第9話 次なる冒険へ



 神座を後にして、地下から抜け出した二人は、出入り口から差し込む日の光にほっと溜息を吐く。ただ、キティの方は爆弾が気がかりだったので、早くこの場を離れようと急かす。


「大丈夫だよ。あの爆弾は導火線を長めに調整してある。さて、財宝を持って外に出ようか」


 相方の不安など、どこ吹く風といった様子で、隅に転がしていた財宝の入った袋を持って、悠々と外に出た。

 言葉通り、遺跡の外に出て数分が経っても一向に何も起こらないので、本当に爆発するのか疑わしくなってきたキティが問い詰めるが、ステルは呑気にもうすぐもうすぐと言って平気な顔をしている。

 そして言葉通り、遺跡から轟音が鳴り響き、土埃混じりの風が二人の所まで届いた。それだけでなく、遺跡の一部が崩落していた。爆弾によって土台が崩れて、自重に耐えられなくなったのだろう。内心、勝手にうちの遺跡を爆破して良かったのだろうかと、キティはステルの無茶苦茶さに困った。だが、大喜びで拍手喝采の少年に水を差したくなかったので、年上としての余裕から、今は黙って見守る事にした。



 一仕事終えた二人は、廃墟となった遺跡の傍の林で弁当を広げていた。これは村の女性達が盗賊を捕まえてくれた、せめてものお礼だと言って、朝早くから作ってくれた物だ。主食の薄いパンに、焼いた塩味の羊肉、季節の野菜を乗せて丸めてある。味の決め手は酸味の効いたヨーグルトソース。肉体労働をした二人には御馳走だった。


「んーおいしー。お城で食べたのよりずっと美味しいなあ。これ私が今まで生きてきた中で、一番美味しい食事かも」


「そうだね。一仕事した後の食事は何でも美味しいよ。おばさん達が気を遣って日持ちする料理ばかり用意してくれたから、しばらくは旨い食事には困らないしね」


 通常の保存食以外にも、たっぷり二日分は料理を用意してくれたので、しばらくは豪華な食事にありつけるのを喜ぶ。何でも人助けはするものである。

 村人の感謝の籠った料理に舌鼓を打つと、自然と会話も弾む。話題は勿論、なぜ『神座』を破壊したのかだ。一旦食べるのを止め、安物の粉っぽいコーヒーで口を潤したステルが、改まって口を開く。


「端的に言えば、先祖の残した遺言というか宿題だからだよ。あの神座というのは、この大陸中に、いや他の大陸にも数多く点在している。それらを全て破壊するのが、当家の始祖の宿題だから」


「だから、その理由を聞いてるんだけど。単に五百年前のご先祖様の命令を聞く理由が、貴方にあるの?」


 せっかちだなー、と苦笑する。ただ、言わんとする事は分かる。いくら家の始祖の言葉とは言え、五百年も前の顔も知らないような人物の言葉など、そうそう聞く必要などない。適当に理由を付けて、知らない振りでもしていればいいのだ。そして、彼の家の人間は、その言葉を無視出来ない理由があるのだろう。


「もちろん有るよ。『全ての神座を破壊した者に、この世の叡智全てを記した書庫を与える』これがご先祖の残した言葉なんだ。しかも詳細な地図と資料まで残してくれた。ここまでお膳立てしてくれたんだから、やらないわけにはいかないよ」


 はっきり言って胡散臭い。それがキティの偽りの無い感想だった。まず、五百年も前の叡智というのがおかしい。この大陸で当たり前になりつつある蒸気機関や飛行船はその時代には無かった。別の大陸だって未発見だった時代だ。そんな大昔の叡智など今に比べれば大した事など無い。

 なのにそれを本気で信じて破壊行為に精を出しているのなら、それは狂人の類だろう。それに、仮に遺跡を破壊したところで、どうやって書庫を与えると言うのだ。まさか彼の始祖とやらが蘇って場所を教えてくれると言うのか。一体彼やその一族が何を信じて五百年も長い間伝え続けているのか、それが分からない。


「おかしいと思うのは当然だよ。俺だってこんな話をいきなりされたら、きっとありもしないホラ話だって真面目に受け取らない。けどさ、これを見たらちょっとは信じると思うよ」


 そう言って差し出したのは一枚の古びた麻紙だった。かなり変色して端々は擦り切れて、相当古い時代の紙だと一目で分かるが、これが何だと言うのか。


「これって、世界地図よね?かなり詳細に海岸線とか地形が書き込まれているけど、何時の時代の物よ」


「それ、四百年前以上に家の始祖が残した物らしいよ」


 その言葉に絶句した。それは幾らなんでもあり得ない。全ての大陸が発見されたのは二百年前だ。四百年前と言ったら、まだ西恐大陸が発見されたばかりで、東宝大陸も南陽大陸だって存在すら知られていない。そんな時代に完全な世界地図があったなど、あり得ない。仮にずっと世界最先端を走り続けたドナウ帝国が、この情報を秘匿し続けていた場合でも、現在の他大陸の勢力図から分析すると、つじつまが合わない。

 世間に疎い箱入り娘のキティでも、他国の歴史は学んでいるし、国際情勢と地図の重要性ぐらいは知っている。ここまで詳細な地形情報は自国の勢力圏でもなければ入手し得ない。今現在、世界最強国家であるドナウ帝国でも全ての大陸を掌握していない。それなのに四百年も前からこの地図があるのはおかしいのだ。

 気分を落ち着けるためにコーヒーを口にすると、苦みが頭をすっきりさせてくれるが、却ってこの地図の異常性が飲み込めない。


「ちょっとは俺が言う事を信じてくれた?家はこの手の時代に合わない資料がゴロゴロ転がってるから、あながち『この世の全ての叡智』っていうのもホラ話じゃないと思うんだ。おかげで周りからは、うちの家はおかしいって思われてるけど」


「貴方の家と帝国がおかしいのは分かったわ。それで、これからも『神座』とやらを壊し続けるために旅を続けるの?」


「そうなるかな。俺は『全ての叡智』にはそこまで拘ってないけど、一応家の悲願だから路銀は十分出してもらえるし、旅をして自分の知らない物を、見て、触れて、楽しむのが好きなんだ」


 見果てぬモノに恋い焦がれ、遥か遠くを見つめる少年の横顔が酷く眩しいものに見える。どうしようもなく妬ましくて、羨ましくて、憧れる。

 彼のようになりたい、もっとそばで同じモノを見てみたい、一緒に旅をしたい。それがいつわりのない彼女の心だった。

 己の心を自覚したキティは自然とステルに寄り添う。

 いきなり身を寄せる少女に夢うつつから現実に引き戻されてドキリとする。互いの吐息がはっきりと分かるほど、互いの瞳に顔が映り込むほどの距離まで近づくと、先に口を開いたのはキティだった。


「これからも一緒に旅をしていい?私も貴方と同じモノを見たいの」


「―――あ、ああ。もちろんだよ。俺も君と一緒にいると退屈しない。これからもよろしく」


 雰囲気に流されて、何となく別の言葉を期待してしまったステルだったが、提案自体は悪い物ではなく、むしろ彼女とこれからも一緒に旅が出来ると思うと、非常に嬉しかった。

 しかし、自分達がどういう体勢なのか冷静になって考えてしまい、キティの方が恥ずかしさから慌てて離れた。双方、若干名残惜しいとは思ったが、お互いに動揺を静めたかった。



 十分に気を落ちつけた二人は残っていた弁当を平らげて、出発の準備に取り掛かる。王宮への手紙はいずれ届く。そうなると必ず村へ捜索隊も派遣されて、自分達の動向も知られるだろう。追い付かれる前に、ここから一刻も早く離れなければならない。

 荷造りを済ませ、いざ出発という所でキティが次の目的地を尋ねる。


「とりあえず北に向かうよ。五日後には君を追って捜索隊がここまで来るから、その前にメロディアから出て行かないと。流石に捜索隊も外国までは大っぴらに入ってこれないだろう」


「ここから北って―――東のハーモニアと西のアーティアよね?どっちに行くのよ」


「ハーモニアかな。次の神座はここから北東にあるし、メロディアはハーモニアと仲が悪い。だから余計な諍いを避けて、組織的な捜索は可能な限り控えるはず。俺達には都合が良い」


 メロディアは南側の海を除いて四つの国と面している。西はドナウ、北西をアーティア、北東にはハーモニア、そして東にペルト。その中で比較的友好的なのは援助を受けているドナウと、同じくドナウに援助を受けるアーティアだが、反対にハーモニアは東の大国ペルトに多くの援助を受けているので、親ドナウのメロディアとは関係が結構悪くなっている。勿論、国交断絶などはしていないし、古来より仲の良い隣国と言うのは存在したためしがないので、歴史上よくある程度には仲が悪かったが、商業を起点とした民間レベルの交流はある。だからこそ、国から追われる身の二人が向かうには都合の良い国でもある。

 そうと決まればグズグズしていられない。二人は北東に向かって歩き出す。そこに何があるのか、何が待ち構えているのかは分からない。だが、きっと刺激に満ち、退屈しない日々が待っている事だけは確信が持てた。



 しばし歩き続ける二人だったが、ふとキティが前々から抱いていた疑問をステルに聞いてみた。


「ねえ、ずっと気になってたんだけど、私の仮の名前のキティってどういう理由で付けたのよ?」


「あー言ってなかったね。キティってのは俺の家で昔飼っていたオス猫の名前なんだよ。俺が子供のころから居て、去年老衰で死んじゃったんだ」


「へーそうなんだ。猫の名前………って私は猫じゃないわよ!!しかもオスって、なんて名前を付けるのよ!!貴方の感性おかしいでしょ!」


 猫と同じ扱いをされていた事に、大層ご立腹のオス猫ならぬキティが食って掛かるが、そんな事は気にしないと、ステルは彼女の瞳をじっと覗き込む。急に宝石のような翡翠色の瞳に覗き込まれて彼女はたじろく。そして何か納得したように頷くと、ちゃんと理由があるのだと落ち着かせた。


「俺の感性はおかしくないよ。だって、君の瞳の色と家の猫のキティの瞳が同じなんだ。そして、最初に君を見た時、高い所から飛び降りる猫に重なって見えた。ほら、何もおかしくない。

 いいじゃん、綺麗な青い海みたいな瞳なんだから。ずっと側で見ていたいぐらいだよ」


 前半は猫と同一視されて大変面白くないが、後半の口説いているような台詞に、先程の凝視と相まって顔から火が噴きそうなほど熱くなる。

 思い起こせば少年とは、ほんの十日程度一緒にいた程度の仲なのに、尻を見られ、一つのベッドで寝起きして、着替えを手伝ってもらい、湯浴みを共にして、勢いに任せて求婚までされた。あまつさえ毎日のように医療行為と称して尻や足を撫でまわされている。どれか一つとって見ても、王族としてあるまじき行為だった事を今更ながらに気付く。気付くのだが、ならこれからどうするのか。旅と同様、先の展望が全く見えなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る