38 偽証

 原告をリメイド、被告をHANASAKA、被告補助参加人をマルハナ斎儀社とする株主総会決議不存在確認請求訴訟が、静岡地裁に係属した。法廷闘争第2段の幕開けだった。中林弁護士の言ったとおり、争点は花崎祐介が本物かどうかになった。原告は、花崎祐介が偽者であり、補助参加人がレサシアン・コンサルタンツの渋川と共謀してでっち上げた替玉詐欺だと申し立てた。被告と補助参加人は、花崎祐介を発見したのは補助参加人の従業員である神崎であり、当人から花崎祐介であると花崎土木に名乗り出てきた事実はなく、替玉詐欺について渋川と申し合わせた事実もないと抗弁した。

 弁論準備期日に判事の師岡隼人は、HANASAKAは搬入予約契約を解除して予約金をリメイドに法定利息(3%)を付けて返還し、リメイドは搬入予約契約の担保とした株券を株式の善意取得者であるマルハナ斎儀社に受け渡すことで、名義株状態を解消した上で、改めて総会を開いて代取を決め直してはどうか(瑕疵の治癒)と和解案を斡旋した。しかし花崎祐介と麻美が国外逃亡中であり、花崎一郎は行方不明による死亡届済、原告が主張するところの本物の花崎祐介の生死も不明であり、一致点を探ろうにも根拠がなかった。双方歩み寄りの余地はなかったので、法廷での口頭弁論に移行し、人証(証人尋問)が勝敗を決することになった。

 被告HANASAKA、補助参加人マルハナ斎儀社は、無職新納鉄及び静岡県警巡査佐伯明憲を人証として提出した。

 新納鉄は被告側証人として、証言台で宣誓した後、次のような趣旨を証言した。

 「花崎祐介とは、津波から逃げて登った榛原市堀北のゴミ山で偶然出会いました。彼の方が先に登っていました。翌朝、津波警報が収まった後、彼が思井川高校に行きたいというので同行しました。高校に着くと、近くにある友人の家を見に行きたいと言っていましたが、実際には花崎一郎の自宅跡へ向かったようです。自分は高校で彼と別れたので、花崎一郎の自宅跡に何をしに行ったのかはわかりません。彼はゴミ山では名前を名乗りませんでしたし、自分も聞きませんでした。彼を花崎祐介として紹介してくれたのはリメイドの楢野莉子です」

 新納は花崎祐介が自ら替玉だと自白していたことには触れなかった。すなわち偽証だった。被告側の反対尋問で、ゴミ山で出会った男が花崎一郎の自宅跡へ向かったというのは、当時の証人の認識ではなく、そこが花崎一郎の自宅跡の近くだったと後日に知ってからの認識だと訂正された。

 佐伯明憲も同じく原告側証人として、証言台で宣誓した後、次のように証言した。

 「地震の日の午前10時55分、花崎一郎の自宅付近で、花崎祐介を職務質問しました。着衣に返り血のような血痕があり、どうしたのかと尋ねたところ、答えが曖昧で、人定を求めても答えなかったので、任意同行を求めたとたん、私を足払いで倒そうとしてから逃亡しました。追跡しましたが足を痛めてしまい、追いつけず見失ってしまいました」

 証人は、男には柔道の心得があったようだと述べ、これは花崎祐介が県立静岡高校及び国立静岡大学の柔道部に所属していたことと符合した。被告は両校の柔道部員名簿を証拠として提出した。

 証人2人とも、花崎土木の社長就任後に撮影した花崎祐介の写真を本人と認めた。2人の証言の弱点は名前を聞いていないことだったが、震災直前及び直後に花崎一郎宅の近くに所在した男が花崎土木の社長に就任した花崎と同一人物だという心象は得られた。すなわち花崎祐介(原告によれば偽者)は、少なくとも花崎一郎の関係者であるという状況証拠になった。

 さらに弁護士法(23条の2)によって携帯電話会社に照会した花崎祐介のスマホの位置情報が証拠として提出された。彼のスマホは、彼が証人佐伯から職質を受ける直前まで、花崎一郎宅の付近にあったことが立証され、そのまま津波で流失したものと推定された。これは職質を受けたのが花崎祐介本人であるという被告側主張を補強する証拠になった。花崎祐介のスマホが約1か月後に再契約されたことも立証された。ゴミ山の上の花崎祐介がスマホを持っていたという矛盾には誰も気付かなかった。

 原告リメイドは、学生時代からの花崎祐介の恋人である松尾未雪を人証として提出した。松尾は、震災前あるいは学生時代の花崎と、震災後あるは社長時代の花崎を両方とも知っており、訴訟の当事者(原告、被告、補助参加人)以外で、両者が別人であることを証言できる唯一の証人だった。松尾は証言台で宣誓した後 次のように証言した。

 「花崎土木の社長になった花崎祐介と私は、大学2年生の8月に九十九里浜(千葉県)の海の家で知り合って恋人同士になり、9月からは週に3回から4回、静岡の彼の部屋に泊って性的行為をする半同棲の関係になりました。この関係は震災の直前まで続いていました。震災後、彼は大学に来なくなり、お父さんの会社を継いで社長になったことを知ったので、私の方から会社を訪ね、その後は掛川の彼の部屋やホテルで性的行為をするようになりました。この関係は、彼が社長を退任し、行方不明になるまで続いていました。彼は花崎祐介本人に間違いありません」

 松尾の裏切りを知った原告代理人弁護士の三井友子は狼狽しながらも尋問を始めた。主尋問のつもりが反対尋問になった。

 「花崎祐介と父の花崎一郎の関係はご存知ですか。仲が良かったとか、悪かったとか」

 「大学では実家のことは話したがらなかったと思います」

 「なぜでしょうか」

 「わかりません」

 「お父さん、あるいはお父さんの会社が嫌いだったのではありませんか」

 「質問の意味がわかりません」

 「異議あり。本件と無関係な質問です」被告代理人大和茂美から異議が出た。

 「震災の後、花崎祐介は大学にも静岡のアパートにも一度も戻っていないのですね」

 「私の知る限りではそうです」

 「大学進学後、実家に寄り付かなかった花崎祐介が、いくら父親が行方不明になったからといって、大学を辞めて会社を継いだのを不自然だと思いませんか」

 「異議あり。花崎祐介は大学を辞めていません。実家に寄り付かなかったという証拠はありません。これは誘導尋問です」被告代理人から異議が出た。

 「質問を変えます。震災の前後で、花崎祐介の風貌や行動に変化はありますか」

 「あれだけの災害の後ですから、ショックを受けた様子はありました」

 三井弁護士はなんとか松尾の証言の矛盾を突こうとしたが、すでに被告側と話ができているようでムダだった。

 反対尋問に立った被告及び補助参加人代理人弁護士の住岡元彦は余裕の表情だった。「ここで乙23号証を提出します」

 住岡弁護士が提出した証拠は、松尾が震災前の花崎祐介を撮影した写真だった。原告側証人が所持していた証拠を被告側が提出するという前代未聞の展開となった。

 「これはあなたと花崎祐介が交際を始めた当時の写真ですね。撮影者はあなたですね」

 「そうです」

 「どこで撮影したものですか」

 「九十九里浜です」

 「この写真に写っている花崎祐介と、花崎土木の社長となった花崎祐介は同一人物ですか、別人ですか」

 「同一人物です」

 「なぜ、そう断言できますか。写真の風貌は最近の花崎祐介に似ているようでもあり、違っているようでもあり、はっきりしませんよね」

 「恋人の顔を見間違えるはずがありません。それにこんなところで言うべきことではないかもしれませんが、ベッドの中の彼は震災前とまったく同一人物です」

 「震災前後で花崎祐介はすっかり性格も外見も変わったので、別人のようだという人もいますが、どう思いますか」住岡弁護士は念を押すように聞いた。

 「私が一番よく彼を知っています。性格が変わったのは震災でつらい経験をしたせいだと思います」

 「以上で反対尋問を終わります」

 提出された花崎の写真は、必ずしも人定の決定的な証拠ではなかった。震災後の花崎祐介は粗野な性格で無精ひげを生やしており、几帳面な性格で清潔感のある震災前の花崎祐介とはかなり印象が異なっていた。ただし、目鼻立ち、背格好は似ており、明らかに別人とまでは言えなかった。

 楢野にとっては、想定外の松尾の裏切り行為だった。彼女は神崎が密かに持ちかけた広告代理店界王堂静岡支社の就職内定を交換条件に楢野を裏切ったのだ。人証はすべて花崎祐介は本人という証拠となり、リメイドに圧倒的に不利なまま口頭弁論は終結した。花崎祐介が偽者であり、相続を無効とするに足る証拠はなく、株主総会決議は有効に存在するという判決が下ることは確実になった。法廷闘争第2弾は、用意周到に準備した神崎春夏の勝利となった。神崎は勝ち誇ったように楢野を見たが、楢野は冷静さを失わなかった。裏切った松尾を非難することもせず、無言で法廷を立ち去った。

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