第8話 宝探し



 盗賊達を村に引き渡した翌日の昼過ぎ、二人は再び東の遺跡へと戻って来た。


「さーて、これで気兼ね無く調査が出来るぞ。キティもここまで付き合ってくれてありがとう」


「そんな改まってお礼なんて言わないでよ。私の方こそステルと一緒に旅が出来て、とっても楽しいんだから」


 一緒に旅をしてから一番上機嫌なステルを見たキティも、ようやく年下らしい可愛さが見れたのか機嫌が良い。それに、この遺跡に何が眠っているのかも非常に気になる。

 遺跡の内部は前日と何も変わっておらず人気は無い。どうやって探すのかとキティが問うと、まず小さなハンマーと差し出して、適当にあちこち壁を叩いて欲しいと言われた。そしてステルは両手と額を石壁に押し付けて目を瞑っている。

 キティにはこの作業と相方の仕草に何の意味があるのかわからないが、取り敢えず言われた通り、歩き回りながら壁をガンガンと叩いていた。

 内部の壁の半分程度を叩いていると、ふいにそこで止まって周辺を叩いてほしいと言われ、命令されるままに壁を叩くと、もういいと言われた。キティには何も分からなかったが、彼には何か分かったのだろうか。

 ステルは用意しておいた道具の中から、大型のツルハシを取り出して、キティの居た場所の石壁に向けて勢いよく振り下ろす。小気味良い音を立ててツルハシの先端が石材に穿たれると、壁に亀裂が走り破片が弾け飛ぶ。数度同じ個所に繰り返すと、規則的に積まれた石壁が自重で崩れ始めて、壁の先にあるものが露出した。


「あっ、壁の先に穴がある。ここって隠し部屋ってやつ?」


「多分ね。ハンマーで叩いた時の音が他の場所と違ってたから。人が通れるぐらいまで穴を開けるから待ってて」


 ワクワクしているキティをよそに、ひたすらツルハシを打ち込んで石壁を崩していく。元々ただの石材を泥と藁でくっ付けてあっただけなので、比較的簡単に大穴を開けられた。

 中に入ると、そこそこ広い空間の奥に石造りの台座が置かれており、その上には松明の火を跳ね返す、宝石と黄金に彩られた財宝が鎮座していた。

 すごーい、と歓声を上げて走り出そうとしたキティをステルは強い口調で制止する。その言葉にとっさに足を止める。


「不用意に近づいちゃ駄目だ。こういうのには必ず仕掛けがあるから、慎重に動かないと」


 そう言うと、ステルは崩した石材の一部を縄に括り付けて地面に転がす。すると、床の一部が崩れ落ちて穴が開いてしまった。


「こういう部屋には結構罠が仕掛けられている事が多いんだ。床以外にも壁から毒矢が飛んで来たりもするから気を付けて」


 じっとりと背中に冷汗をかくキティをしり目に、ステルは何度も石を床に転がしたり、壁にぶつけて罠が無いかと調べている。

 結果、壁側には特に罠らしきものは無かったが、床には所々人一人が落ちそうな穴が出来ている。興味本位で覗くと、底には無数の石の杭が突き立てられており、もし穴に落ちたら確実に命は無かっただろう。血の気の引いたキティはステルに礼を言って、これからは彼の言う通りに動こうと固く誓った。

 ステルを先頭に、残った足場を慎重に歩いて一歩一歩台座に近づく。もちろん何度も床を石で叩いて確認しながらだ。キティにはこの一歩ごとに進む時間が緊張の為に、何時間もかかっているように長く感じられたが、実際の時間はそれほど長くない。

 無事に台座まで辿り着いた二人は気が抜けたように息を吐く。今度はキティも不要に財宝に触ろうとせずに、ステルにすべて任せるつもりだ。

 まず台座の外からじっくり観察して、仕掛けの有無をざっと見ておく。幸い仕掛けを施せそうな構造をしておらず、一個の岩を削り出したような台座だった。念のために周囲の壁も調べる。財宝に触れた瞬間、矢が飛んで来ないとは限らない。

 念入りに調べ終えたステルは、財宝に触っても大丈夫だと許可を出す。キティは新しいオモチャを与えられたような子供のように、多種多様な宝石を散りばめた黄金の杯を一つを手に取って眺めた。これ一つでも恐らく家一軒ぐらいは建つ価値のあるお宝だろう。


「へー、大昔の人もこんな綺麗な物を作れたんだー。ねえねえ、ステルはこういうのが欲しかったの?」


「いや、これは俺の探していたモノじゃない。ただ、一応当時を知る貴重な資料だから実家に送るつもりだよ。あ、そういえばこの国から持ち出して良かったのかな」


「んーどうなんだろう?別にうちの王家が出来る前からここにあったんだから、見つけた人のものじゃないの?ほら、本当の持ち主はもう大昔に死んじゃったんだし。

 って、これが探してる物じゃないの?」


 キティも金銀宝石は見慣れた物であり、特別執着するようなものではない。しかし一般常識というか、贈答品として価値のあるものだという認識は持っているし、つい先日宝石を貨幣に換金して物品を買いあさる村人を見ているから、多くの人はこのような財宝を欲しがるものだと理解している。だが、連れは特に興味を持たず、むしろ当てが外れてがっかりしている様子さえ見せている。

 とはいえここに放って置いても誰かに盗られるだけなので、一応戦利品として貰っておくことにした。金の杯以外にも、純金の冠を被った彫像や、鞘から柄に至るまで全て宝石で埋まった短剣、錆びてしまっているが裏側には極めて精密な細工の施された銅鏡、大粒の真珠ばかりを集めたネックレスなど、無数のお宝を袋に入れて、隠し部屋から出た。

 戦利品を隅に置いた二人は、他に隠し部屋が無いかもう一度壁を調べるが、残念ながら壁にはもう何も無いらしく、ステルは思案顔だ。


「壁に仕掛けの類はもう無い。なら他にあるとすれば、上か下かのどちらかかな?上は構造上無さそうだから、床を引っぺがしてみるか」


 ならばやる事は先程と変わらない。今度は床に手を着いて額をくっ付け、まるで処刑人に首を差し出すような体勢をとったまま、キティに床をハンマーで叩かせた。

 当たりがあったのは奥の祭壇の前。壁と同様に音の違いを察知したステルはツルハシを担いで祭壇の前に移動する。ただ、今度はキティが自分がやりたいと言ってツルハシを奪って、豪快に床に叩きつけた。

 振り下ろされるツルハシは、ステルが振るった物より数倍速く、深々と床にめり込む。前から思っていた事だが、キティの身体能力は一般人のそれとは大きく異なる。碌に鍛錬どころか運動すらしていないような、華奢な身体からは考えられない筋力を持ち合わせ、その能力を遺憾なく発揮して、たった一撃で石畳を粉砕し、大穴を空けてしまった。

 相変わらずの馬鹿力に呆れるステルだったが、自分の代わりに力仕事を請け負ってくれたキティにはありがた味を感じている。そしてお目当ての物が見つかって気分が良い。


「階段ね。でもどうして昔の人は地下にこんな物を作ったんだろう?」


「さて、それは実際に確かめてみない事には分からないよ。本当に墓の可能性も無いわけじゃないしね」


 床下に現れた地下への階段。完全に日の光の当たらない閉ざされた闇の空間に、キティは本能的な恐怖を感じて身震いする。それを見たステルは、気が進まないのならここで待っているかと気遣うが、気丈にも彼女は一緒に行くと断った。

 怖さを紛らわすためにキティは手を繋いでもらい、二人は階段を慎重に降りていく。階段は思ったよりも多く、五十段ほど降りると、ようやく平らな面になった。周囲を松明で照らすと階段付近は石壁だが、さらに先は人の手に拠らない自然なままの岩肌になり、天井には鍾乳石がぶら下がっている。


「天然の洞窟かな。多分ここを神聖な場所として祀るか、危険だと判断して人の目に触れさせたくないから、上に建物を建てたんだと思う」


 わざわざ地面を掘ったのではなく、最初からある地下を隠すために上に建物を建てた。それなりに納得出来る解釈である。

 洞窟の入口は狭く、人一人通れる横幅に高さは中腰で進まなければならない程度。幸い二人はどちらも痩せ型で、背もそれほど高くない。ある程度は余裕で進める。

 罠を警戒してステルが先に進み、後ろからキティが続く。地下特有のひんやりとしながら湿気を帯びた澱んだ空気、地を這う虫にキティは身震いするも、我慢する。

 洞窟は長く曲がりくねっているものの一本道が続く。途中、蛇が何匹が居たが、火が怖いのかこちらに襲い掛かる気は無いらしい。長年地中で暮らして色素が抜け落ちた真っ白な蛇が二人の股を抜けて逃げて行くと、後ろから悲鳴が聞こえた。


「うう、早くこんなところ抜け出したいよー」


「もうすぐ広い場所に着きそうだから泣かずに頑張れ」


 後ろから急かされ狭い道を抜けると、言葉通り、広い空間が広がっていた。ここも壁や天井は人の手が入っていない自然の岩肌だったが、不思議と床だけはコンクリートを流し込んで固めたように真っ平らだ。そして広間の中心には、50cm程度の大きさの石が三十個ほど等間隔で円状に並べられている。


「棺も見当たらないし、お墓には見えないよね。上みたいに祭壇も無いし、財宝も無い。ねー、この石って何だと思う?」


 きっと昔の王様の棺かお宝でもあると思っていたキティにとって、この寂しい光景はさぞやガッカリした事だろうが、反対にステルは目を輝かせて興奮していた。

 さらに熱に浮かされたまま環状列石の中央に立つと、全身を震えさせているのが外にいるキティにもはっきりと見て取れた。と言うか震えすぎて傍から見たら物凄く恐い。


「――――ははは。そうか、やっぱり代々家に残された古文書は正しかった。ここが、これが、神の御座だったんだ!始祖よ、これでまた一つ貴方の残した宿題が解けましたよ」


「ちょ、ちょっとステル!貴方大丈夫なの?」


 一人悦に入ったステルに置いてきぼりにされたキティが心配して近づこうとするが、肩に触れた瞬間、環状列石の外にまで弾き飛ばされた。それを見たステルが我に返ると、喜色はごっそりと抜け落ち、慌てて彼女に駆け寄る。

 幸い、抱きかかえられたキティの意識ははっきりしており、ステルに触れた手にも目立った怪我は無く、頭なども打っていない事を確認した。彼女を害する気は微塵も無かったが、結果的にそうなってしまったステルにとって酷く気まずい。


「もう、そんな泣きそうな顔しないでよ。貴方が私を傷つけようとしたわけじゃないのは分かってるから。けど、代わりに教えて。これって何なのよ?」


 悪戯をして叱られるのを待つ幼児のようにビクビクしているステルをあやす様に頭を撫でて落ち着かせようとする。子供扱いされて恥ずかしいのか、頬に朱が差すステルを可愛いと感じる程度にはキティも余裕があった。

 多少落ち着きを取り戻すと、石の一つに触れながら語り出す。


「これは『神座』と呼ばれる、世界と神を繋ぐ接点なんだ。この座を起点にして神は、この世に干渉すると伝わっている。仮説だけど、神術もここから流れ出した力が人に宿ったんじゃないかって話もある。その証拠に、この中では神術は通常の数倍に力が強化される」


「ここが?え、じゃあさっきのはもしかしてステルの神術?って貴方も神術使えるの!?」


 ―――――神術。文字通り、人知を超えた神の術と呼ばれる、計り知れない力。何も無い場所から火や水を生み出し、光を操り幻を見せ、時に人の精神に介入する者もいる。血筋などは一切関係なく一定確率で生まれ、時に崇められる事もあれば、逆に迫害の対象となる力である。

 古い文献によれば、ここ北皇大陸では、この力を持つ者は一万人に一人程度居たとされるが、現在は極めて発現例が少なく、およそ百万人に一人しか使い手が居ないとされる、極めて希少な技能である。


「も?なら、キティも神術が使えると?ああ、だから細い身体の割にやたらと力が強かったのか」


 どう見ても男の自分より力があると思えないのに、数倍の力を振るうのはおかしいと感じていたが、これで合点が行く。それに一番最初に会った時も、壁を飛び越えて登場したのを思い起こせば、もっと早く気付くべきだった。ただ、あの時はそんな事より尻の方に興味があったので仕方が無い。


「か、身体の事は言わないでよ!って、じゃなくて!その、私も神術使えるんだ。けど、うちの国って言うか、大陸の東側は神術を邪まな力だって良く思われてないから、ずっと家族以外には隠してたの」


 ひどく言い辛そうに自らの事を語るが、ステルからすればその心情は理解出来ても共感には至らない。

 元々ドナウ帝国の建国王は神術を使う農民だったと、現在でも広く知られている。その為、古くから神術使いは厚遇されてきた。それは現在でも変わらず、率先して国が囲い込む方針を変えていない。だから、ステルも神術を使えると分かった時は周りに祝福された。ただ、それがあくまで帝国内、それも大陸西部に限る事も知っている。東に行けば行くほど神術の扱いは悪くなり、東端のペルト王国となれば、発覚した場合、即刻殺されるのも珍しくない。大陸中部のメロディアでさえ、王族は隠さなければならない現状を知れば、如何に神術使いが生きにくい土地か分かるものだ。

 そんな常識の中で育った彼女からすれば、誰かに神術の事を話すのは相当に勇気がいるのは無理からぬ事。相手に大きな信頼を寄せていなければ決して話しはしなかっただろう。


「あー俺を信頼してくれたって事でいいの?一応同じ神術使えて、西の人間だからあんまり差別意識も持ってないだろうし」


「うん。ステルだったらさ、私がどんな秘密を抱えてても、きっといつも通り接してくれるって、短い間でも一緒に居て分かったから」


 恥ずかしそうに俯くキティ。そしてステルもまた、そこまで信頼してくれたと知って顔が赤くなる。まるで初めて交際を申し込んだ若い男女のような初々しさだったが、ここが地下深く日の当たらない場所なのが残念極まりない。

 このまま抱き合ってキスの一つでもするかと思うほど良い雰囲気だったが、先にやるべき事があったので残念ながらそうはならず、ステルはツルハシを神座の中心へと振り下ろす。

 何度も振り下ろして床に亀裂を入れ続ける。神座とは言うが、実際は人の手によって祀られているだけなので、強度は自然物と何ら変わりがない。その為、五度もツルハシを振り下ろせば、ある程度岩も砕ける。

 さらに背嚢からある物を取り出す。それはキティも一度だけ見た事のある筒―――王都バッハを出る時に一度使用した爆弾だった。


「え、それって爆弾よね。そんなの出してどうするのよ?」


「もちろんここで使うんだよ。この神座を跡形もなく破壊するためにね」


 さも当然と語り、導火線に火を付けて亀裂の中へと放り込んだ。呆気に取られるキティの手を引っ張って、また元来た狭い道を戻った。


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