第25話


「そうか、あいつスーパー辞めたのか」

「でも次の仕事は決まっているみたいですよ。僕も紹介してくれないかな」

「警備の仕事はきついか?」

「きついってわけでもないですけどね。将来性が……やっぱ」

「将来性ある仕事なんか早々ないよ。それにしても、一言いってくれりゃいいのに」

 離婚話の最中さなか、戸髙の家電量販店は再編の波に揉まれていた。株が行ったり来たりの話は小さなニュースになることもあり、そうなると広島に戻るなどと到底、会社に言い出せない……従業員みな、今後どうなるかの疑心暗鬼。


「それで、なんでまた広島に。大学の同窓なんかほとんど残っていないだろうに」

「結構、面白いと言ってましたよ。どうせなら、桜の季節ならもっと良かったみたいですけど」

「まあそれなりに綺麗だが、シーズンなんか酔っ払いで大変だよ。どうせ見るなら、遠出して尾道の千光寺公園とかなら最高なんだけどな」

「桜の話はまだ早い。梅なら今から見頃や」

 大将が、生のシラスに、うずらの黄身がちょんと乗る小鉢を置いた。


「岩本ちゃん、広島におるんかいな」

「ああ、俺に黙ってな。水臭い」

「せいぜい明石からかな、西は。牡蠣も別の所から送ってもらうし」

「まあ、特別は……でも浄化してない生は市場では買えんから……焼き牡蠣でも食うか?」

「いいですね~。あ、やっぱりでも、お好み焼きは広島の方が良いんでしょ」

「たまに食いたくなって鶴橋まで行くが、そこが中々美味しくてな」

 生シラスと熱燗で準備運動ずみの舌が、次はガッツリしたものを待ちわびている。


「今度、戸髙ちゃんにパソコン見てもらおうかな」

「なんだよ、急に」

「孫がさ、店のホームページ作らないかって」

「へえ、大将やりますね」

 ふふふんっと、大将は満更でもなさそうな顔で器用に牡蠣の殻を剥いている。


「ホームページ、再開はなしですか?」

「ちょっと無理かな、今の環境じゃ。でもあれだろ。繋がってはいるんだろ?」

「磯釣りのメンバーは、そっちはそっちで連絡してますけどねぇ。丸ちゃんが自分のホームページ立ちあげるかもしれませんし、でも連絡付かない人もいますね」

 マシンガンはそう言いながら、しきりに携帯を弄っている。


「また、その写真かよ。そんなものどうにでもなるだろ? わざわざ神奈川まで出向いて、ホモのおっさんが出て来たらどうするよ?」










「そんなに……見ない・・でよ」

 直子は照れて、ストロー先でアイスを沈める。


 勲がメールで指定したのは、――模様されるイベント次第で女の子が外にすずりになるようなところで――人が多ければ、会わずに帰ろうと思っていた。

 前ほどではないが、知っている顔があればやはり気になる。

 その日はアイドルもバンドも来ないのか、そもそも休館日なのか、周囲には誰もいない。


 昨夜、正直どうしようかと思った。

 沙織との様子から、後で聞くと知り合いだという。

 どうやって誤魔化してやろうかと真央に探りを入れさせたら…………写真。

 自分でも呆れるほどの間抜けっぷりだが、こうなりゃ仕草で乗り切るしかない。


「それって美味いの?」

 アイスをぺろっと舐めながら、聞かれた直子は可愛く微笑む。

 本当は糞まずいと思ったが、オレンジジュースとアイスクリームに罪はない。


 烏賊いかを両手に持った、ぼうっとした写真とは印象が違う。

 かなり大食いなのか、昨夜は牡蠣をぺろりと食べて追加のつまみを慌てて出した。

(磯ちゃんなんかも、実際に会えばけっこう若いのかな?)


「どこか・・行く?」

「どこかって特別行くところもないな。昔住んでたってだけで知り合いもいないし」


|じ ゃ あ 、 ど う し て 広 島 に 来 た の ?|

 髪が乱れるのが嫌でわざわざ電車に乗って来たのに、このまま帰されても面白くない。


「いや、田舎に帰ろうかと思ったけどなんとなくな。次の仕事まで暇だし。ホテルも取らずネットカフェ難民みたいになっちゃたけど」

「体・・痛くない?」

「いや、ソファーも寝やすいし、女の人も結構いるぜ。――あ、どうもすいません――これさ、この前の話の。データは家にあるからこれは捨てても大丈夫だけど」

 勲は店員にプリントアウトして貰った紙を、そのまま直子に手渡した。


「岩ちゃん……マメじゃ・・ね」

「どこからでもデータ引っ張れるから便利だよ。サーバーに置いておけば……」

 喋ることも見つからず、勲はインターネット関係の話をなんとなくだらだらと話し続ける。


 何枚かぺらぺら捲る直子は、そこにシステマチックなばたけを見つけた。









「これ可愛い」

 無造作むぞうさに置いてある油絵に足が触れぬよう慎重にレジの前まで来ると、ウーロンが携帯のストラップに近づいて言った。


「それも一緒に」

 仕方なしに、勲は店の人に告げる。


 昨夜の雨で、空気が澄んだ川縁かわべを、ふたりで歩く。


|不 倫 は 嘘 、 お 尻 の 話 は 友 達 の 話 、 友 達 が レ ズ な の は 本 当|


「三段オチかよ」

 喫茶店でマシンガンだのウーロンだのと言うのも気が引けるので出て来たが、別にどこに行こうという当てもない。


|こ れ ち ょ っ と 興 味 あ る ん よ|

 ウーロンは、さっき手渡した中の一枚を勲に返す。

(年齢30歳くらいまで、現在女性が担当しています)と書かれた募集案内に、俺はひとつも該当しないなと、勲は思った。


|北 広 島 と 安 芸 太 田 に も 計 画 中|

 先を歩くウーロンは、わざと出っ張りを歩いてバランスを崩しそうになる。


|私 も そ こ 見 つ け て た ん よ|

 

「畑って言うより、工場みたいなものか」

「お水は・・たいぎい(たいへん)」

「仕事はなんだって大変だよ」

「事務は・・嫌い」

「若いんだから、大丈夫だろ。俺の年になったら悲惨だぞ」


 このまま歩いていてよいものか。でもこのふたりに、暇を潰す適当な場所も見つからない。


(無駄なもん“買っつんた”意味ねえ)

 ウーロンはさっき買ったストラップをポケットにねじ込んだまま。

 これ以上一緒にいても仕方がないので、パチンコにでも行こうかと思ったとき、


|こ の ま ま う ち の 店 に 行 こ 。 ネ ッ ト カ フ ェ 行 く ん じ ゃ っ た ら あ そ こ で え え じ ゃ ん 。 う ち の 店 安 い じ ゃ ろ ?|

 目の前に差し出され、返事をかえす暇もない。









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