第13話 歩寄

(タイガーアベンジャーのことを1人の存在としてしっかり見ること。俺は、タイガーのことを見ていないってのか?)


 陽が落ち始めた人気の無いとある海辺、そこでブレイブレオ=ゴウキは腕組みをして目を閉じ1人考えていた。


(俺は光に、半獣人の化け物としてではない1人の存在としての俺自身を見てもらえたことが嬉しかった。誰にも見向きもされなかった俺自身を、あいつは強い存在だと、友だと言ってくれた。だから、俺は光と同じことをあいつにしてやりたかったんだ)


 自身の本心と先の戦闘で自身がタイガーアベンジャーに言った内容を思い出し、ゴウキは違和感を感じる。


「……俺は、目的と手段を間違えているのか?」


(俺はあいつに言ったな。俺達はこの世にたった2人かもしれない半獣人、だから和解したいと。俺はあいつと、光が俺にしてくれたように半獣人であることではなくあいつ自身を見て和解したいと思っていた。……俺は、こころのどこかで舞い上がっていたのか? 初めて、自分と同じ境遇の仲間に出会えたことに。俺は、あいつと半獣人の仲間だから和解したいと思っていた部分も確かにあった!! 半獣人であることではなく、あいつ自身を見て和解したいと思っていたはずなのに!!)


 そう気づいた瞬間、自身の愚かさに激しい怒りを湧きあがらせたゴウキは目を開くと怒りのままに砂浜に拳を打ちつけた。


「やはり馬鹿だな、俺は。本心ではあいつ自身を見て和解したいと思っていながら、実際にあいつに言ったのは半獣人同士だから和解したいという上辺だけ見た言葉とはな」


 自身の愚かさに自嘲の笑みをうかべるゴウキ。だが、自身の間違いに気づいた一方でタイガーアベンジャーが自身の友である光の守護者としての役割を果たすという約束を絶えず守り続けていることに対しては好感を抱いている事実にも気づく。


(あの謎の獣人の狙いが何なのかは知らねぇが、確かに俺はタイガーのことを1人の存在としては見ていなかったということか……。次に奴に会うのがいつになるかはわからねぇし、これが和解につながるのかもわからねぇ。だが、奴が言った通り俺は半獣人を迫害する人間と同じように上辺しか見ていなかった。だがら、俺は奴に謝らなきゃならねぇ)


 心の整理をつけたゴウキは、傷つけてしまった自身の同胞に対する謝罪の念を抱きながら空間転移の鍵を取り出し海辺を去ろうとする。だがそこへ、一瞬の光と同時に直立したクモのような獣人が現れる。


「シャシャ、それが半端者の普段の姿ってわけかい? ゴウキさんよ?」

「……あのコウモリ野郎に俺の情報を知らされたってとこか? 獣人」

「その通りさ半端者!! 空間転移の鍵は移動先となる相手の名前だけでは効果を発揮しないが、コウモリ獣人の精神感応能力で直接奴の手を通して俺様の脳内に貴様の普段の姿や名前などの情報を送ってもらったからな」

「そうか……」


 落ち着き払って返答するゴウキに対し、クモ獣人は内心わずかな苛立ちを感じる。


「ほー、焦らないのかい? 俺様は今貴様の人間としての姿と名前まで知ってるってのに」

「コウモリ野郎に心を読まれて、とっくに素性は知られてんだ。常に戦場にいる心構えでいるのは当然だろ。友を危険に巻き込まないために、今の状況に身を置くことも覚悟の上なんでな」

「シャッ、友の為なら自分を危険にさらすのも覚悟の上……か。泣かせるねぇ。なら、その大事な友のガキと仲間の半端者が捕まったとなったら、少しは焦るかい?」

「何? どういうことだ!!」

「今、あの人間のガキんちょと水属性の半端者は俺の仲間ドクガ獣人の毒鱗粉で満たされたクモの糸の結界に2人まとめて閉じ込めてあるのさ!! 今でこそ、あの水属性の半端者が能力を使いガキんちょを守っているが、それも時間の問題だろうよ!!」


 ゴウキは両方の握り拳を胸の前でぶつけ、半獣人体に変身すると両手を頭上に向け巨大な炎弾を作り出す。


「2人を今すぐ、解放しろ!!!」

「問答無用か、単純馬鹿が!! もう少し頭を使ったらどうなんだい? 奴らの命は俺様達の手の平にあるんだぜ!」

「何が言いたい?」

「奴らを閉じ込めている結界を解き、毒鱗粉を取り除いてほしければ貴様の命を我らに差し出せということさ!!」

「!!!」

「さぁ、どうする? 今でこそあの水属性の半端者が頑張っているが、あの半端者が力尽きれば2人共あの世行きだぜ!! わかったら、とっととその炎を消しな!!」

「……」


 ブレイブレオは歯ぎしりをするも、やむなく頭上に作り出した炎弾を消失させる。


「2人の無事を、確認させろ」

「残念だがそういうわけにはいかねぇぜ、半端者!! 我らが何のために、こんな回りくどい方法をとって貴様を脅迫していると思っている」

「てめぇらの能力が俺の炎やタイガーアベンジャーの氷の前には無力だから、だろ? てめぇの吐き出すクモの糸も、仲間だっていうそのドクガ野郎の毒鱗粉も炎で焼き尽くすか、凍らせて砕くなり水で防御するなりすれば意味をなさねぇからな」

「ただの突撃馬鹿かと思ったら、少しは頭も使えるってわけかい。そうさ、貴様らのような半端者が相手でも、力の相性が悪ければ戦いには勝てない。だから、奴らを人質にしたってわけさ!」

「俺を馬鹿馬鹿言ってやがるてめぇらこそ馬鹿じゃねぇのか? 半獣人は多少の毒になら耐えることができるし、今はタイガーが光を水の能力で守ってくれてる。今すぐ空間転移の鍵を使い、2人を助けに向かえばいいだけの話だ!!」


 ブレイブレオは空間転移の鍵を掲げ、光と過ごした大切な街を念じる。


「おっと、待ちな半端者!! 俺は今ドクガ獣人と連絡がとれるように改造された、空間転移の鍵を持っている。言ってなかったが、ドクガ獣人は自身の能力である毒鱗粉を加減して放出してるんだぜ。奴が本気を出せば、毒鱗粉をもろに浴び続けているあの半端者は即座に力尽き、水のバリヤーも解除されてあの人間のガキんちょも死ぬ!!」

「!!!」

「さぁ、どうする? 人間の味方、ゴウキさんよ? 貴様が我らに反抗するようなら、今すぐドクガ獣人に奴らを殺すように伝えてもいいんだぜ!!」


 ブレイブレオは正々堂々戦おうとしない敵の卑劣さ、狡猾さに対する怒りと悔しさから拳をすさまじい力で握りしめる。


(……俺が戦うのは、確かに人間のためだ。だが、自分を受け入れてくれた1番大切な友を犠牲にしてまで俺は人間を守りたいと思っているのか?」


 ブレイブレオは光以外の人間、自身の人間としての姿を知らないヒーローとしての自分しか見ていない人間達のことを考える。


(……いたじゃねぇか!! 少なくても、助けを待つだけでなく自分から逃げなかった人間が!! 確かにいたんだ! 戦う力も持たないのに、恐怖に立ち向かった人間達が!! それに、たとえヒーローとしての俺だけだったとしても、人間の中には俺を受け入れ必要としてくれた奴らもいた。俺が好きなのは、やはり光だけじゃねぇ。守れるものなら、光以外の人間も全て守ってやりてぇと俺は思ってる!! ……だが、俺にとって1番大切なのは、やはり光なんだ)


 守るべき人間達に詫びる気持ちを感じながらも、ブレイブレオにとって誰が1番大切なのか最も守りたいのが誰なのか、それが変わることは無かった。


(俺なんかの命を差し出すだけで、光が救われる。仲間であるタイガーも。すまねぇ、みんな。もう、みんなを守ってやることができねぇ……」


「シャーシャッシャ、決心はついたかい半端者?」

「……ああ、俺の命は、てめぇらにくれてやる。だから、光とタイガーを……」

「その必要はない!!!」


 突如響いた声のした方へ身体を向け、身構えるブレイブレオ。だが、それは仲間であるというドクガ獣人ではなく、あの黄金のライオンの仮面にフード付きマントを身に着けた謎の獣人であった。その右腕に瀕死のタイガーアベンジャーを抱え、左には無傷の状態の光も一緒だった。


「光!!! タイガー!!!」

「なっ、なぜ貴様らがここに!! ドクガ獣人はどうした!!!」


 謎の獣人はタイガーアベンジャーを砂浜に仰向けの状態で下ろすと、仮面で素顔を隠していることが無意味に思えるほどの怒気を含んだ声でクモ獣人の言葉に答える。


「あのドクガなら私の青き炎の力で焼き尽くした。私の望みはこの水使いとそこの炎使いが手を取り合い、ビーストウォリアーズに立ち向かうこと。あのクモの糸の結界を炎で焼き尽くし、自身には炎の膜を張り毒鱗粉から守れば貴様らの計略が崩れ去るのは当然のこと」


 だが、謎の獣人のことなど、ブレイブレオにとってはどうでもよかった。自らのせいで危険にさらしてしまった唯一無二の友と和解を願う仲間の無事を確認するため、ブレイブレオは2人の元へ駆け寄る。


「光、無事か? 怪我はないか?」

「俺は……大丈夫だけど」


 ブレイブレオは力が抜けたように膝を落とすと、光の肩をつかんだ。その目には、嬉し涙さえ浮かんでいた。


「良かった!! 無事で、本当に良かった!!!」

「ライオンのおじさん!! 今は、俺より虎のおじさんを心配してあげて!! 俺がクモの糸の結界に閉じ込められてる間、ずっと毒に耐え続けながら俺を守ってくれてたんだ! そのせいで、虎のおじさんは今にも死にそうなんだよ!!!」


 砂浜に力なく倒れているタイガーアベンジャーに視線を移すと、彼は白目をむき荒い呼吸を繰り返しながら苦しんでいた。


「タイガー!! なぜ、どうしてこんな状態になるまで光を。確かに光を守らなければ、俺は万全の状態ではなくなり不都合な部分もあったはずだ。だが、そのために自分が死んじまったら目的も何もねぇだろ!!」

「虎のおじさん、言ってたよ。ライオンのおじさんと約束したって。何があっても一度約束したことは守らなきゃならないって。虎のおじさんにとって、約束を守ることはすごく大事なことなんだって思ったよ」


(……逃げようと思えば、光を見捨てようと思えばいくらでもできたはずだ。なのに、こんな状態になるまで。……死んでほしくねぇ。半獣人だから、同胞だからじゃねぇ。たとえ今は敵でも、俺は信頼できる存在であるこいつと本当の仲間になりてぇ!!)


ゴボッ!! ゲホッ、ゴホッ!!


 吐血するタイガーアベンジャー。


「この水使いを助けたいか? 炎使い」

「当たり前だろ!!! だが、俺には回復能力や解毒能力の力はねぇ。畜生、畜生畜生!!! 目の前に命懸けで約束を果たしてくれた助けてぇ奴がいるのに、俺には何もできねぇのか?」


 一方、仲間であるドクガ獣人を殺されたクモ獣人は偶数個あるその目から涙を流していた。


「……よくも、よくもドクガ獣人を!!! 俺達は、ただ一緒にいた仲間じゃない!! 貴様らの討伐に何の役にも立たない能力しか持たない我らは、組織の中で役立たず扱いされていたんだ! それゆえに、俺とドクガ獣人はお互いに支えあい、能力の使い道を模索し続けてきたんだ。そして、今回与えられたのが最初で最後のチャンスだった。……貴様のせいだ!! 俺達がこんな扱いを受け続けたのも、ドクガ獣人が殺されたのも全て貴様のせいだ!!!」


 ブレイブレオに対する怒りをむき出しにするクモ獣人。


「炎使い、私はこの水使いを蝕んでいる毒を自身の能力で除去することができる。毒を能力で除去している間、私はこの水使いと少年を守ることができない。だから、その間お前がクモ獣人の相手をしろ」

「タイガーの命を、てめぇに委ねろってのか?」

「信じられないのは、当然だ。だが、今は他に道は残っていない!! 私を、信じてくれ!!」

「……てめぇの目的は俺とタイガーが共にビーストウォリアーズに立ち向かう事。今だけは、信じてやる。だが、それはてめぇの為じゃねぇ!! 命懸けで友を救ってくれた仲間の為だ!!」

「それで十分だ! ヒーリング・フレイム!!」


 タイガーアベンジャーの身体が青き炎で包まれる。だが、その炎は彼の身体を焼くことはなく、体内の毒だけを清めていく。謎の獣人がタイガーアベンジャーの体内の毒を除去し始めたことを見届け、ブレイブレオは彼らから離れクモ獣人に向かい合う。


「殺してやる!! たとえ、刺し違えたとしても!! ドクガ獣人の仇、討たせてもらう!!!」

「てめぇの大切な相棒を殺しちまったことは、謝る。てめぇのように、獣人同士で強い仲間意識を持っている奴に会ったのは初めてだ」

「半端者ごときに同情なんてされたかねぇんだよ!! そうさ、獣人の中にも強い仲間意識を持っている者はいる! 貴様にとってあの人間のガキが大切な友であるように、俺にとってはドクガ獣人は最高の相棒だったんだ!! 貴様のやっていることは、人間から見た正義でしかない。結局は誰かの大切な存在を殺しているだけだ!!!」


 その言葉に一瞬自らの信念を揺らがされ、ひるんだ隙をつきクモ獣人は光を狙いクモの糸を吐き出した。だが、光に危険が迫ったことで迷いは消え光の眼前に一瞬で立ちはだかるブレイブレオ。クモの糸が全身に絡みついてしまう。


「確かに、俺のやっていることは人間から見ただけの正義なのかもしれねぇ。俺は自分が強き者と認め、俺という存在を受け入れてくれた人間が好きで戦っているにすぎないからな。てめぇの言う通り、俺は結局誰かの大切な存在の命を奪っているだけなのかもしれねぇ」


 ブレイブレオは全身から紅蓮の炎を発すると、全身に絡みついたクモの糸を焼き尽くす。


「だがな、俺が迷っちまったら、その間にも誰かが死んでいく!! 光も、タイガーも、今俺が迷ったら死んじまうんだ!! 今迷いを断ち切らなけりゃ、他の人間達も傷つくかもしれねぇ!! だから、俺はてめぇら獣人共の命を奪う事を覚悟する!!! てめぇらの絆を断ち切ることで恨まれても、憎まれても、自分が罪悪感を感じたとしても、その気持ちは全て背負って生きてやる!!!」

「貴様の覚悟など知ったことじゃねぇんだよ!! 死ね!! スパイダースレッド・ハープーン!!!」


 口から吐き出された大量のクモの糸は、無数の鞭を形作ると先端が鋭利な銛のような形状に変化する。それらは、四方八方からブレイブレオを襲う無数の刃となる。


「すまねぇ、ブレイブトルネード!!!」


 無数のクモの糸の銛を焼き尽くし、灼熱の竜巻はクモ獣人の恨みの気持ちもろとも彼の身体を飲み込み焼き尽くす。クモ獣人が光の粒となり消滅した後、陽が沈み薄暗くなっている海辺を自身の炎のわずかな残り火が照らしている。その前でブレイブレオはわずかな罪悪感を感じていた。


(……人間を守るという誓い、それは絶対変わらねぇし変えねぇ。だが、これからも俺は獣人達と戦っていく。その中で、また誰かの大切な存在の命を奪うことになる。俺の心は、その罪悪感に耐えられるだろうか)


 弱気を感じている彼の傍に、暗い表情をしている光が駆け寄る。


「……ライオンのおじさん、大丈夫?」

「……大丈夫に決まってんだろ、光!! 俺はこの程度じゃへこたれねぇし、強いんだ」

「でも、おじさん、すごく悲しそうだよ。それにあの獣人、おじさんを結局誰かの大切な存在を殺してるだけだって」

「それは覚悟の上だ! 綺麗事だけで済むならそれが1番いいだろうが、結局相手の命を奪う上で汚れる存在がいないってのは無理な話だ」

「……俺、情けないよ。おじさんに何もしてあげられなくて」


 ブレイブレオは自身の弱気が友を苦しめているという事実に再度気づく。


「光、俺はお前がいてくれる限り、この程度の重荷には負けねぇ!! だが、もし耐えられなくなったらその時は弱音を吐かせてくれ。それでおあいこだ」

「……うん!」


 ブレイブレオの炎の残り火と一緒に海辺を照らしていたタイガーアベンジャーを包む青き炎が消失する。


「この水使いの解毒は終わった。後は、こやつの生命力に賭けるだけだ。炎使い、早くこやつを安全な場所へ!」

「ああ。だが、1つ教えろ。お前はなぜ、光とタイガーが空間転移の鍵であの街へ移動したことを、移動先を知っていたんだ? 空間転移の鍵は移動先となる人間の名前だけでは効果を発揮しねぇ。もっと詳細な情報が無ければ意味がねぇはずなのに」

「それもいつか教えよう。だが、今は言えん」

「……信用したわけじゃねぇが、感謝はするぜ。……。そうだ、名前だけは教えてくれ! これから先また会う機会があるなら、呼び名くらい必要だろ!」

「好きに呼ぶがいい」

「なら、ライオンの仮面を着けてるから『ライオン仮面』って呼ばせてもらうぜ」

「ライオンのおじさん、ネーミングまんますぎるよ」

「そっ、そうか? なら、お前なら何て呼ぶんだ?」

「うーん、金色の仮面を着けてるから『ゴールデンマスク』とか?」

「俺とそんな変わらねぇじゃねぇか!」

「おじさんよりはマシだよ!!」

「ハハッ、好きに呼べといったろ! ライオン仮面、今後はそう呼べ!!」


 ブレイブレオと光のやりとりを微笑ましく思ったのか、『ライオン仮面』はわずかな笑いを見せると空間転移の鍵を使い光に包まれ立ち去っていった。

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