第10話



「直ちゃん、女の子が無理に働くことないからな」

 並んでテレビを見る直子に、祖母が話しかける。

 寒がりの祖母の部屋には、電気こそ入れてないが、もうコタツが出されていた。


「幸せな結婚が一番。女の本分は糸や、糸は針の後を付いていくもんじゃけん」

「はいはい」

 どうやら祖母は、直子が塞いでいたのは将来や就職の悩みだと思ったらしい。


「そやから直ちゃんはいらん心配しんでいいんや。変な男に引っかからんでな。あんたはお母さんに似て惚れっぽいかもしれん。あの子が若いときは……」

 それ以上聞きたくないと、直子は両手で耳を塞ぐ。祖母は、外人がするように肩をすくめてポーズを取ると、ビデオテープを差し込んだ。


「寅さん?」

「今日は、釣りバ〇や釣りバ〇」

 祖母のラインナップはそれプラス、老人会で借りてくる韓国ドラマが入る程度だ。


「ん。直ちゃんもみるか? やったらお茶沸かすわ。お饅頭、仏壇から持ってきぃ」

 お茶がことのほか美味しく、直子はすぐ二杯目を注ぐ。

(釣りバ〇か……これ見終わったら、また覗いてみるかな)



 祖母が眠った後、直子は磯釣り大臣のホームページを開いて思わず噴き出してしまった。

 新規更新、三重県鳥羽とば釣果ちょうかのコーナーに、顔写真が大写しで載せてある。


(顔にマスクぐらいかけろよ、おっちゃん。ネット社会舐めんなよ)

 こっちから頼もうと思っていたが、その必要もない。チャットには誰もいなので、直子は写真を自分のドキュメントに取り込む。デジカメで撮ったものか写真は大きくしてもさほど画質は荒くない。



 満足げに魚をかかげる大臣の横に、ぽけっと烏賊いかを持った男が立っている。


 










 どうしてこの女は?


 学生の頃からその兆候ちょうこうは見えてはいたが、れた弱みで気にならなかった。

 裕子は(その人にそれだけは言ってはいけない)そこをピンポイントで狙ったように触れてしまう。友人との集りで、一瞬、場を凍り付かせている事さえ、本人は全く気づいていないのだ。温厚な両親とまで抜き差しならない関係になった頃、大阪転勤が決まり、戸髙はむしろほっとした。

 彼女の感情をコントロールしなければならない。亭主として、戸髙は何度か暴力で彼女の矯正を試みた。その度に彼女は、その美しい容姿と同等の性格の良い女に変貌する……少しの間だけ。

 だが、その繰り返しにも正直疲れた。


 最近は、彼女の刺すような言葉を避け、部屋にこもることが多い。

 思い付きで始めた釣りのホームページに集う人達が、戸髙の孤独を支えてくれている。釣り仲間が多いが、何かの拍子にチャットに迷い込みそのまま常連になった人もいて、年齢も職業も様々だ。

 ネット上の人間関係が問題であると言うコメンテーターには、こんなかぼそく弱い人間がいることまでは実感できないだろう。


 そこには、実生活とはまた違う人間関係が存在していた。


 フリーターのニクが、OLのウーロンが来なくなったのは自分が会おうとしつこく誘ったせいかもしれないと気に病んでいた。しかし先日ウーロンがひょっこり現れ、聞くと彼女は単に忙しかったからだと言う。

 なんだかんだ言っても若い男が内心出会いを求めているのは正直なところだろう。

 戸髙には、それもかえって微笑ましく思える。


 マルチャンが鳥羽沖の釣果に悔しがっていて、ここ暫く差を付けられていた戸髙は気分がいい。彼は栃木で居酒屋を経営している。


 マシンガンは母親の介護が大変らしく、戸髙の店舗では扱っていないが、医療用ベッドを卸問屋に一緒に見に行くことになっている。

 チャット仲間と実際に会うのはこれが初めてなので、少し緊張しそうだ。 


 たくさんの仲間たちが、それぞれの人生を懸命に生きている。

 そう思うと、なんだか自分も癒される気がした。










|☆ソウナンデスヨ

|★タイヘンデスネ

 ウーロンさんが入室しました♪

|☆コンチャ ウーロン

|★コンニチワ ハジメマシテ

|●コンニチワ 

|☆コチラ イソチャンノ リアトモ イワチャンデス

|●リアトモ? マシンガン

|☆ミエニ ツリニイッタ ドウキュウセイダッテ

|●アアアアア ジャ ケイワソウニ イタヒトダ ワタシ モト ヒロシマダヨ

|★ラシイデスネ チュウカタイゲン…サン?

|●ソウソウ ラーメンヤノ ムスメデース

|☆オオ ウーロンチ ラーメンヤナノカ

|●ムカシムカシネw

|☆オオw ソレニシテモ ホストノイソチャンコネエエエエ

|★オカシイデスネ

|☆iryoukiguminikusoudann a areare

|●マシンガン サイキドウ サイキドウ

|☆nuaaaaaa otu

 マシンガンさんが退室しました♪

|●ナマエ ウゴクニ テンテンテンテンデスヨネ

|★エエグウゼンデスネ ゴメン イソカラハナシキイタケドオボエテナイ><

|●イエ ナマエガ トクチョウテキダカラ イソチャント ハナシテルトキ 


 敬和荘けいわそうに住む大学生。

 恵さんの昔話と磯釣り大臣から繋がった“岩本 勲”と“必然”の再会だ。

 直子は、のぞき見するような感覚で少しどきどきした。


|★ソレニシテモ イソノヤツ マシンガンサント ヤクソクシトイテ

|●イソチャン イワチャン イサオクン ヤヤコシイネw

|★フダンハ ホンミョウダケドネw  


(写真を載せたから見てくれと戸髙に言われて……こんなに人が来るとは)


|★ボクハ モウネマスネ マタネ ウーロンサン

 イワチャンさんが退室しました♪

|●ア!マッテヨ イワチャン

 マシンガンさんが入室しました♪

|☆マシンガン フッカアアアアアアツ









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る