第11話 召喚竜《ドラゴン》は仲間《パーティー》には含みません。その5

 妖精の国の話しをしたからだろうか。ジルは久しぶりにニルファの夢を見た。

「ニルファさん!良かった、生きてたんですね」

 夢の中のニルファに向かってジルが語りかける。彼女はジルの顔の間近まで近づいて

「おい、ジル。起きてくれ」

 と語りかけてきた。

 目を覚ますと目の前にライラの顔があった。

「すまない、ちょっと火をつけてくれないか」

 寝ぼけ眼のジルの上半身を起こしながらライラは頼んだ。

「どうしたの?」

 ジルが尋ねると

「ちょっと席を外したら火が消えちまってさ」

 とたき火の跡を指し示した。

「……ああ、本当だ。でも、もう朝日も昇りはじめてるしわざわざ火をおこさなくてもいいんじゃない」

「いや、ちょっとこいつを見つけてさ」

 ライラは右手に持っていたものをジルの目の前に差しだした。

「……!すごい。よく見つけたね」

「だろ。だから、火をつけてほしいんだ」手を合わせて頼み込む。

「わかった」

 ジルは喜び勇んでたき火に向かう。たき火の跡を見ると朝露で湿気りはじめていた。どうやら席を外したのはかなり長い時間だったみたいだ。もしかしたら、かなり遠くまで獲りに行ってたのかもしれない。

 薪を魔法で乾かしながら足で燃えかすをかき分ける。

「それどうやって捌くの?」

「そりゃナイフを使って……しまった、ナイフも馬車の中か」

「小刀でよかったらわしがもっとるぞ」

 二人は予想外の声の方を振り向いた。ミシウムが自分の小刀を差しだしていた。

「すまん、起こしちまったか」

 ライラが小刀を受取りながら謝る。

「そりゃいいが、いったい何に使うんじゃ」

「こいつさ」

 ライラはミシウムにも獲物を見せた。

「おお、こりゃすごい。……じゃが、都会人のわしにはあわんの。お前さんたちだけで食え」

 ミシウムは手をひらひらさせて食事を拒絶する。

「都会人が拾った草なんか食べてんじゃねえよ。……ジルは食うだろ?」

「もちろん!……デラニアム!」

 再度たき火に火が点く。

「……うるさいですわね。どうかされたのですか?」

 テレナが寝返りをうちながら問い質す。

「さっき、こいつを見つけたんだ。テレナは食べないか?」

 と言ってライラは左手に持ちかえて今まさに捌こうとしていた二匹のネズミをテレナの顔の前に突き出した。

「……キャーーーーーッ!」

 テレナは再び眠りについた。


「いえ、わたくしはご遠慮します。……ええ、わかってます。鳥や豚と変わらないお肉だということは。……理屈では」

 テレナは吐き気を抑えながら少したき火から遠ざかる。

「変なやつだな。しかし、やっぱ野生の肉は引き締まってて噛みごたえあるな」

「家畜と違って肉の量が少ないのが難点だけどね。でも、野ネズミなんて久しぶりだよ。ああ、カエルとかヘビも食べたくなってきた」

 皮を剥いで内蔵と血を抜き取って丸焼きにしたネズミを一人一匹食べることができてライラもジルもご満悦状態だ。その姿をミシウムはニヤニヤしながら残っていた木の実を食べている。

「西の果てはずいぶん野蛮なのでしょうね。行くのが不安になってきますわ」

 テレナはうんざりした顔をして二人を見つめていた。

「しょうがねえじゃねえか。もうあたしたちには金を稼ぐ手段がないんだから。人間を殺したって“宝玉”は手に入らないもんな」

 熱々のネズミを齧りながらライラが言う。魔族を倒すとその体から“宝玉”と呼ばれる楕円形の水晶のような石を取り出す。それを町に持っていくと幾ばくかのお金に換金できる。今まではそうやって自分たちの食い扶持を手に入れたり、武器を買い換えたりすることができたがこれからはそうはいかない。

 今、手元にある六百七十二ルフラではぺダンの町で馬車を借りることはおそらく不可能だろう。テレナは思案にくれていた。


「それでは馬車は貸してはいただけないのですか?」

 賭け事などの娯楽が集中している歓楽街であるペダンの町に着いた一行はその足で町の実力者であるダックスの屋敷に向かった。

「貸さねえとは言ってねえよ、テレナ。ただやっと平和になったからな。運ばなくちゃいけない荷物がたくさんあるんだ。そっちに一台でも多くの馬車を割かなくちゃいけねえ」

 頭を剃りあげた偉丈夫のダックスは葉巻をくわえてニタニタと笑いながら、この町で辻占いをやっていたテレナに向かって話した。

「ダックスさん、わたくしはここで占いをさせていただいていた時も、あなた方に損をさせたことはなかったはずです。みかじめ料だってきちんとお支払いしたではありませんか」

「みかじめ料たあ、ひでえ言いぐさだな」ダックスは下卑た笑いを浮かべた。「それに俺は意地悪で貸さねえと言ってるわけじゃない。あいにくと馬車が足りねえんだ。そう言ってるだろ」

 テレナの後ろに立ってるライラが左隣のジルに小声で問いかける。

「……なあ、“みかじめ料”ってなんだ?」

 ジルが左に立ってるミシウムに

「“みかじめ料”ってなんですか?」

 と、小声で尋ねる。

「まあ、早い話が“用心棒代”じゃな。このペダンの町で仕事をしたかったら、あのゴロツキに定期的に金を払って嫌がらせを受けないようにするんじゃ」

 そんなことも知らないのか。と呆れながらミシウムが小声で答える。

「そういうのは“用心棒代”とは言わねえんじゃないのか」

 ライラが正論を吐く。

「おい、そこのデカいねえちゃん。ガタイに似合わねえ、ちっちゃい声で喋ってんじゃねえよ。言いたいことがあるんならハッキリ言いな」

 ダックスから水を向けられて、それならばと文句を言おうと口を開こうとした。

 その時、突然町の中で何かが破壊されたような音が聞こえ、次いで身体に体感するほどの地響きが感じられた。

「なんだ?……おい、何があったか見てこい」

 ダックスが入り口付近に立ってたひょろ長い貧相な顔立ちの男に命令した。男は扉を開けると一目散に走り出した。扉は閉めないまま……。

「兵団かな?」

 ジルがテレナに近づいて耳打ちをする。

「いくらなんでも早すぎます。わたくしたちがペダンに着いてまだ三十分も経ってませんわ」テレナは懐中時計を見せながらダックスから目をそらさずにジルに話しかける。「あいつらの仲間が中央の兵団に報告に行ったとして、早くても三時間はかかるはずです」

 そうだよね。と納得したときに開いていた扉から先ほどの男が血相を変えて戻ってきた。

「親分!大変だ!」

「親分じゃねえ!親方だ。親分じゃカタギじゃねえみてえじゃねえか」

 そんなたいした違いがあるとは思えないが。という言葉を勇者一行は心の中だけに留めた。

「すんません、親方。……あ、兵団が、中央の軍隊が町の外から大砲をぶっ放して時計塔を壊しやがりました」

「なに?どういうこった。あいつら訳もなくいきなり大砲を打ってきやがったのか?町長はどうした?」

 ひょろ長い子分の言葉にダックスが声を荒らげる。

「今、大慌てで町の外に行きました。俺は急いで知らせに戻った方がいいと思って」

「あんな朴念仁が出ていってもなんにもなんねえだろ。俺も行く。ここは俺の町だからな」

 ダックスが上着を手に外に出ようとするのをテレナが止める。

「お待ちください。ダックスさん、あなた本当に大丈夫なんですの?」

「……何のことだ?」

 ダックスが上着を着る手を止めテレナに向きなおった。

「兵団が予告もなしに大砲を放つなんて正気のさたではありませんわ。あなたなにか中央を怒らせるようなことをなさったのではありませんか?」

「そんなことあるわけねえだろう。王政府の近くの町で逆らうような仕事なんざできるわけないだろうが」

 ダックスの言葉にもテレナは怯まない。

「わたくしがこの町に住んでいた時でもいろいろと噂は耳に入ってきてましたわ。本当に身に覚えはありませんか?」

 そこまで言われたら、いろいろと思い出してくる。歓楽街で仕事をすれば非合法なことに手を染めることなどいくらでも出てくる。バレないようにうまくやってきたつもりだが、いくつかは気づかれたかもしれない。しかし、それにしてもいきなり警察ではなく兵団がやってきて攻撃してくるなどありえない。

「今あなたが出ていったらなにをされるかわかりません。警察ではないのですから逮捕ではなく裁判なしで処刑されることもありえますわ」

 テレナがさらに脅しをかける。

「……あいつら、俺が狙いなのか?」

 ダックスの声が少し震えだした。

「おそらく。他に兵団が出向く理由なんて考えられませんわ」

 いやあ、あるでしょう。とジルとライラとミシウムは心の中で声を揃えた。

「どうすりゃいいんだ」

 ダックスが大きな身体に似合わず哀願するような態度をとりはじめた。

「……わたくしたちが囮になりますわ」微笑みながらテレナが提案する。「ダックスさんに成り済まして町の外に脱出します。兵団を引きつけますから、その間にダックスさんたちは荷物をまとめて逃げ出してくだいさいな」

「どうやって俺に成り済ますんだ?」

 ダックスが当然の疑問を口にする。一番背の高いライラでもダックスほど横幅があるわけではない。変装するにはかなり無理がある。

「ダックスさんの馬車を使わせていただきます」

 テレナが自信満々に答える。

 そういうことか!他の三人はテレナの意図が飲み込めた。おそらく自分たちを追ってやってきた兵団がまるでこの町の実力者ダックスを狙ってやってきたと錯覚させ、囮と称して馬車を使ってちゃっかり自分たちが脱出する気なのだ。

 悪い奴だなあ。とライラは思った。兵団の目的は勇者ジルの一行なのだからダックスが町から出たところで追ってくるわけがない。ダックスたちが事実を知った時には自分たちは遥か彼方へ逃げ出しているという寸法なのだ。あの短い時間の中でよくこんなことを思いつけるもんだと今更ながらに感心した。

「お前たち、もしかしてただ馬車を手に入れたいから、そんなことを言ってるんじゃねえだろうな?」

「そうお思いでしたら今から兵団のただ中に行って確認してきたらいかがですか?そのまま捕り押さえられてもわたくしたちには関係はありませんから」

 テレナはそう突っぱねる。ここで弱味を見せたら負けだということがよくわかっている。ライラはつくづく感心した。

「わかった。とにかく俺の馬車を使ってくれ。……他に何をすればいいんだ」

「わたくしたちが出ていったら、ダックスさんの部下に『親方が逃げた』と大声で叫んでもらってください。それで兵団はわたくしたちには注意が向くはずですから」

 テレナの勝ちだ。


「いったいなにごとですか?いきなり町中に向かって大砲を撃つなど、なにを考えているのですか?」

 頭のはげ上がった小太りの町長が町の入り口に陣取っているブラニアたち兵団に対して抗議をしている。いきなり大勢で押しかけてきてあまつさえ有無を言わさず攻撃を仕掛けてきたのだ。なぜそうなったのか、さっぱりわからないがここで弱腰を見せるわけにはいかないと、勇気を振り絞る。

「これは町長。朝からお騒がせして申し訳ない。いや、今の時間なら時計塔には人はいないはずですからな。余興としては申し分ないでしょう」

「……余興ですと?こんな非常識なことがありますか?……いったい私たちがなにをしたのですか?」

 ブラニアは町長の強気の言葉の裏にある恐怖を感じ取ってほくそ笑んだ。昨日のターラントでも同じようにすればよかった。なまじ紳士的に対応しようとしたから、あのように舐めた態度をとられてしまう。やはり人は恐怖で支配するものなのだ。国王の施政は正しいのだ。なんだったら一人や二人血祭りにあげてもいいかもしれない。

「この町に匿われている犯罪者を引き渡していただきたい」

 ブラニアは慇懃に言った。

「……犯罪者ですと?いったい誰のことですか?このぺダンの町に兵団に引き渡さなければいけないような犯罪者などいませんぞ」

 町長は困惑した。このペダンはけっして品行方正な町ではない。ダックスのような裏で非合法な商売をやる人物も少なからずいる。しかし、そんな犯罪者を捕らえるために兵団が出張るなど聞いたこともない。なんのためにそれぞれの町に警察が駐在しているというのか。町長が口を開こうとしたとき、

「親方が逃げた!ダックスの旦那が俺たちを置いて逃げ出しやがった!」

 と町の入り口から駆けだしてくる数人の男たちがいた。

「な……おい、お前たちダックスが……いや、ダックスさんが逃げ出したというのは本当か?」

 町長があわてて男たちに向かって問い詰める。ダックスが逃げたということは兵団が追っているのは、やはりダックスだったのか。あのチンピラからの成り上がりが、いったいどんな悪さをしたのか。兵団が来たということは武器か麻薬の密輸、人身売買あたりか。どちらにしても町は無関係を通さなくてはいけない。ダックスが逃げ出したのなら兵団も奴を追いかけて行くだろう。その間に奴の悪事をこちらで暴いて中央の心証をよくしなくては……。

 そんなことを考えているとダックスの部下が奇妙な表情をしているのに気がついた。彼らの視線の先を見るとブラニアがいた。なにをするでもなくジッと腕を組んでこちらを見ていた。……なにをやってるのだ?町長はさらに戸惑った。

「あの……ブラニア大佐?ダックスを追わないのですか?」

 ブラニアは町長を睨みつけた。

「ダックスなどという小物はどうでもいい。私たちが追っているのは国家を転覆させようとしている奴だ」

「……国家の転覆?そんなのがこの町にいるというのですか?」

「この町に入ったというたしかな情報があるのだ。隠し立てするとこのまま町ごと焼き払いますぞ」

「隠し立てもなにも今、はじめて知りましたよ。いったいどんな奴なんですか?」

「男女二人ずつの四人組だ。背の小さい男は背中に大きな剣を差している。他にピンクの甲冑を着た女や年配の僧侶、青い麻の服を着た長い黒髪の女だ」

 その時、ダックスの部下が呟いた。

「……そいつら今、親分の身代わりになって馬車で町から出て行きやしたよ」

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