ビーストウォリアー

第14話 過去

「……ここは？」

　目覚めて最初に目に入ったのは、1人の大男であった。最初それが誰かわからなかったのだが、男は半獣人である俺を心配そうな面持ちで見ている。記憶を辿るうちに、初めてこの男を助けた時の事を思い出す。人間などという存在のためにその身体を犠牲にして全ての攻撃を受け止め、強さとは何かを説き、あまつさえその人間を友とさえ呼ぶ愚か者。

　その愚か者は俺の倒すべき存在だから、とどめを刺そうとする獣人を倒して助けた。俺は、期待などしていないつもりだった。人間を守る守護者を気取る奴と、最初から分かり合えるはずなどなかったのだから。実際に奴の口から出たのは、半獣人だから和解したいという上辺だけ見た言葉。その言葉を聞き、怒りと落胆を感じてしまったことを認めたくなかった。

　だが、そうだ。認めたくはないが、俺は期待していたのだ。初めて出会えた、同じ境遇の仲間。奴ならば、俺を理解してくれると思っていたのだ。なぜだ!!　なぜ、誰も俺自身を見ようとしないのだ!!　半獣人としてではない、俺という存在は確かに存在しているのだぞ!!　そして、貴様はなぜ。なぜ、あのような醜い姿を見せる人間を守る!!

「タイガー!!　気がついたか!!」

　とある病院の個室、ゴウキはベッドに横たわるタイガーアベンジャーに声をかける。変身が解けた状態のタイガーアベンジャーは、何かを探すように辺りに視線を向けた。

「あの人間のガキは、無事か？」

「光なら家族の母さんに心配かけさせないように、先に帰らせた。お前がこんな状態だからな。お前の目が覚めたのを確認したら、しばらくは俺が光の護衛を務めることを伝えようと思ってな。……今回光が無事だったのは、全てお前のおかげだ。ありがとう、本当に」

「……」

「光が、心配だったのか？」

　タイガーアベンジャーはその言葉に眉間に皺を寄せ、大声で否定する。

「勘違いするな!!　俺は人間のために自分を犠牲にしたのではない!!　全ては俺の目的のためであり、貴様との約束があってこそだ!!!」

「……悪かった。だが、俺が本当に謝らなきゃならねぇのは、お前を見ていなかったことについてだ。タイガー、俺がお前と和解したいのは確かに半獣人同士だからってのもある。だが、俺はお前の命を懸けてでも約束を守ろうとするその姿勢も好きなんだ。お前が約束にこだわる理由はわからねぇし、獣人共と人間を滅ぼそうとしていたとしても、お前のその姿勢が光を救ってくれたんだ。俺は約束を守り続ける信頼できるお前と、本当の仲間になりてぇんだ!!」

「…………礼は、言わせてもらうぞ」

「えっ？」

「久方ぶりだったのだ。俺自身を見てもらえたのは。嬉しいと感じている事を否定はしない。……だが、俺は人間を守るために貴様と共に戦う気など無い。何があっても、人間共を受け入れる気など無いのだ!!」

「タイガー、なぜなんだ？　前にも言ったが、人間の世界で育ったお前なら人間達の強さだってわかっているはずだ。俺達半獣人を迫害する奴らは、確かにいる。だが、今までの半獣人としての生でお前を受け入れてくれた人間は1人もいなかったのか？」

　その言葉に対して、タイガーアベンジャーは顔をゴウキとは反対に向け歯ぎしりをする。

「いたさ!!　半獣人への変身能力が目覚める前にも、俺は自身の異能をわずかながら発揮してしまうことがあった。そんな俺を人間共は気味悪く思ったのだろうな!!　その上、半獣人は人間より2倍程老化が遅いようだからな。多くの人間共が俺を迫害する中で、俺を受け入れて友とさえ呼ぶ者が確かにな!!」

「だったら!!」

「その頃は確かに、俺も人間に対して希望を持っていた!!　だが、その人間は俺に対する恐怖心に駆られた人間共の仲間となり俺を裏切った!!!　あまつさえ、その人間共は俺の母親すら手にかけたのだ!!　そんな醜い連中と、分かり合えというのか!!!!」

「!!!」

……

「ううっ、くっ、俺が、何したっていうんだよ」

　数十年前。村一番の大樹、地面から高さのある太い枝の上で10才位に見える少年が泣きじゃくっている。木漏れ日に照らされた少年の半袖Ｔシャツとハーフパンツからのぞく細い腕と脚には、無数の傷痕が残っていた。その大樹の下に、長い黒髪を持つ若干やつれた印象の女性が駆けてくる。

「マモルーー、そこから降りてきなさい!!　あなたは何も悪くないんだから、もっと堂々としてていいの!!　悪いのは、あなたをいじめる子達なんだから」

「なんだよ、母さんに俺の気持ちがわかるもんか!!　俺の周りでちょっと変な事が起こるからって、よってたかって俺をいじめる奴らなんて皆いなくなっちゃえばいいんだよ!!　俺がこんな目に遭うのも、全部父さんのせいだ!!」

「あなたのお父さんは立派な人だったのよ!!　私達が今ここにいられるのだって、お父さんと仲間だったライオン獣人さんが獣人達と戦ってくれたおかげなんだから」

「でも父さんが虎獣人でさえなければ、俺はいじめられることもなかった!!」

「……自分やお父さんのことを否定するのは止めてちょうだい。お父さんがいなければ、あなたは今ここにはいなかった。それに、この世に生まれてずっと1人っきりなんてことはないんだから。あなたを友達と呼んでくれる子もいるし、何より私はあなたがいなくなったら寂しいし、悲しいんだから」

「……」

　マモル、後のタイガーアベンジャーは、母の言葉に自身がいた太い枝から飛び降りる。そのまま彼は、バランスを崩すこともなく地面に着地した。そして、母親に向かい合うと顔を反らして抑え込んでいた本音をぶつける。

「あんな高さから飛び降りても怪我もしないし、年を取るのも遅い。それに、俺の触り続けた物はどんどん凍り付いていく。俺のせいで、母さんまで村の人達にいじめられてる。本当は、母さんが1番俺のことを迷惑に思ってるんじゃないの？」

　次の瞬間、マモルの頬に衝撃が走る。彼は左手で頬を押さえ、母親の顔を見た。母は、泣いていた。

「確かに、あなたが半獣人でなければと思ったことが一度も無かったわけじゃない。でも、それでも、信じてほしいの。あなたを必要に思っている人が、確かにいるってことを。お父さんが獣人達との戦いで死んでしまってから、養護施設で育った私にはあなたしか家族はいないの」

　そう言うと、マモルの母親は彼を抱きしめる。

「ごめんね。人間の私には、いつまでもあなたを守ってあげることができない。本当は、あなたを傷つける人達からずっとあなたを守ってあげたい。でも、私にできるのは、あなたがいつか自分の居場所を見つけられるように少しでも強くしてあげることだけなの」

「……ごめん、母さん」

「……あなたに信じてもらえないなんて、私も母親としてまだまだってことね!　でも、今だけでもあなたに信じてもらえたのなら良しとするか!!」

　マモルの母親は彼を放すと、笑顔を見せながら指で涙を拭う。そんな母親に、マモルは呆れながらも笑みを浮かべていた。

「なんだよ、それ」

「さぁ、今日はあなたの20歳の誕生日!!　誕生パーティーにお友達も来るんだから、早く家に帰らないと!」

「……わかったよ」

　マモルとその母は、村の外れにある小さな一階建てのボロ屋に住んでいた。マモルの父親である虎獣人が第一次ビーストウォリアーズ侵攻の際に獣人達と戦い戦死してしまって以降、2人は獣人達への恐怖を刻み込まれた村の住民達から差別と迫害を受けながら暮らしていた。

　自宅への道中、自分達を避けて通る村の人間達に対してマモルは嫌悪感を抱く。獣人達に日本中が襲われていた時は、ビーストウォリアーズを裏切り人間側についた父親に頼りきりだった人間達。その人間達がビーストウォリアーズが撤退して父親が戦いの中で戦死した途端、家族である自分達を恐怖から迫害する虫の良さ。

　実際父親が生きていた頃は、人間達は自分達家族を傷つけることはしなかったらしい。だがそれは、父親である虎獣人に対する恐怖と自分達を守ってもらえなくなるという自己都合によるものだと思うと、人間達の虫の良さに嫌悪感を感じずにはいられなかった。

「マモルー、待ってたぞー!」

「黒也(くろや)、もう来てたのか」

　自宅の前には、10才くらいに見える1人の少年がマモル少年の帰りを待っていた。半獣人であるがために普通に小学校へ通うこともできなかったマモルが、先程いた大樹の枝に登り1人泣いていた時に、村に引っ越してきたばかりで大樹を見物しに来た黒也少年と出会ったのが2人の出会いであった。

「まーた、あの木で泣いてたのかよ。そんな弱気でいることも無いって、俺は思うけどな!!　だって、お前喧嘩すれば強いじゃんか」

「お前みたいに普通に話してくれる奴の方が、珍しいんだよ」

「村の人達が皆怖がってるから、そいつがどんな奴か最初はちょっと怖かったけどな。でも、実際に会ってみたら普通の子供だったし、しかもこんな泣き虫だったから皆がおかしいと俺は思ったんだよ」

「お前は怖くないのかよ。俺は半獣人だ。変な噂だって、時々聞くだろ？」

「怖かったらそもそもここにいないだろ!!　話してみたら泣き虫の普通の奴だったし、俺も村に来て最初に話したのがお前だったから友達になりたかった。それだけのことだよ」

　そんな黒也少年の言葉に、マモルは何とも言えない心地よさを感じる。

「そうだよな。ただ、それだけのことだよな!」

「俺は人間で、マモルは半獣人だからな。そのうち、見た目にも差が出てくるかもしれないけど、友達なのは変わらないって約束するからさ。そんなに泣くなよ。」

　冗談混じりに言っているのは、俺にもわかったさ。それでもこの時、俺は嬉しかったんだ。

「黒也、お前は強いんだな……」

「何がだよ？」

「俺が人間なら、俺みたいな半獣人と普通に話せるかわからないからさ……」

「そうか？」

　そうだ、黒也みたいに話してみれば普通に接してくれる奴だっている。俺の居場所は人間の中に作れるんだ!!

　マモル、マモルの母、黒也少年が家の中に入ろうとしたその時、投石で窓ガラスが割られる。石が飛んで来た方向を3人が見ると、それぞれ各々の武器を手にした村の住民達がマモル達の家に大挙して迫ってきていた。

「み、皆さん、何ですか一体」

　マモルの母が聞くと、村人はそれぞれの言い分を口にし始める。

「そこにいる子供は、獣人と人間の間に生まれた半獣人だそうだな!!　そんな子供がいては、いつ獣人の仲間を呼ばれて村が襲われるかもわからん。もう、獣人に家族を奪われるのはたくさんだ!!!」

「今だって、その子供が触り続けた物が凍りついたり、子供にはありえない身体力を発揮しているそうじゃないか!!　この子供が成長して大人になれば、獣人達同様に人を襲うようになるかもしれないだろ!!　その前に我々が、その半獣人を殺すべきだ!!!」

「そこにいる黒也君だって、実際には獣人達がしていたように食料にするつもりだったんじゃないのか？」

　各々の武器を振りかざしながら、村人達は獣人への怒りと疑念を口にする。そんな村人達に対してマモルの母は、マモルと黒也少年の2人と村人達の間に立ち塞がった。

「この子は確かに半獣人ですが、人間と同じ心を持っています!!　私達の家族である虎獣人のあの人だって、実際に話してみれば人間と同じように泣いたり笑ったりする人間と同じ心を持っていた!!　人間だとか半獣人だとか、同じ心を持っていれば関係ないはずです!!　この子は、人を傷つけたりしません!!!」

「そうだよ!　マモルと俺は普通に遊ぼうとしてただけだし。第一、皆マモルがどんな奴なのか知ってるのか？　話してみれば、泣き虫の普通の奴なのに」

　黒也少年の言葉に反応して、村人達の中から2人の男女が進み出る。男女は黒也少年の両親であった。

「黒也!!　こっちに来なさい!　そんな人達に関わってたら、私達まで獣人の仲間と思われるかもしれないだろ!!」

「そうよ!!　第一、半獣人が近くにいればあなたもその子と一緒に迫害されて傷つけられるかもしれないのよ!!」

「……でも、マモルは」

「いい加減にしなさい、黒也!!　お前がその人達に関わっているせいで、父さんと母さんがどれだけ大変な目に遭っているかわかっているのか!!」

「黒也君、君は知らないかもしれないけど獣人達はほんの数年前まで人間達にとって恐怖の対象でしかなかったんだ。君がその半獣人に味方するのなら、君達家族はこの村から出て行ってもらわねばならない。だが、君は人間だ。できることなら、そんなことはしたくない」

　村長の言葉と同時に村人達が一様に、黒也少年に視線を向けた。わずかな沈黙の時が流れ、黒也少年は村人達の方へ歩き出す。

「黒也!!」

　マモルの声に黒也少年は振り向く。

「マモル、約束守れなくてごめん!!!　ごめん!!」

　その言葉を最後に、黒也少年はマモルの母の隣をそのまま通り過ぎ村人達の方へ、家族の方へ向かっていく。その走り去る姿を、マモルは呆然とただ見ていた。

(……ハッ、ハハッ、結局、こうなるんだな。母さん以外に、少しは信じられる人間がいる。そう、少しは思えたんだけどな。……もう、いいか。何もかも。ここで人間達に殺されれば、もう、誰かに嫌われることもないから)

　マモルはゆっくり歩を進めると、母の隣に並び立つ。

「……悪いのは、俺だろ。おとなしくするから、母さんを傷つけるのはもう止めろよ」

「マモル、あなた何を!!!」

　マモルをかばおうとしたマモルの母を、彼は自分の後ろに押し退けた。進み出たマモルに対して、群衆の中から1人の警察官が現れる。そして、拳銃を取り出すとマモルに銃口を向けた。

「獣人達に対しても拳銃などの殺傷力を持つ武器は有効だった。例え子供でも、人間を傷つける可能性のある存在には消えてもらわねばならん。……すまない」

「止めてぇぇーー!!!」

　甲高い銃声が一度響いた後、マモルは、無事であった。彼の眼前には、身をていして息子をかばった母が立っていた。

「おい、嘘……だろ。母さん…………母さぁぁーん!!!!」

　突如マモルの身体から青い冷気が立ち上り、彼の身体を青い光が包み込む。一瞬の青く強い光が止んだ後、その場にいたのは虎の獣頭をもつ異形の少年であった。

「ば、化け物だぁああーーー!!!!」

「やっぱり、こいつは獣人の子。悪魔の子だったんだぁぁーー!!」

「逃げろぉぉ、こいつも獣人達と同じように人間を食うかもしれないぞ!!!」

　人間達がパニックとなり逃げ惑う中、マモルは自身に倒れ込んできた母をうつ伏せに寝かせる。その手には、傷口から流れた母の赤い血が大量についていた。母はマモルの涙に濡れた獣頭を見ると、優しげな笑みを浮かべる。

「かっこ……いい……顔……なのに……泣き虫……なんだか……ら」

「死なないで!!　お願い、だから!!!」

「あなたは……何も……悪くない。だから……いつか」

「いつか？」

「いつか……自分の……居場所……を……見つけ……なさい!!」

　母の手から、力が抜けた。虎の獣頭をもつ少年は泣いた。涙が枯れ果ててしまうまで泣き続けていた彼は、自身の中にあった悲しみや諦めの感情が変化していくのを感じる。歯ぎしりをして、自身の感情とは正反対の青い冷気を立ち上らせながら、既にほとんど見えなくなっている村人達が去っていた方向を睨む。

(何が、何が悪魔の子だよ!!　これが人間の本性なら、俺にとってお前達は『化け物』だ!　この)

「人殺しの化け物!!　化け物共がぁぁーー!!!!」

　虎の獣頭をもつ少年は、憎悪に満ちた瞳で村人達が去っていた方向を睨むと人間には考えられない速さでその方向へ走り去っていった。

……

「そんなことが……あったのか」

「これでも貴様は、俺と和解したいと望むのか？」

　タイガーアベンジャーは無表情で天井を見つめながら、自身の同胞に問う。タイガーアベンジャーの話の途中から、ゴウキは彼から目を逸らしていた。だが、しばらくの沈黙の後ゴウキはタイガーアベンジャーの顔を真っ直ぐ見つめ口を開く。

「タイガー、お前が人間を守るのは確かに無理かもしれねぇ。俺だって、唯一無二の存在を、光を人間達に殺されたら人間を守るのは無理だろうからな。だが、俺を倒し力で獣人共を屈服させて作り出した居場所は、真にお前を必要としてくれるのか？　その居場所は、本当の居場所と言えるのか？」

「貴様に何がわかる!!!　偽りの居場所であっても、居場所さえあれば誰も俺という生を否定はしない。その居場所の中では、俺という生は否定されないのだ。憎悪の対象である人間共の中に居場所が無ければ、獣人達の中に居場所を求めるのは当然の結果だろう？」

「……いや、居場所なら、まだあるぜ」

「フン、そんなものがどこに……」

「俺は、今まで光に沢山貰ってばかりだった。だから、今度は、俺がお前の居場所になりてぇんだ!!」

「……俺に同情でもしているのか？　ならば、そんな物はいらん!!」

「同情なんかじゃねぇ!!　俺は、あいつに居場所を貰った時すごく嬉しかった。自分がしてもらって嬉しかったことを、今度は誰かにしてやりたい。それが、同じ半獣人同士なら尚更だ。人間を守りたくねぇなら守らなくたっていい。これは俺のエゴだ。俺が、お前の居場所になる!!」

「……」

　ゴウキはわずかの間の後、部屋の扉に向かい取っ手に手をかける。そこで一度振り向く。

「だが、結局はお前がどうしたいかだよな。俺は光という居場所を、人間を守る戦いを止めるつもりはねぇ。お前が人間を傷つけることを止める気がねぇなら、俺達が和解するのはもう無理かもしれねぇな。それでも、俺がお前と和解したいことに変わりはねぇからよ」

　その言葉を最後に、ゴウキは部屋を出る。1人残されたタイガーアベンジャーは、ゴウキの言葉に思う。

(……俺だって貴様と和解したくないわけではない、したくないわけではないさ。だが、消えないのだ。人間に対する憎悪の炎、これだけは絶対に消えてなくなりはしない!!!)