊”ならあんなの一振りで充分だろ」

 ライラが前方で叫ぶ。

「そんなことやったら、この馬車ごと吹き飛んでしまいますわ。場所と場合を考えてください」テレナがライラを諫める。「それに、走りながら撃ったところで当たる心配はありません。こけおどしですわ。恐れを抱かせてスピードを緩めさせようというつもりなのでしょう。ですが、念のためにジルと協力して、いつでも馬車ごと障壁を張れるようにしておいてください」

 テレナがミシウムの肩をポンと叩いて馬車の前方に向かう。

 馭者をつとめてるライラの横に立ち前を眺める。

「ずいぶん頑張ってるじゃないか。謙譲の精神とやらはどこにいったんだい?」

 ライラが前を向いたまま軽口をたたく。

「黙って!」テレナも幌の端を掴んで前方を凝視する。やがて、「ライラさん。あの群生に馬車を向かわせていただけますか」

 ライラがテレナの指さした左手を見るとたしかに、なにかの植物の群生があった。

「ありゃなんだ?あんなところにオアシスがあったか?」

「いえ、葉がかなり枯れています。おそらく雨季に水が溜まったところに植物が生えて乾季になって枯れたのでしょう。……あれを利用しない手はありませんわ」

「……心得た!」

 ライラは馬車を群生に向かわせる。

「たぶん水が溜まっていた跡があるはずですから、それに注意してあの群生の中に突っ込んでください」

「どうやったらその跡がわかるんだよ」

「行けばなんとかなりますわ。それではよろしくお願いしますね」

 ライラの肩もポンと叩くとまた後方に引っ込んだ。

「……あいかわらず雑な計画だよな」

 鞭を一振りしてスピードを上げた。

「追手はどうなってますか?」

 テレナが後方のミシウムたちに尋ねる。

「騎馬隊は少しずつ間合いを詰めてきとるな。奴さんたちの顔もはっきりわかるくらいに近づいとるわい」

 ミシウムの言葉にコクリと頷くとジルに向かって

「火炎呪文の準備をしてください。火柱をあげて足止めします。二人がかりなら大きな火の壁を作れるでしょう」と言った。そして「これで向こうが止まってくれれば余計な人死にを出さずにすみますわ」

 と付け加えた。

 ジルも“勇者の剣”を使わなくてすむのだからやぶさかでない。

「そろそろ突っ込むぞ!」

 ライラが叫ぶ。

「入ったら少しスピードを落としてください!窪地に落ちたら元も子もありませんから」

 テレナが再度注意を促す。

 馬車が人の背の高さの二倍はありそうな枯れ草の群生に突っ込む。一気に視界が悪くなる。馬も今まで入ったことのない群生の中で戸惑っているのか足並みが乱れる。

「こんなところでどうやって窪地をみつけろっていうんだよ」

 顔に当たる植物を片手で遮りながらライラが毒づく。

 馬車馬が八頭もいるのがこの場合は不利になってる。四頭ずつ二列で幌馬車を引っぱっているので馬車から先頭の馬までの距離がかなりある。先頭の馬が窪地に足を取られても下手をすると気がつかないかもしれない。そうなると先頭の馬に引っぱられて他の馬や馬車ごと窪地に転落ということもありうる。それがわかるからどうしてもおっかなびっくりに進むことしかできなくなってる。下手をすればそのせいで追手に追いつかれるかもしれないのだ。

「まだ抜けませんか?」

 テレナが急かす。後方も視界がゼロになったので追手の様子がわからなくなっている。頼りになるのは馬の足音と戦車の車輪の音だけだ。

「やってるよ!あれこれ言うない」

 口の中に葉っぱが入ってくる。吐き出してる余裕がない。ミシウムの拾った草を食べなかったのに、こんな枯れ草を食わなくちゃいけないなんてついてねえよ。と頭の中が恨み言でいっぱいになる。

 群生の先が少し明るくなった。もうすぐ抜ける。そう判断した。だとしたらこの先に窪地があるかもしれない。ライラが手綱を引く。急に手綱を引かれ先頭の馬からスピードが落ちる。

 群生を抜けるとたしかに大きな窪地が顔をのぞかせた。乾季に入ってから溜まった水はほぼ干上がったようだが、若干底に泥のような黒い水が残っている。

「あぶねえ。こんな所に落っこちたら馬車が粉々になっちまうところだった」

 ライラは冷や汗をかきながら、窪地に縁に沿って馬車を走らせる。

 だが、このまま走らせても追手を引き離せるわけではない。なんとか群生を抜けて枯れ草に火をつけて敵を足止めしなくては。

「ライラさん、窪地に降りてください!」

 テレナが突然叫びだした。

「バカヤロウ!無茶言うな。こんなでかい馬車で降りられるわけねえだろう!」

「もう、追手はそこまで来ているようです。わたくしとジルの二人で火を放ったら、空中浮遊で安全に降ろします」

「……またあれをやるのかよ。おい、今度はちゃんと降ろせよ」

 ライラが先日、考えごとをして着陸を失敗した人物に向かって嫌味を言う。言われた方は聞かないふりで通した。

「まずは火を放ちますわよ。いいですか?」

 ジルが頷く。

「「デラニアム!」」

 二人が声を揃えて火炎呪文を唱える。周囲の空気が枯れ草を巻きこみ二点に向かって急速に集まる。その二点に空気中の熱が集中し、引火点に達して巨大な火球を作り上げた。

 二つの巨大な火球は枯れ草の群生に落ちた瞬間、燃え広がった。

 馬車の後ろで火勢が広がったせいか馬車馬が一斉に浮足立つ。

「こっちも何とかしてくれ!」

 ライラが珍しく泣き言を言う。

「「フーリアン!」」

 二人で作った光の玉が馬車ごと包みこみ、宙に舞う。状況が理解できない馬たちはパニック状態に陥った。

 光の玉は通常よりも早く落下していく。元々、一人か二人を支えるくらいしかできない空中浮遊だから、たとえ二人で作った光の玉だとしても馬車ごと支えるのはかなり難しい。

「おい、テレナ。正しい言葉を教えてやるよ。これは『安全に降ろす』って言うんじゃなくて、『ゆっくり落っこちてる』って言うんだよ!」

 ライラが混乱している馬の手綱をなんとか捌きながら怒鳴り散らす。

 火球が現れたかと思うと瞬く間に群生を燃やしはじめた。

「馬を退けえ!戦車はここで待機しろ!下手に近づくと火薬に火が点くぞ」

 群生を突っ切ろうと中に入った騎馬隊はあわてて引き返し、迂回をはじめる。群生の規模がわからないのでどれくらい迂回しなくてはいけないか、そのせいでどれくらい引き離されるか見当もつかない。ここまで来て。と言う思いが兵士たちに広がる。

 しかし、先陣を切った幾人かの兵はすでに群生の中に入ってしまっている。おそらく彼らはこの火勢に巻きこまれて助からないだろう。……その中に副兵団長のブラニア大佐がいた。

 ライラの右手に皺の入った手が添えられる。

「落ちる寸前に馬に障壁を張ってやる。それで安全に着地できるはずじゃ」

 ミシウムが手綱を持ちながら提案する。

「……やるじゃねえか。見直したぜ」

「惚れ直したか?」

「……惚れた覚えがねえよ」

 二人で手綱を捌きながら着々と接近してくる地面をみながらタイミングを計る。

「テレナ、ジル!」

 空中浮遊の光の玉を作っている二人に向かってミシウムが叫ぶ。察した二人が空中浮遊を解く。と、同時に馬の足元に障壁が張られる。

障壁構築ブリージス!」

 テレナを右腕で抱えながら、ジルも馬車の底部に障壁を張る。

 馬車が地面に当たり、バウンドする。馬車の中の荷物が撹拌されて散乱する。

「テレナ、大丈夫?」

 クッション代わりになったジルが抱きしめてるテレナに問いかける。

「わたくしは大丈夫です。ライラさんたちはどうされてますか?」

 ぶつけた頭を抑えながら二人とも前方のライラたちを見る。パニックに陥っている馬を二人がかりで抑えてる真っ最中だった。

「頼むから落ち着いてくれよ。もうちゃんと地面に足がついてるだろう」

 ライラもミシウムも興奮している馬たちに向かって「どうどう」と声をかけている。そのかいがあってか、少しずつ馬たちも落ち着きを取り戻しだしてきているようだ。この調子ならあと少しで先へ進めるだろう。どうやら追手を振り切れそうだ。

「よし、出発しようぜ。……だけど、この窪地からどうやって這い上がるんだ?」

「あの先が少し緩やかになっているようですから、まずはあそこをめざしましょう。追手が先回りしてないようでしたら、一頭ずつ登らせます。四頭だけ引き上げたら荷物をいくらか持ってあとは捨てます」

「馬も馬車も置いていくのかよ!」

「欲張ってはすべて失うことになりかねません。馬があるだけでもありがたいくらいですわ」

 ライラの反対意見をテレナが一蹴する。ライラも代替案が出せない以上、従うしか手はないと諦めたようだ。

 落ち着かせた馬たちの手綱を持ち、馬車を曳かせる。その時、後方から馬のいななきが聞こえてきた。

 何かが飛んできて振り向いたジルの左頬を掠める。

 見るとそこには右手に拳銃を構えたブラニアが馬に乗って立っていた。単発式の拳銃を捨てて馬のわき腹を蹴る。馬が走り出し馬車に近づいてくる。

 馬車もスピードを上げて走り出す。だが、訓練された単騎の馬があっという間に左側面に回り込む。

「止まれ!もう逃がさんぞ」

 ブラニアが片手で抜剣してライラに向かって斬りかかる。ライラが左手で脇に挿していた鞘から剣を半分ほど抜いて、ブラニアの剣を受け止めた。

「……それはタガリア二等兵の鋼の剣だな。この野盗くずれが……。英雄が聞いて呆れるぞ」

 ブラニアの絞り出すような声に呼応してライラは猛々しく返す。

「兵士に盾くらい渡してやれよ。いくら貧乏国家でも、あれじゃ命がいくつあっても足りないぞ」ライラが身体ごとブラニアの剣をはじき返す。「じいさん、代わってくんな」

 と言うが早いか馬車から飛び出し、馬に乗ったブラニアに向かって蹴りかかる。

 ミシウムはあわてて手綱を掴むが走り出している馬たちを止めることはできない。

「ライラ!」

 ジルが遥か彼方まで見えなくなったライラを見ながら馬車から飛び下りる。転げ落ちながらもなんとか態勢を立て直し、ライラとブラニアの元に走り出す。

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