第15話 僕と契約する魔法少女になってよ。その2

「え?ひとり百ルフラでよろしいんですか?食事がついてですか」

 テレナが宿屋の女主人の言葉に驚いた。ターラントの二分の一の物価に心底驚いたのだが、主人はかえって申し訳なさそうに

「すいませんね、まだどこかに魔族がいるんじゃないかってみんな不安がってなかなか物価が安定しないもんだからどうしても高くなっちゃって」

 そう謝った。と、いうことは本来はもっと安い宿代ということだ。

 それぞれ持ち金から百ルフラずつ抜き取って前金で支払った。

 四人は大部屋に通される。個室になるともっと高くなるというので、今まで外でざこ寝をしてきたのだから一緒で構わないだろうと四人は同じ部屋をとった。

「ああ、久しぶりのベッドですわ」

 テレナがベッドにダイブする。三人は呆れたように彼女を見つめる。本当にきちまったんじゃないかと本気で心配する。

「ライラさん、お先にお風呂に入ってください。わたくしが入り口で見張っていますから」

 テレナがライラに提案する。

「いや、あたしは別に入る気はないよ。テレナこそ入りな、あたしが見張ってるから」

 ライラはミシウムをチラリと見ながら逆提案する。

「心配せんでもいいわい」

 ミシウムがテレナに近づいて言いにくそうに切り出した。

「……テレナ、すまんが少しカネを貸してくれんか?」

 ジルとライラが驚いてミシウムの方を見つめた。しかし、言われた本人は超然としていた。まるで言われることがわかっていたように。

「例の飲み屋に行かれるんですね」

「……ああ」

 ミシウムが認めるとテレナは懐から札入れを取り出し百ルフラ札を二枚、ミシウムに手渡した。

「いや、こんなに必要ないぞ」

 ミシウムが一枚返そうとすると、テレナはその手を押しとどめた。

「いいですから持っていてください。この先、また野宿の生活が続くでしょうからお金を使うこともないでしょう。思う存分お使いくださいな」

 そう言って立ち上がる。そしてジルに向かって

「せっかくですからジルも一緒に行ったらいかがですか?セレイヤさんでしたか……その方をご存知なのでしょう。積もる話しもあるでしょうし。……そうですね、ミシウムさんが羽目を外さないためのお目付役として行ってくださいますか」

 突然、話を振られたジルは

「え?それはいいけど……。僕、お金を宿代で使い切っちゃったよ」

「ジルはお酒を飲まないでしょうから、ミシウムさんにお渡ししたお金で十分でしょう。こちらは物価も安そうですし」

「……ライラはどうする?」

 ジルがライラに問いかけると、テレナがそれを制する。

「申し訳ありませんがライラさんはこちらに残っていただきますわ。せっかく殿方を追い出すのですもの女同士ゆっくり温泉で語り合いたいですわ」

 ジルもミシウムも納得したように

「わかった、じゃあゆっくり外で楽しませてもらうよ」

 男二人が部屋を出ようとするとライラが呼び止めた。

「ジル、これも持っていけよ」

 そう言って三枚の銀貨をジルに放り投げた。

「え、いいの?」

 受け取った三十ルフラを見て戸惑う。

「気にすんな。さっきテレナも言ってたじゃねえか。これからカネを使うこともないからってさ」

「あ……ありがとう。じゃあ、行ってくるよ。ミシウムさん、行きましょう」

 ジルに促されてミシウムが残る女性二人に頭を下げて部屋を出る。

「……さて、どうしますか?本当に先にお風呂に入ってくださってもよろしいんですのよ。ここはわたくし一人でも十分ですから」

 テレナが窓からジルとミシウムが宿から出て行くのを確認してからライラに語りかける。ライラは首を振りながら

「いや、嫌なことは先に済ませちまおう……」

 ため息をつく。


 宿屋からさほど離れていないところにその飲み屋はあった。元々、温泉目当ての旅人を頼りにして作られた店なのだが村自体が観光に力を入れないので結局、村人だけがたむろしている。それでもそこそこ繁盛しているようでジルたちが扉をあけると席はかなり埋まっていた。

「いらっしゃい!……あれえ、お客さんたち久しぶりじゃない。また寄ってくれたの?」

 少し小太りの愛嬌のある女性がジルとミシウムに声をかける。数ヶ月前に立ち寄った彼らのことを覚えていたのだ。

「久しぶりです、ええっとセレイヤさん……だっけ?」

 名前をうろ覚えだということがわかっても気にしないのか、アハハと笑いながら

「そうだよ、覚えてくれて嬉しいよ、ジルさんとミシウムさんね」と、こちらは二人の名前を覚えていた。「で、何にするかい?」

 セレイヤが彼らのテーブルに近づいて注文を取る。

「すまんが予算がこれしかないんじゃ、これで適当に見つくろってくれんか」

 ミシウムがテレナやライラから受け取った金額を含めたに二百七十二ルフラをテーブルに置いた。

「おやおや、こんなにあったらこの店が買えちゃうじゃないのさ。お客さんたち金持ちだね」

 感心したようにセレイヤが言う。とりあえず黒ビールにチーズと燻製肉を注文する。

「……ねえミシウムさん、どうしたのさ?ここのところ様子がおかしいよ」セレイヤがカウンターに引っ込んだのを見てからジルがミシウムに小声で問いかける。「この村に来てすぐにこのお店に来たってことは、やっぱりセレイヤさんに関係があるの?」

 なおも尋ねるがミシウムはだんまりを決め込む。

「それにしてもセレイヤさんって今までミシウムさんが声をかけてきた女性とタイプが違うよね。きれいな感じっていうより可愛らしいタイプだね。ああいう人が本当の好みだったんだね」

 ジルは沈黙が得意でないので間があくととりあえず喋る。そんな苦労をしてもなおもミシウムは黙っている。ミシウムも決して寡黙な男ではないのだが。

 セレイヤが瀬戸物のジョッキに入った黒ビールを一つとチーズと燻製肉が乗った皿を二つ持ってくる。

「ジルさんは何も飲まなくて大丈夫なのかい?つまみだけじゃ喉が渇くよ」

「僕はお酒が飲めないから。お酒以外で何かあるの?」

 未成年だからとは言わない。ジルの言葉にセレイヤがうーんと唸る。

「……酒以外となると、お茶と水と……ミルクくらいかねえ」

「水をください」

「あいよ、ジョッキに入れていいよね」

 セレイヤが水を汲みにカウンターに戻る。

「……娘……じゃよ」

 かすかな声がミシウムの口から聞こえた。うっかりすると聞き逃すほどの小声だったがインパクトのある内容だったために、ジルは目を見開いて驚いた。

「……え?ミシウムさんの?」

 ジルも顔を近づけて小声で尋ね返す。ミシウムは小さく頷く。

 まさかの展開だ。たしかに年齢差を見れば親子ほど離れているといえる。セレイヤを見ても、おそらく二十代の後半か三十代くらいだと思う。しかし、思い込みとはいえ、今までミシウムは独身だと思っていたから驚きを禁じえない。きっとライラたちも驚くだろうな。そうジルは思った。

「いつ、わかったの?本人から聞いたとか?」

 違うとは思ってる。セレイヤ本人から聞いていたのだとしたら、彼女がミシウムに対してただの客扱いしているわけがない。

 案の定、ミシウムは首を横に振って

「あの子から聞いたのは母親の名前だけじゃ。わしが父親だということは知らんじゃろう。おそらく聞かされてもいないと思う」

 と否定した。

「母親ってミシウムさんの奥さんってこ……と?」

 ジョッキを持って立っているセレイヤが視界の端に見えた。客の会話に入らないように気を配ってくれているのだろう。たしかに今、来られても困る。

 ジルは会話を打ち切って、手を挙げてセレイヤを呼ぶ。

 セレイヤは水の入ったジョッキをテーブルに置く。ちらりとミシウムの顔をして、そのまま奥のテーブルに向かっていった。その席に座っている常連客とそのまま話し込みはじめた。

「あの子の母親はこの村の出身でな。彼女がタルトニアに礼拝に来たときに……まあ関係を持ってしまったわけじゃ」

 ジルは顔を赤らめる。話しの流れとしてそういう会話になるとわかってはいても、やはり気恥ずかしい。今まで一緒に旅をしてきた仲間の知られざるプライバシーの部分に踏み込むのだから。

「もちろん、わしは彼女と結婚するつもりでいた。何も妻帯が禁じられているわけではないからな。ところが……」

 ミシウムはより一層声を落とす。ジルはなお一層聞き耳を立てる。

「わしが別の女とも関係を持っていたのがバレてしまってな。大ゲンカの末、彼女はこの村に帰ってしまったのじゃ」

 ジルはさっき持ってきたジョッキを手に取り一気に中の水を飲み干した。

「そりゃ怒るよ。……ミシウムさんがセレイヤさんに父親だと名乗りづらい理由もわかった気がするし」

 開いた口が塞がらないくらいに呆れた。しかし、考えてみれば親子が別れわかれに暮らしている理由などそんなに対してあるわけではないと思う。ましてやミシウムの性格ならそんなトラブルは日常茶飯事だっただろう。

「それでセレイヤさんのお母さんって今どうしてるの?」

 水のくせに酔っぱらいのようにくだを巻きはじめた。

「……亡くなったらしい。もう二十年以上前になるそうじゃ」

「……そうか」とたんに勢いがなくなる。ミシウムがなぜこの村に立ち寄った時に店に入り浸るのかわかった気がする。彼は娘に会いに来ているのではなく、昔の婚約者への悔恨と供養のために来ているのではないか。そんな気がして詰め寄る気力をなくなってきた。「だったら今回も親子の名乗りは上げないつもりなんだね」

 自分でもわかりきっていることを聞くなとジルは思った。以前も名乗らなかったのだから今回、名乗る理由はどこにもない。また出立までここでお酒を飲んでお金を落としていくだけだろう。

 言葉で答えずミシウムは苦笑いの顔を浮かべる。それだけで十分わかった気がする。

「ねえ、セレイヤさん。僕にもビールもらえないかな」

 ジルが常連客と話し込んでいたセレイヤに注文を告げると彼女はなかば起こったように

「あんた、まだ子どもだろう?酒なんざ早すぎるよ。残念だけどうちじゃ売れないね」

 とにべもなく断ってきた。

「……だったらミルクでいいです」

 そう言いながらジョッキを差しだす。せっかくだからミシウムと一緒に心ゆくまで飲んであげたかったなと思っていたのだが……。

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