第15話 思惑

「もう、耐えられない!! あのライオンの半獣人、何度光を危険な目に遭わせれば気が済むの!!! 光、あなたもあのライオンの半獣人にはなるべく関わらないで!!」

「母さん、ライオンのおじさんに関わってるのは俺の意志だよ!! それに、悪いのはライオンのおじさんじゃなくて獣人達じゃないか。おじさんは悪くないよ!!」


 自宅アパートのリビング、そこにあるテーブルに向かいあう形で光の母親は息子の目を見つめ、言い聞かせていた。だが、光も迷いのない目で母親の目を見返す。母親の気持ちを理解していても、自身が間違っているという後ろめたい思いはなかったのだから。


「俺が獣人達に何度襲われても、ライオンのおじさんと虎のおじさんは絶対助けてくれたじゃないか!! 言葉には出さないけど、ライオンのおじさんは戦いばかり続いて絶対無理してる。ライオンのおじさんだって怪我をすれば痛いし、戦いが続けば疲れるんだよ!! 守ってもらってばっかりの俺を、ライオンのおじさんは支えだって言ってくれた。俺はおじさんを少しでも助けたいし、友達であり続けたいんだよ!!」


 光は悲しかった。ヒーローを疎ましく思う母親の目には、自身同様迷いが全く無かったのだから。


「母さんは、怖いの……。あなたが獣人に襲われたってきくたびに、怖くてたまらないの。お父さんがいなくなってから、私の支えはあなただけなんだから……」

「……」


 そんな母と子のやりとりをよそに、テレビの緊急ニュース速報ではブレイブレオが2人の住むアパートからほど近い街で獣人達と戦っているという情報が流れていた。


「光、母さんはあのライオンの半獣人に言いたいことがあるの。あなたは、早く安全な場所に避難しなさい!」

「言いたいことって、ライオンのおじさんが戦ってる場所に行くつもりなの? 危ないよ!! ライオンのおじさんに伝えたいことがあるなら俺が伝えておくから、一緒に逃げよう!!」

「言ったでしょ、もう、限界なの。あのライオンの半獣人があなたに関わるのを止める気が無いなら、私が直接会って話すしかないじゃない!!」

「言ったじゃないか、ライオンのおじさんに関わってるのは」

「いいから早く避難の準備をしなさい!!!」


 今まで見たことがないほどの怒りを露わにする母親を前に、光は何も言えなくなってしまう。そのままアパートの部屋を出た彼女は、ブレイブレオが戦場を立ち去る前に彼に会うため足を速める。


(たとえ、あの子があのライオンの半獣人と友達だとしても、関係を断ち切らせなきゃ!! あの子に恨まれる結果になったとしても!)


……


「ハァ……ハァ……」


 揺らめく炎と瓦礫の中で獣人を倒したブレイブレオは、息を荒げて肩を大きく上下させている。そのまま力が抜けたように両手両膝を地面につく。疲労して傷ついた体は、まるで鎖で縛られているかの如く鉛のように重かった。


「なんでだ、最近、妙に疲れが抜けねぇ……」


 ヒーローと一般人の二重生活を送り続けて一年近く。ビーストウォリアーズの獣人達と命懸けの死闘を繰り広げながら、日雇いのアルバイトで生活費を得ている彼である。獣人達はいつどこに現れるかはわからないため、アルバイト中に獣人出現の情報を知りアルバイトを抜け出したために罵倒され収入が得られないことも日常茶飯事な日々。そんな生活が続く中で、彼の身体には着実に疲労が蓄積されていた。


「……だが、疲れたなんて、言ってられねぇよな。俺の居場所は、ここしかねぇんだから。ヒーローとしての役割が無ければ、誰が俺なんかを……。……皮肉なもんだな」


 獣人から人間を守りたいという思い。それは、心からの本心だった。だが、獣人達を滅ぼした時にはきっと、自分の手は獣人達の血で血塗れになっている。獣人達の大切な存在の命を奪い続け、ヒーローとしての役割を失えば、誰も俺を必要とはしないだろう。人間達が必要なのは、自分ではない。獣人達から自分達を守ってくれる「ヒーロー」なのだから。


(結局、俺に残るのは、命を奪い続けた罪だけなのか?)


 大切な存在の命を奪っているだけ。クモ獣人が言い放った言葉を、獣人同士の仲間意識を見せられた今完全には否定しきれなかった。自身を虐げ続け、強者に媚びるだけと思っていた獣人達にも誰かを想う心がある。ブレイブレオは、断ち切らなければならない罪悪感を振り払うように頭を振る。


(俺には、俺自身を必要としてくれる居場所がある!! 全てが終わって残るのが、命を奪い続けた罪だけなんてことはねぇ。……だが、光が危険な目に遭うのは、全部俺のせいなんだよな。光が俺を必要としてくれても、俺のせいで大切な存在を巻き込んでしまっていることに変わりはねぇ。……もし、俺が死んだとしても、光なら俺の代わりとなる友をまた作れる。……俺の代わりになる存在など、いくらでもいる。そんな奴が、何を言ってんだ)


 ブレイブレオは疲労した身体に力を入れ、何とか立ち上がる。


(俺は、こんな俺を必要としてもらえることが嬉しい!! 獣人達を殺すことで罪悪感を感じる? ヒーローとしての役割が無くなれば、俺は必要とされない? 贅沢言うんじゃねぇ!! この身体が傷つきボロボロになろうが、疲れ果てようが、そんなこと知ったことか!! 俺は、絶対逃げねぇ!!)


 自分が死んでも、今の光なら自分の代わりになる友を作れる。それは光の強さを信じているからこその考えであった。光と過ごした日々が、相手の気持ちへ思いを向けるように自身を変えたことを実感する。半獣人として虐げられてきた過去が無ければ、彼は自身が誤解していることに気づけたかもしれない。ヒーローとしての自分ではない、1人の人間としての彼を必要としている人がいることを。

 傷ついた身体で歩き始め戦場を去ろうとした時、背後から聞き覚えのある声がした。


「ブレイブレオ! 待ちなさい!!」


 後ろを振り返ると、光の母親が表情や歩の進め方に強い怒りをにじませながら近づいてくる。


「あっ、光の母さ」


 言い終わる前に、ブレイブレオの左頬に衝撃が走る。よっぽど急いできたのだろう。光の母はヒーローへの強い怒りと走ってきた疲れの両方から、激しく息を荒げていた。血走った目でヒーローの目を真っ直ぐ見つめながら、彼女は怒りの言葉を口にする。


「これ以上、光に関わらないでください!!! あなたと関わるせいで、あの子がどれだけ危険な目に遭っているかわからないはずはありませんよね!! 命を落としそうになったことも、一度や二度じゃない!! あの子とあなたが友達なのは知っています。でも、そのせいであの子の家族がどれだけの恐怖を感じているか考えたことがあるんですか!!!」

「……それは、わかってます。俺のせいで、光がどれだけ危険な目に遭っているのか。そして、あなたがどれだけ光のことを大切に思い、恐怖を感じているのかも」

「だったら、今すぐ」

「……それでも、俺にはあいつが必要なんです!! 身勝手なことはわかってます。でも、どうか許してください。あいつと共に、日々を過ごすことを」

「…………何がヒーローよ。結局あなたは周囲の人間に災いをもたらしているだけじゃない!! あなたなんて、迷惑なだけの存在でしかありません!!!」


 罵声を浴びせた彼女は、もう一度ブレイブレオの左頬にビンタする。避けようと思えば、避けられないものではなかった。だが、光の母親の怒りや憎しみを全て受け止めた上でなければ、友と日々を過ごすことを認めてもらえない。その考えと自身の信念が、光の母親のビンタを真っ向から受けさせる。

 ブレイブレオが顔を正面に向け直すと、光の母親は既に自身に背を向け戦場から去ろうとしていた。その後ろ姿に対し、ブレイブレオは叫ぶ。


「光は何があっても、俺が絶対守り抜いて見せます!! 誓って、獣人達に光を殺させたりしません!! だから、どうか光の友でいることを許してください!!!」


 その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、光の母親は何も反応せず戦場を去っていった。


……


(いっそのこと、ブレイブレオなんていなくなってしまえばいいんだわ!!! 光が狙われないようになって、ブレイブレオもいなくなる。そうなれば、どんなにいいか)


 光の母親は夕暮れの街を、自宅アパートへ向けて歩いていた。彼女の後ろにある夕日が、彼女の足元に長く黒い影を作っている。


「……ブレイブレオなんて、いなくなってしまえばいいのに」

「その言葉に偽りは無いか?」


 つぶやいた彼女の耳に、どこからか不気味で低い声が聞こえる。光の母親は咄嗟に周囲を見回すが、周りには誰もいない。


「あの半端者がいなくなればいい。その言葉に偽りは無いか?」

「誰!!」


 光の母親が作る影から、突如コウモリ獣人が姿を現す。目の前に現れた異形の獣人に、光の母親は恐怖心から硬直してしまう。


「その言葉が本心ならば、私の作戦に協力するのだな。私の作戦に協力すれば、あのガキを狙うのは止めてやってもよいぞ」

「……獣人の……言う事を……そのまま信じろとでも……言うの?」


 恐怖心から唇がわなないていたが、光の母親はなんとか言葉を絞り出す。コウモリ獣人は無表情を変えずに答える。


「ならば、貴様に選択肢があるのか? 我らビーストウォリアーズの獣人兵力は、総勢1000名。あの半端者と人間共が倒したのは、その十分の一程度でしかない。いずれあの半端者が力尽き、倒れる方が先だ。ならば、貴様にとっては私と手を組む方が得策ではないのか?」

「……」

「教えてやろう、我らビーストウォリアーズの首領が考える最終計画を。我らの首領が考える最終計画とは、全人間共を獣人達に対する憎しみの心を用いて改造する事。そして、その上で首領の支配下に置く事なのだ。人間共を死滅させるのが目的なのではない」

「人間を……改造?」

「あのガキを以前獣人に改造したのは、邪魔者を倒すための駒にする目的だったのも確かにある。だが、真の目的は人間の獣人化を試す予行練習だったというわけだ。そして、現在獣人を使い人間達を襲わせているのは人体改造に必要な獣人への憎しみを高めさせるのが目的なのだ」

「そんな……」

「人間共の憎しみを高め、獣人化唯一の成功例であるあのガキを徹底的に調べつくした後、人間共を洗脳、改造する。それが首領の目的なのだ。1つ言っておくが、私は貴様への親切からこのような提案をしているのだぞ」

「……親切?」

「獣人化の実験を行ったのはあのガキだけではない。他にも数名の人間共を使って実験したが、どうしても肉体が獣人化に耐えきれず死んでしまった。どうすれば、より効率的に人間の獣人化ができるのか。そして、獣人化の邪魔になる物が何なのか。その研究にあのガキが必要なのは確か。だが、この先様々な人間共を使い実験を行う中で獣人化成功例の人間はいずれ現れるだろう。その時は、あのガキから狙いを変える事もできる。元々あのガキは邪魔者を倒すために必要なだけの存在。あの半端者さえ消えてしまえば獣人達にガキが狙われる事も無くなり、私に協力する事で獣人化唯一の成功例ゆえに狙われる心配も消せる。どうだ、これでも貴様は私に協力する事を拒むというのか?」

「……あなたに協力すれば、本当に光を狙う事を止めてくれるの?」

「約束しよう。ただし、それは半端者の命と引き換えだ。私の作戦が成功すれば、あのガキを狙う事を止めよう」


 光の母親はしばらくコウモリ獣人から顔を反らしていたが、コウモリ獣人に目線を戻すとはっきりとした口調で言った。


「わかりました。まず、教えてください。その作戦の内容を」


 光の母親が作戦に協力する意思を見せても、コウモリ獣人は氷のような表情を全く変えなかった。


(これで作戦に必要なガキの母親を引き込んだか。あとは、あの水属性の半端者に邪魔される事を防ぐ意味で一計を案じておくか)

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