第16話 自衛

「タイガー、お前の倒すべき相手は俺なんだろ? だったら、光の母さんを放してやってくれ!!」


 人気の無い昼のとある海辺。邪魔の入らぬようにと、タイガーアベンジャーは光の母親を人質に自身の同胞であるブレイブレオを呼び出していた。タイガーアベンジャーは光の母親の喉元に氷の短剣を構えながら、同胞の言葉に答える。


「放すとも。元々この女は、貴様をおびき出すために利用しただけだからな。だが、その前に俺の質問に答えろ」

「質問だと?」

「貴様の望みはあの人間のガキ、光を守る事なのだろう? 貴様があのガキを守る事を望むのならば、俺もあのガキだけなら守ってやってもいい。他の人間共を守るつもりはないがな。あのガキを守る事と引き換えに、他の人間共を皆殺しにする。それが、俺が出す最大の譲歩だ。我が同胞よ、俺の仲間になる気はないか?」

「光を共に守る代わりに、他の人間を見殺しにしろってのか?」


 ブレイブレオはタイガーアベンジャーの言葉に眉間に皺を寄せ、歯ぎしりする。


「そうだ。貴様にも以前言ったはずだ。人間共の醜さ、失望を感じる程の愚かさを。貴様ならば、獣人と人間両者に迫害される者の気持ちがわかるはずだ!! 俺は、人間共を決して許さん!! だが、貴様は俺自身を見て居場所になると言ってくれた」


 タイガーアベンジャーは必死の形相で思いを伝える。懇願に近いと言ってもいい。


「本音を言う!! 俺は最初から貴様を殺したくなどなかった! 俺が真に望むのは、同調圧力に、恐怖に負けない友を持つ事。俺だって、貴様のように人間の友が欲しかったし、貴様と和解したかった!! 頼む、俺の仲間として生きてくれ!! 俺の譲歩を、受け入れてくれ!!」

「……タイガー、ありがとうな。俺もお前の本音を、俺と和解したいと願っていた事を知る事ができて嬉しい。……だが、俺は光だけじゃなく、光の生きるこの世界も守りてぇんだ。お前は、以前の俺と同じだ。他の奴を、自分が信じたい奴を信じる事すら恐れている」

「……」

「同調圧力や恐怖に負けない友を持つ事。それが真の望みだと言ったな。……俺だって、光を完全に信じられる程には強くねぇ。けどな、自分が認めた奴くらいは信じてぇじゃねぇか……。お前を信じ続ける強さを持てるように俺も頑張るからよ。お前も、俺を少しずつでも信じてくれ!!」


 タイガーアベンジャーは同胞の願いに目を伏せる。 


「…………無理なんだ」


 タイガーアベンジャーは氷の短剣を捨て光の母親を解放すると、ブレイブレオに向かって突き飛ばす。ブレイブレオは光の母親を自分の背に庇う。


「ここまでだ。貴様との和解など、最初から無理だったようだな。俺は力で自分の居場所を作り出す」


 そう言ったタイガーアベンジャーは、自身の周囲に水の弾丸をいくつも作り出す。


「くっ、俺だってお前とは戦いたくねぇんだ。光の母さん、早く安全な所に逃げ……」


 光の母親を逃げるよう促そうとしたブレイブレオは、突然右脇腹に針で刺されたような痛みを感じる。見ると、光の母親が後ろからブレイブレオの右脇腹に注射器を刺していた。その直後、ブレイブレオの変身は解け人間の姿に戻ってしまう。


「あ、光の母さん、一体何を」

「今打ち込んだのは、あなたの中にある獣人の血を短時間失わせる薬です。これで、あなたは獣人の力を失い、常人並みの力しか出せません」

「な、なぜそんな物を、俺に。いや、なぜあなたがそんな薬を持って」

「光を狙う事を止める代わりに、あなたを倒す作戦に協力しました。あのコウモリの獣人に提案されてね。光を危険に巻き込み、私をずっとだましていたあなたにいなくなってもらうために!!」


 状況を理解できずにいるタイガーアベンジャーの足元にある影から、コウモリ獣人が姿を現す。


「コウモリ獣人、どういう事だ!! あの女は俺が奴との決着をつけるために利用するだけではなかったのか! 奴を誘き出して倒した後に、俺を組織に迎えると!!」


 タイガーアベンジャーに対して、コウモリ獣人は無表情で言い放つ。


「貴様の望みはあの半端者を倒し、組織に属する事だったのだろう? ならば、その場でおとなしくしている事だな。あの半端者を殺した後で、貴様は組織に加えてやる。首領にも話は通してある。邪魔はしない事だな」

「……」


 コウモリ獣人の言葉に、タイガーアベンジャーは黙り込む。封殺したタイガーアベンジャーをその場に残し、コウモリ獣人は彼の前に出る。


「さて、半端者。貴様の死がやってきたぞ。獣人の力を持たぬ貴様を殺す事など、造作もない。ナイトメアバッツ!!!」


 コウモリ獣人は光の母親もろとも、ゴウキに対して無数の小型コウモリを放った。光の母親は悲鳴を上げるが、ゴウキが彼女の眼前に立ちはだかる。


「光の母さん、俺の後ろに隠れてください!!」


 叫んだゴウキの身体に、無数のコウモリが咬みつく。


「ぐぁああああ!!!」


 ゴウキは小型コウモリを引き剥がそうとするが、引き剥がしても再度無数のコウモリが全身に咬みついてくる。小型コウモリに血を吸われて、ゴウキは遂に両手両膝をついてしまう。

 目の前で傷ついていくゴウキを前に、光の母親は目を背けていた。だが、コウモリ獣人に視線を向けると当然の疑問をぶつける。


「な、なぜ私まで?」

「言ったはずだ。貴様は既に用済みだと。この私が人間ごときと対等な取引をするとでも思ったのか? 貴様は息子を守るための可能性に賭けたのだろうが、残念だったな。そんな気はさらさら無い」

「そんな……」


 光の母親は力なくその場に座り込んでしまう。ゴウキは両手両座を地面についたまま振り向くと、光の母親に言った。


「ハァ、ハァ、あ、光の母さん。気にしないでくれ。あなたの気持ちは、親として当然なんですから」

「わ、私の、せいで」

「あなたが打ち込んだ薬の効果は短時間のはずだ。俺から獣人の力を失わせる薬なんて物を作れるなら、最初から俺に使っていたはずです。俺は、大丈夫です。だから、あなたは早く逃げてください!!」

「……わ、わかりました」


 光の母親は震えている身体に力を込め、ゴウキの後ろから逃げ出そうとした。


「この期に及んで逃げ出す気か? 貴様も半端者と共に死ね。ブラック・スティンガー!!」


 コウモリ獣人はゴウキを襲わせていた小型コウモリを結集させると、黒く大きな円錐を作り出す。空中に浮かぶ鋭利で巨大な棘は、コウモリ獣人が手をかざすと光の母親に向かって突き進む。


「や、止めろぉぉーー!!!」


 ゴウキは傷ついた身体を無理矢理動かし、彼女の眼前に飛び出した。


「ゴ、ゴボッ……」


 黒く巨大な棘は、ゴウキの腹に刺さりその身体を貫通していた。ゴウキが真っ赤な血を吐き出し、腹からは鮮血が流れ出ている。

 光の母親が震える声で、ゴウキに問いかける。


「ど、どうして私を……」


 ゴウキは振り向かずに答えた。


「俺は……あなたから……向け……られる……怒り……から……逃げません!! それ……に」

「それ……に?」

「あなたが……死んだら……あいつ……が……悲しむ……から」


 ゴウキはその身体を貫いている巨大な棘を無理矢理引き抜くと、右に投げ捨てた。おびただしい血が腹から流れるが、ゴウキは腹に開いた風穴を左手で押さえつける。棘は再び無数の小型コウモリに戻ると、コウモリ獣人の周囲に戻る。


「終わりだな。本望だろう? 自分が仲間になりたがっていた人間の姿で死ねるのだからな」

「まだ……だ。まだ……俺は……戦え」


 腹を押さえていない右手を、ゴウキはコウモリ獣人に伸ばす。だが、すぐに力を失いうつ伏せに倒れ込んでしまう。


「レオォォーーー!!!」「レオォォーーー!!!」


 海辺に二人の男が叫ぶ声が響く。一人はゴウキが倒れた瞬間彼に駆け寄ったタイガーアベンジャーで、もう一人は海辺の近くで潜んでいたらしいライオン仮面であった。タイガーアベンジャーはうつ伏せに倒れているゴウキを抱き起こすと、必死になって声をかけ続ける。


「レオ!! レオ!!! お前は、俺の居場所になってくれるのではなかったのか? 俺は、約束を破る奴とは仲間にはなれん!! 俺の治癒能力でお前を救う!! だから、約束を破らないでくれ!!」

「それを、私が黙って見ているとでも?」


 コウモリ獣人は再び巨大な棘を作り出すと、ゴウキを抱きかかえているタイガーアベンジャーの背中に向けて放つ。


「フレイムドラゴン!!!」


 タイガーアベンジャーに続いてライオン仮面が援護に入る。ライオン仮面の右手から迸る青い炎の龍が、巨大な黒い棘を飲み込み焼き尽くした。


「貴様は……いつかの!!」

「タイガーアベンジャー。私があの獣人を妨害している間に、早くこやつの治療を!! 私にあるのは解毒能力のみで、水使いの者達が使えるような回復能力は無い。早く!! こやつを助けてくれ!!!」

「わ、わかった……」


 ライオン仮面の勢いに若干押されながらも、タイガーアベンジャーは浜辺に仰向けに寝かせたゴウキに両手を向ける。


「ヒーリング・ミスト!!」


 ゴウキの身体を霧が包み込むと、腹に開いていた風穴が少しずつだが着実に塞がっていく。両手をゴウキに向けて治療を続けるタイガーアベンジャーは、目を強くつむると後悔の念を吐き出す。


「俺が愚かだった!! 俺は、貴様と和解したいと願っていながら、裏切られる事が怖かったのだ!! 俺が本当に必要としていたのは、獣人達の中に力で作り出した居場所ではない。俺自身を見て、居場所になると言ってくれたお前だったのに!!」


 タイガーアベンジャーはゴウキの回復に使う異能、それに込める力をさらに強める。


「俺は今、お前を失う事をこんなにも恐れている。頼む、死なないでくれ!!」


 光の母親は、傷ついたゴウキをただ見ていた。そして、1つの疑問を抱いていたのだった。


(光が悲しむから私を捨て身で助けたのなら、なぜ、あなたは光のために自分を大事にしないの? なぜ、あなたを大切に思う人のために逃げようとしないの?)


……


「ゴウキおじさん!!」


 ゴウキは泣きじゃくる光の声で目覚めた。周りをゆっくり見回すと、そこは以前訪れた光のアパート部屋のようだった。そのアパート部屋の一室で、ゴウキは布団に寝かされていた。意識が覚醒していく中で、布団のすぐ傍にいる光以外にも周りに誰かいる事に気づく。光の母親と人間の姿をしたタイガーアベンジャー、そしてライオン仮面がそこにいる。恐怖心からゆっくり貫かれた腹をさするが、風穴を開けられた腹は傷口が塞がっている。


「ゴウキおじさん、良かった!! ずっと目を覚まさないから、俺」


 光はゴウキの胸の上で泣き続けた。そんな光の頭をゴウキは撫でてやる。


「光、俺は、大丈夫だ。それより光、母さんは無事か?」

「母さんは無事だよ。おじさんが助けてくれたから。それより、今は自分の事を心配してよ!!」


 ゴウキは光の母親に後ろめたそうな視線を向ける。


「俺を匿ってくれていいんですか? それに、タイガーやライオン仮面まで」

「……あなたは、私を助けてくれました。でも、今回だけです」


 その言葉から、ゴウキは光の母親が抱く信念が変わっていない事を感じ取る。 


「そのガキの言う通りだ。俺の治癒能力が無ければ、お前は間違いなく死んでいたはずだ。俺は約束を破る奴とは、和解できん。レオ、お前が俺の居場所になるというのなら、もっと自分を大事にしてくれ!!」

「炎使い、お前は自分を大切に思う者の気持ちを考えた事があるのか? お前のしている事は、遊びではない。命懸けだ。だがな、お前を案ずる者は確かに存在しているのだぞ!!」


 ゴウキは、上半身を起こすとライオン仮面に顔を向ける。


「前から思っていたが、一体てめぇ何者だ?」

「……それは、言えん。そんな事より、質問に答えろ。お前は自分を案ずる者の気持ちを考えた事があるのか?」

「……人間達が必要としているのは、俺じゃねぇ。獣人達から自分達を守ってくれるヒーローだ。それに、光ならたとえ俺が死んだとしても、また俺の代わりとなる友をまた作れるさ。俺の代わりになる存在など、いくらでもいるはずだ。だから、俺は」

「ゴウキおじさんの馬鹿!!!」「愚か者!!!」


 部屋の中に二つの怒号が響く。泣きはらした顔の光とライオン仮面であった。


「ゴウキおじさんの代わりなんて、どこにもいないんだよ!! ゴウキおじさんが初めて俺の友達になってくれた時、俺だってすごく嬉しかったんだ。今まで獣人達に襲われても乗り越えてこれたのは、ゴウキおじさんがいてくれたからなんだよ。ゴウキおじさんと一緒にいた時間があったから、俺は獣人達に襲われても平気でいられるんだ。なんで、自分の代わりなんていくらでもいるとか、死んでもいいみたいな事言うんだよ!!」


 再度顔を覆って泣きはじめる光に続いて、ライオン仮面も怒りの言葉を吐き出す。


「この少年の言う通りだ!! お前は自分が必要とされている事を理解できていない。それどころか、自分の命を軽視しすぎている!! なぜ、自分を大切にしようとしないのだ!!!」

「……光、お前に怖ぇ思いをさせた事は、謝る。……悪かった。だがな、ライオン仮面。正体のわからねぇてめぇに、何を言われる筋合いはねぇぞ!!!」

「……」


 拳を握っていたライオン仮面だったが、やがて握っていた拳を解いた。


「これを見ればわかるだろう。私がなぜ、お前を案ずるのか」


 ライオン仮面は顔を覆う仮面に手をかける。そして、そのライオンの黄金仮面を外した。その下にあったのは、ブレイブレオと瓜二つの獣頭を持つ獣人。ライオン獣人であった。


「て、てめぇ、は」

「そう、私はお前の父親だ。長年お前を放置する形になってしまったのは事実だ。だから、お前の親を名乗ろうという気は、無い。だが、その少年とタイガーアベンジャーと私。お前を案ずる者は確かに存在するのだ。もっと、自分を大事にしてくれ」


 呆然としていたゴウキだが、我に返ると下を向き考える。考えるゴウキに対して、光の母親は言った。


「今回の事は、謝ります。でも、私は光を巻き込むあなたをまだ完全に許したわけではありません。あなたの誓いが本当に本気なら、どんな事があっても光を守り抜いてください」


 ゴウキは光の母親に顔を向けて問う。


「光と共に日々を過ごす事を許してくれるんですか?」

「……あなたが迷惑な存在である事に、変わりはありません」

「……ありがとうございます、光の母さん」


 ゴウキは、感謝を込めて光の母親に頭を下げる。


「ゴウキさん、確かにあなたの言う通り逃げる事は良くはありません。自分を信じられなくなる事もあるだろうし、何より逃げても何も状況を変えられないですから。ただ、あなたを大切に思う人の為にも、時には逃げてでも自分を大切にすべきだと私は思います……」

「……」


(俺は、自分の命を軽んじていたんだな……。今の俺は、もう1人じゃねぇ。こんなにも俺という存在を見て、その死を悲しんでくれる者がいる)


「俺は人間達の為にこれからも戦い続けていく。それを止める気はねぇ。だが、もう自分を捨てるような戦いはしないと誓う。だからよ、光、タイガー、これからも俺の友、仲間でいてくれるか?」


 光は涙を手で拭うと、笑顔で答える。


「当たり前だよ!!」

「ふん、貴様が約束するならな!!」


 タイガーアベンジャーはそっぽを向き答えたが、その口元にはわずかな笑みがあった。


「……親父には、色々聞きたい事がある。後で、話をさせてくれ」

「……ああ。わかっている。ただ、1つだけ今聞かせてくれ。お前には、半獣人としての辛い重荷を背負わせてしまった。……お前は今、幸せか?」


 ゴウキはライオン獣人に再度顔を向けた。答えは、決まってるじゃねぇか。


「……ああ、幸せだ。今までの半獣人としての生で、1番な」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る