第11話 教団

正直、詐欺商法だとは百も承知だったし、決して良いこととは思っていなかったが、あの頃の俺は周囲に認められたいという欲が強かったのだ。


これを全部売り飛ばせば、もしかしたら俺は認められるようになれるのかもしれない。


もしかすると、あの頃の俺は詐欺セミナーから変な暗示にでもかけられていたのだろうか。


やがて、谷口から


「片桐が、お前に近づかないようにと周囲に伝えてるそうだ。


お前の親友だったのにな。

友達って、簡単に裏切るんだな。」


と、伝えられた。


「どんなことがあっても友達だからな」と言ったのは、何処のどいつだよ。


やがて、俺はカズのせいでサークルに行けなくなっていった。


寂しさを払拭するかのように、谷口にどんどんのめり込んでいった。


当時サークルで知り合った女性と結婚前提で交際していたが、


俺が谷口に染まっていく事で思い悩んだ女の相談を聞くうちに、カズが横から奪い取ったのだ。


後に、風の頼りで小夏という名の娘が産まれたと聞いた。


お前の事を信用して、色々正直に話していた俺が馬鹿だった。


俺の、カズに対する嫉妬と憎悪は最大限に達したのだ。


その後、俺は谷口が主催する「ポクポン教」に入信。


「ここに入れば、全ての煩悩を捨てられる。そして、永遠の幸せが手に入るのだ」


俺は、谷口の言葉を信じていた俺は、そのまま谷口が布教するポクポン教に入信した。しかし、ある日突然俺は顔も知らない女と宗教によって勝手に結婚させられる事になった。


「これはどういう事だ?こんな話は聞いていない!」と谷口に尋ねた。


すると、谷口はこう答えたのだ。


「男と女は脆く儚いものだ。女は変に男を信用しようとするし、男は呆れるほど下手くそな裏切りを平気です。


つまり、人間は愛とか恋とか下手に感じた上で、結婚しようとするから裏切りが起きるし、逆恨みもするのだ。


最初から何もない所からのスタートなら、そんな感情も起きないし平和で暮らせる筈なのだよ。


永遠の幸せとは。人や物に執着しないことから始まるのだ。


三谷。

お前は、俺の実験台一号として。


まずコイツと今から集会で愛し合うのだ!」


俺と見知らぬ女は、訳もわからず全裸になり、


信者1000人が見守る中、

信者達が賛美歌を歌う中で、


10回戦やらされたのだ。


「谷口・・も、もうアレ出ないっす・・」


と言えば、信者達が精力剤を渡して「もっとやれ!もっとやれ!」と野次を飛ばした。


最上階には、セレブ達が片手にワイン飲みながら、ニヤニヤしながら俺たちの行為を閲覧した。


谷口は、恐らくあのセレブ達から高額な閲覧料を巻き上げ資金にしていたのだろう。


俺は、気がおかしくなりそうだった。


女の顔も、特別ブスでもないが、正直好みでもない。というか、「お前、誰なんだよ」という感じの女だった。


そんな女相手でも、男は性欲と穴さえあれば出来てしまうんだなという事実に恐怖を覚えた程だ。


やがて、女は俺の子供を妊娠した。年也の誕生だった。しかし、そもそも女の事を全く愛していなかった事もあったせいか、息子なのにずっと息子として愛せなかった。


息子の年也が、自由な事を見つければ見つける程に腹が立った。俺は自由を奪われたのに、なぜお前は自由に選択をし続けるのかと・・・。


その度に、俺は年也の夢を壊し続けた。年也が目をキラキラを輝かせて生きる喜びを見つける度に、俺はまるで全てを破壊するかのようにボコボコに殴り続けたのだ。


親は、子を思う事が当たり前である。


自らを犠牲にしてでも、子の将来の為を思う。


ガムシャラに働き、子の教育の為なら、お金は糸舞わない。


俺も、そういう親になっていくのだと思っていた。


しかし、実際に子供が出来た所で。


どうやって子供を愛したらいいのかわからなかった。


ある日突然、知らない女と大勢の民の前で契りを交わすように促され、


教団員達が賛美歌を唄う中、


交尾して生まれた年也は、「神の子」として崇められるようになった。


教団員の間では、年也の頭を撫でると幸せが舞い降りるといわれ、


年也のお小水を飲むと不治の病も治るといわれ、


年也の糞を燻製にしたものを袋に入れて持ち歩けば、


前世のカルマを払拭出来るといわれていた。


集会にいくと、年也は教団員達に囲まれ、


「年也さまぁぁぁ!」と、涙を流して尊まれるのであった。


右も左もわからぬ年也は、ニコニコと笑うしか術がなかった。


しかし、俺自身は年也の存在自身を心の何処かで認められなかったのだ。


そして、妻の存在は、もっと認めたくなかった。


妻は、元々教団員達から「清めの儀式」と称して日頃から輪姦されていた。


そこそこ美人だったが、少し頭の可笑しい女だった。周囲からは、よくメンヘラと揶揄されていたらしい。


小さい頃に、レイプされた過去があり心に傷を抱えていた。


そんな中、教団員に「体を清めることで、あなたの体はまた一からスタート出来るのです。」と促され、全裸にされて塩を巻かれたそうだ。


そして、「毒抜き」という儀式でブリーフ一丁のオジサン教団員達から塩マッサージを始められ、そして訳も分からぬ間に、気がつけば回されていたそうだ。


その「お清めのビデオ」は本人の知らぬ間に高額取引で売買されていたというのは、他の教団員から聞いた。


しかし、ある程度の年齢が来た女は。


とうとう教団員のオモチャとしても、用無しとなった。そして、最終的に、俺に充てがわれたのだ。


教団員達からは、「お清めの儀式を続けてきたから、こうしてイケメン成功者と結婚出来た」という謳い文句で、女は唆されていた。


また、この話題を広告塔にして味をしめた教団員達は、次から次へと若い美女達を騙して信者にしては、オモチャにしていった。


そんな風に騙されてきた女だったのに、何故か年也の婚約者が、教祖の谷口により勝手に決まった途端、突然激しく反対を始めたのだ。


あんなに、教団の話に心酔し、逆らうことのなかった女だったのに。


俺の洗脳が溶けたのは・・・。そして、この女に始めて同情なのか、恋なのかわからない感情が芽生えたのは丁度この頃だった。


しかし、この女を好きになるという自分自身が俺の中で許せなかった。認めたくなかったのだ。


俺は、谷口に


「妻が、年也をお前の娘の許婚にするのを嫌がっている。この話は、なかった事に出来ないだろうか?」


と、交渉した。


すると、谷口は俺に向かって激しく叱責したのだ。


「誰のおかげで、お前のビジネスはこんなに成功したんだ!」と・・。


俺の知らない間に、妻は谷口の陰謀により誘拐されて何処かに消えてしまった。


思い通りにならなければ、思い通りになるようにする。


そのためには、どんな手段も糸舞わない。それが、谷口だった。


残された年也を、俺は愛そうと何度も悩んだ。

しかし、その度にどうしていいのかわからずに。


「神の子」と周囲に崇められているアイツを普通に抱きしめる事も、普通に夢を与える事も出来ずに。


自分の不甲斐なさで、一杯一杯になりながら。ただ、年也を殴ることしか出来なかったのだ。


俺は、カズを撃った後。

フラフラしながら家路についた。


しかし、家路に着くと。

家の前に、誘拐されて消えた筈の妻が立っていた。


妻の明美の体は痩せこけ、服は何年も同じ服を着ている様子で汚れていた。


明美の周辺からは、激しい異臭が漂っていた。おそらく、風呂に入っていないのだろう。


痩せこけた体で、ガタガタに震えながらも。何とか、その場に必死で立ち尽くしていた。


「明美・・。一体今まで、何処でどうしていたんだ・・?」


こんな時。

俺は、明美を抱きしめて涙を浮かべるべきだろうか。


これが、旦那としての役割なのだろうか?


しかし、そんな感情すら沸き上がってこなかった。


元々、俺はこの女に愛情など微塵も無かったからだ。


「たすけて・・助けてください・・」


と言って、俺を見るなり明美は泣き崩れた。


明美に、一体今まで何処でどうしていたのか聞いてみた。


どうも見知らぬ団体に、ある日突然誘拐された。


訳もわからず、気づけばヤクザに売り飛ばされ、風俗店で働かされたそうだ。


元々、ポクポン教の教団員に輪姦されている日常だったので、その辺の事に対して既に抵抗感が無かったそうだが、


それでも、流石にヤクザに無理矢理注射を打たれ続けて、幻覚を見ながら脱糞姿を見世物にされたり、

気に食わない事があれば暴力を振るわれる日々だったそうだ。


そのせいか、体の至る所に痣が沢山見え隠れしていた。手首には、無数の根性焼きやリスカの後もあった。



明美は、何故此処までの生活をさせられなければならなかったのか・・。

何も、悪いことなどしてないというのに。


正直、明美の身の上話について。

人並みに、同情はしたと思う。


しかし、だからと言って。


これから先、彼女を守ってあげたいとか思うかどうかというと、正直わからないのだ。


というか、久しぶりに帰ってきた事に対して正直戸惑いすらあったのだ。


「かあさん・・かあさんなのか・・?」


年也が、明美を見るなり驚いた表情を見せた。


年也は、まだ小さい頃に母と生き別れているから、


明美の事など覚えていないと思っていたが。覚えていたのか。


そして、泣きながら明美に駆け寄り抱きしめたのだ。


「かあさん・・かあさん・・!ずっと、会いたかった・・」


泣きじゃくる息子を目の前に、

俺は複雑な思いを抱えていた。


俺の妻。息子。

本来なら、愛すべき存在である。

そして、感動の瞬間の筈なのだ。


しかし、俺は今この二人が如何の斯うのよりも、カズを撃った事に対する罪悪感で、胸が一杯だったのだ。


ずっと邪魔な存在だと思っていた筈なのに。


いざ、撃ち殺してしまったとなると。

どうしようもない恐怖感に襲われた。


生まれて初めて、人を撃ってしまったのだ。それも、かつての親友だ。


俺に、人間としての感情は、まだ残っているのだろうか?


もし、この世に神様が本当にいるのなら。

どうか、本当の事を教えて欲しい。


今の俺は、もう神も仏もこの世にないと思っている。


俺への洗脳は、既に溶けていた。

妻の誘拐事件から、谷口への信頼など既に無かったのだ。


しかし、俺はそれでもポクポン教を信じ続ける人間を演じ続ける義務があったのだ。


教祖である、谷口の支援により今の企業は助かっている。


三谷コーポレーションの明るい未来の為には、俺は教団員であり広告塔として活動する必要があるのだ・・。


本当の俺は、何処にある?


なぁ。神よ。

本当に、もしいるなら教えて欲しい。


俺の、意思は何処へあるのか。

俺は、何処へ向かっているのか。

俺に、心はあるのか。


妻と、息子を。

俺は、愛する事が出来るのだろうかと。


息子の年也は、妻の明美が帰ってくるなり献身的に看病を始めた。


「ありがとう・・。年也。

ずっと、放ったらかしにしてごめんなさい・・。ずっと会いたかった・・。」


「母さん。


俺、母さんを。


こんなボロボロの体にした奴等を許せない・・。


俺、まじで倒しに行きたい!

そいつら、何処にいるんだよ?!」


「年也・・駄目よ。


貴方一人で太刀打ち出来る輩ではないわ・・。


母さん、何とか隙をみつけて命からがら逃げてきたの。


母さん。今までずっと信じていた事があったの。


一番人生で辛くてどうしようもなくて、死ぬことしか考えていなかった頃に。


私を救ってくれた人がいたの。それが、谷口教祖様だった。


ポクポン様という神を信仰すれば、辛い過去を捨て去る事が出来、永遠の幸せが手に入るんだよと。


私は、ずっと信じてきたの。


だから。どんな事があっても、逆らうことはなかった。


ポクポン様の教えの通り動き続ければ、必ず幸せになれると信じていたの。


そんな私がね、ポクポン様に唯一逆らったのは貴方を、奪われるかもしれない危機に直面した時だった。まだ小さな貴方に、許婚を勝手に決められた時だった。


私の事は、どんなことがあっても許せたけど。貴方の事だけは、許せなかった。


ポクポン様の信仰に逆らえば、祟りが来るぞと脅され。私は誘拐されて、売り飛ばされたの。


年也。大切なのは、自分を信じることよ。

貴方には、私のようになってはいけない・・。


幸せは、自分で選択するの。

自分の力で、運命を切り開くのよ。」


明美は、年也に何度も言い続けた。

此処まで来るのも、ほぼ残った体力を振り絞っての事だったのだろう。



しかし、何度もクスリを打たれていた為。

幻覚症状に苛まれる日々が続いた。


「青い人がぁぁぁ!青い人が来るうぅぅ!」


「母さん!大丈夫だよ!しっかりして!俺がついてるから!」


こんな日々が続いていたが、此処でかくまっていても明美がヤクザに見つかるのは時間の問題だっただろう。


年也の献身的な看病も虚しく、明美はクスリ中毒で、そのまま帰らぬ人となった。


年也のポクポン教へ対する恨みは、極限へと達した。


「父さん・・。俺は谷口教祖を許さない・・。何が信仰だ・・。何が神だ・・。


人の弱みに漬け込んで・・人生を無茶苦茶にして、人殺しといて・・。


ポクポン教は悪魔だ。神を名乗る資格など無い!


何が「神の子」だ。昔から、正直気持ち悪くて凄く嫌だったんだ。トイレにいかせずに、人前でオシッコさせられ。


皆が、それを飲んで「これで病にならないぞ!」とか本気で信じてて。


俺の尿を飲んで健康になるとか、

もはや、変態思考にも程があるよ!


完全なる、谷口教祖の趣味じゃないか!


俺は、絶対にあいつを許さない!」


「辞めろ・・。辞めるんだ!


俺が、どんな思いをして今まで谷口に融資して貰っていると思っているんだ!


全ては、三谷コーポレーションの反映と。

お前に苦労させない為じゃないか!」


「違う・・違うよ!


父さんは、結局。

自分が、可愛いだけなんだよ!


会社と自分を守りたいだけじゃないか!殴りたいなら、殴れよ!


ほら、いつも思い通りにならないと殴るじゃないか!」


いつもなら。

思いきり年也を殴っていた筈だ。しかし、年也にこうして反抗されたことも始めてだったし。


こうして、誰かを思うことが出来る年也を純粋に羨ましいと思ったのだ。


そうだ。俺にだって。昔は、こんな感情があった筈だ。一体、何処で置いてきてしまったのだろうか・・。


気がつけば、事もあろうに。俺は、その場で泣き崩れてしゃがみ込んでしまった。


「父さん・・。」


年也は、そんな俺を無言で抱きしめた。

年也の瞳には、涙が浮かんでいた。


年也すまない。こんな、不甲斐ない父を許してくれるのか。俺は、お前に夢も希望も与えずに暴力で支配してきた。そして、人も殺してしまったのだ・・。


俺の中でも、ようやく始めて「こいつを守りたい。」という心が芽生えた瞬間だった。


終わった過去は、もう元には戻らない。


進んでゆくのは、未来だけだ。


どんなに後悔したとしても、

人生は立ち止まる事を許さないのだ。


しかし。

人生もしやり直せるなら。


ポクポン教の谷口と出会う前から、

もう一度やり直したい。


当時の婚約者だった、美咲にもう一度想いを伝えたい。


カズに、嫉妬や憎悪など抱かずに。

もう一度、友情を築きたい。


死んだ妻の、明美の過去も。

どうにか、救ってやりたい。


明美が、レイプされる前に戻って、俺が助けてやりたい。


別に、この女に対して愛など微塵もない。しかし、長年こうして夫婦にでもなっていれば、どんな相手でさえ僅かな情が生まれてくるのなんだなと思った。


もし、この願望が全て叶ったなら。

きっと、未来は変わってしまう。


そしたら、息子の年也は消えてしまう。

俺は、明美と結婚することが無くなるのだ。


俺はポクポン教に入信しないし、


明美も、あの時レイプされなければ。

心の傷を負って、ポクポン教に入信することも無かった筈だ。


それでいいのか?


いや、しかし・・結局。


年也を、俺は不幸にしてしまっている。


いっそ、俺と明美から産まれなければ良かったのではないだろうか?


俺は、年也を抱きしめながら思ったのだ。


結局、俺の周囲の人たち。

誰も幸せになどなってないではないか。


これは、全て俺のせいなのか・・。


それとも、運命の仕業か?

いや、やはり俺のせいなのか?


俺は、不幸の理由を。

全て、運命に責任転嫁してるのか?


そんなに最低な男だったのか?


わからない・・。

わからない・・。


すると。


俺の頭に突然、ズシンと大きな頭痛がした。


ポクポン教に入信した頃から、少しずつ小さな頭痛に悩まされていたが、ここまで大きな頭痛は、今までなかった。


い・・・痛い・・・。

た・・・助けてくれ・・・。


微かに「父さん、父さん!」と、叫ぶ年也の声が聞こえる。


しかし、強烈な目眩と吐き気に襲われ、


俺は、意識を失ったのだ。


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