39 不法投棄発覚

 彦星市から琵琶湖に注ぐ平田川の上流に、黒いフレコンバッグ50個が捨てられているのを、春の野草を摘みに来たハイカーが発見し、市役所に通報した。

 「なんやこりゃ」駆けつけた市土木課の平岡俊介と鴇田栄太はすぐには何かわからず首をかしげた。バッグは道路から河川敷に投げ捨てられたように見えた。しっかり閉じられた袋は二重になっており、中には木くずのチップが詰まっていた。50個すべて中身は同じようだった。

 「河川敷なら国やし、道路なら市かもしれへんけど、どっちかいな」

 「ここは河川管理用通路だよ。市道には認定してないやろ」

 「産廃なら、県に通報すべきやな」

 市からの通報を受け、滋賀県琵琶湖北部環境事務所水質保全課の佐藤稔が当日中に現地を確認した。どんなに細くても一級河川なので、国の琵琶湖河川事務所管理課の内山敏夫も現地を確認しにやってきた。

 「この黒いバッグ、どっかで見たな。除染物の仮置場で使ってるやつと違うか」

 「線量計あるか」

 「広域水道ならあると思う」

 「借りてきましょうか」

 「組合に来てもらった方が早い。ここは水源やろう。たぶん取水口は下流や」

 琵琶湖広域水道企業団取水課の三本俊が駆けつけてきて、ハンディ線量計で測定したところ、1時間2・3マイクロシーベルト(その後の調査で最大1キログラムあたりセシウム134・137換算合計4000ベクレル)の放射能が検出された。

 「やばいことになったな」一同顔を見合わせた。

 「御幸崎原発事故の除染物ってことなんか」

 「間違いないな」

 現場に集まった4人は彦星警察署に通報した。県警本部生活安全部生活経済課の指示で、彦星警察署生活安全課が現場一帯を封鎖し、琵琶湖河川事務所が重機を出してフレコンバッグを1か所に集めて土嚢で囲んだ。県は除染物の不法投棄を県政記者クラブに発表した。その日の夜には全国ネットのTVニュースが流れ、翌朝の地方紙と一部の全国紙がトップで扱った。

 県警が不法投棄事件として捜査を開始し、コンビニの監視カメラ映像から、1週間後には運搬車両のナンバーが判明し、滋賀県大津市在住のトラック運転手、門倉純一が任意聴取に呼び出された。門倉は次のように証言した。

 「何か月も前のことですよ。運賃がいい夜中のバイトだからって仲間に誘われて、静岡の仮置場から積み込んだんですよ。契約は別にないし、出した会社も知りません。朝には終わると思って、受けちゃったんですよ。現場でずうっと待たされて、誰かわかんないですけど、監督してる人に金もらいました。メット被ってたし、自分は運転席だし、それに真っ暗で、顔はわかりません。運賃は福井まで7万。若山シルトに朝7時に行け、話はつけてあるって言われたんですけど、行ってみると、先に出た他のトラックは1台もいねえし、ゲートは開いてねえし、弱っちゃって、静岡に戻るもできなくて。だって、朝からは定期便の仕事ありますからね。それで、どっかに降ろすしかねえなと思って、大津に帰りがけに適当な川っぷちを見っけて、車のクレーン使って自分で下したんです。ところが1時間もかかっちまって。えらい遅刻っすよ。そうすっともうペナルティだから、大損なんですよ。隠したつもりはないです。ちょっと置かせてもらって、昼間の仕事終えたら取りに来て、静岡に返しに行こうと思ってたんだから。それがつい取りに行きそびれちゃってさ。ほんとですよ。不法投棄なんてやるわけないです。罰金(廃棄物処理法25条14号不法投棄の罰則、5年以下の懲役、1千万円以下の罰金、又はこれを併科。32条1号、法人に3億円以下の罰金の併科。ただし、初犯の量刑は最高刑の3分の1程度の300万円が多い)とか、払えるわけねえし、車(大型トラックの価格は新車1千万円以上、中古でも300万円程度はする)を売っても足んなかったら、もう自分、死ぬしかないです。除染物なんてことも知らないですよ。放射能だって知ってたら積むわけないしょ」

 事情聴取に滋賀県警まで呼び出されたHANASAKAの代表取締役神崎春夏は、不機嫌そうな癇の立った声で、次のように証言した。

 「前社長の楢野、前々社長の花崎、レサシアン・コンサルタンツの渋川が結託して搬入した除染物よ。私は一切関与していません。搬出したのは渋川じゃないですか。私はその当時は社長ではないし、知りませんけど、楢野は知っているんじゃないの。楢野は花崎の秘書で、社長のアパートに毎日通っていたくらいだから、2人はできていたと思うし、渋川とだって関係していたかもしれない。花崎はね、カエルの子はカエルっていうか、先代社長と同じで女好きでね、社長になる早々、何人も女を作っていたのよ。大学でも女と同棲していたっていうしさ。花崎を逃がしたのは楢野よ。それで自分が社長になったんだからね」

 京都に帰っていた楢野莉子を聴取するために、滋賀県警の天野誠治警部補が右京区の自宅に向かった。そこは寺と間違うような門構えの牛午本家の大邸宅だった。長い廊下をつたって、茶室に使っている瀟洒な離れに案内された天野に対して、薄紫色の結城紬が似合う楢野は、満面の笑みを浮かべながら次のように証言した。

 「その当時、うちは社長じゃなく、経理主任でしたから、現場のことはわかりません。社長秘書ではなく運転手ですから、毎日社長を迎えには行きましたが、泊ったことはありません。もちろん愛人なんかやありません。除染物の搬入は渋川が市と決めたことで、うちは知りません。市からの入金は土地使用料として一括やったので、除染物の保管分が含まれていたかどうかわかりませんが、こちらから請求はしていません。搬出は渋川が独断でやったことやと思います。重機の手配も車両の手配もHANASAKAではやっていません。経理主任ですから搬出の費用を払っていないことはわかります。除染物があると処分場が許可にならないから片すようにと渋川に促したのは、今の社長の神崎さんやと思います。神崎さんはマルハナ斎儀社の社主の秘書と言ってはりましたが、愛人ですよ。ママをやっている浜松のキャバクラで、ホステスに売春をやらせてはるのです。すぐ近くにラブホテルも経営しています。花崎社長もそこで遊ばせていたようですが、うちは経費では落とせませんよといさめていました。今度の問題は渋川と神崎が仕組んだものやと思います。花崎社長は2人に利用されたのでしょう。花崎社長の居場所は知りません。神崎が知っているでしょう。だって、行方不明のはずの花崎社長と妹の麻美さんから株を買ったのやから、当然居場所は知っているでしょう」

 渋川を背後で操っていたiBフロンティアにも、ついに任意の事情聴取が入った。ジョーカーは、憮然として関与を全否定した。

 「冗談じゃないよ。確かにレサシアン・コンサルタンツとは契約しているけど、榛原市の仮置場に除染物を運ばせたことは知らないよ。渋川が偽名というのも寝耳に水だよ。iBフロンティアが引き受けた除染物は、全量適正に処理を終えているんだ。除染物はちゃんとバッグ1つ1つにナンバーリングしてあるんだから1つの漏れもないよ。不法投棄されたバッグにはナンバリングがなかったんだろう。それは渋川が個人的に引き受けた分に違いないだろう。どこから受けたものか知らないが、iBフロンティアとは関係ないものだよ。渋川がうちの法人名を騙ってアルバイトしていたんだとしたら、こっちも被害者だよ。渋川を見つけたら厳罰にしてもらいんたいものだね。こっちから告訴はできないよ。渋川が勝手にやったことに直接的な損害がないからね。風評被害は受けるだろうけど、それは騙されたこっちがバカだったと諦めるよ。県から撤去の費用負担を求められていることについては、県の出方次第だね。県がこっちまで告発するようなら争うよ」

 ジョーカーは滋賀県警を小バカにしていたものの、すでにiBフロンティアの4人をターゲットに東京地検特捜部と東京国税局査察部が動き始めていることを察知していた。元とはいえエリート官僚逮捕となれば大手柄である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る