第7話 フェスティバル
やがて、俺は気がつけば毎日のようにカズ叔父さんの所へ行った。
カズ叔父さん、居る時は小春、小春がいない時は妹の小夏に踊りを教えて貰った。
小春がいない時が多いのは、どうも小春は勤務中のキャバ嬢の営業等で、時々不規則にいなくなるからだった。
時は2013年。
女優業の主役級は、正確な演技が出来てパーフェクトな風貌が作り込めるアンドロイド女優が占領していた。
学校も中卒で行き場がない小春は、生活費と女優業へのチャンスをGETする目的も兼ねて、大物芸能人も来ると噂のキャバクラに勤めていた。
大物芸能人が来れば、体を張って営業を仕掛けていたそうだが、それでも来る話に美味しい話など来なかった。
売れない芸人の下のカキタレ勧誘、「牛乳浣腸」というスカトロビデオのお誘い。コネも何もない女が、どう足掻いた所で美味しい話など来なかったのだ。
それでも、小春は夢を諦められなかった。変な話は断り続けたとはいえ、僅かな希望にすがり付いて夢を追いかけ続けていた。
小春に「変な話ばかり来るから、もう女優になるなんて思わない方がいいんじゃないの?今なんか、人件費削除の為にドラマも映画も人間の女優使わない訳だしさ」というと「夢は、諦めないで行動し続ける人しか叶わないのよ。私がここで諦めたら、ずっと夢は夢のままで終わっちゃう。大丈夫。一生懸命生きていれば、行動を続けていれば・・・。私が腐らない限りきっとチャンスは巡ってくるはず」と答えた。
しかし、この声はどこか力ないようにも思えた。本当は、何度も羽を休めたいけど負けず嫌いな性質上羽を降ろせないのかもしれない。
そんな小春にとって、踊りを踊っているときは唯一嫌な事を忘れられる瞬間なのだそうだ。
「踊りを覚えている間はね、本当に楽しすぎて無我夢中になれるの。楽しいって、どんな辛さも跳ね除ける事ができる魔法よ。
最初は振りを覚えるのに苦労するかもしれないけど、やがて少しずつ振りが体に入るようになれば自然と体が動くようになるし笑顔にもなれるから。」と、小春は言った。この時ばかりは、キャバクラ勤め帰りの疲れも吹き飛ぶ笑顔で、踊りの力の凄さをヒシヒシと感じた程だ。
俺も練習中は、そんな小春の気持ちが痛いほどよくわかるようになった。
日常の嫌な事も、親父との事など。嫌な事を、全て忘れられた瞬間だった。
「趣味などするな。くだらない。お前の将来になど、何の役にも立たぬのだ」
親父は、その台詞を言うたびに俺から夢を奪い取り続けた。しかし俺は、家の誰にも気づかれぬ様コッソリ趣味に邁進していったのだ。
踊りが上手く出来なければ、「違うよ。もう一回」。少しでも上手くなれば、「凄い凄い」と褒められる。
その繰り返しだったけど、いつか小春が振っていたような素晴らしい踊りがしたいという思いがずっと疼いていた俺は、その思いだけを胸に練習に通い続けたのだった。
やがて、カズ叔父さんが
「なぁ、おめえの親父が今度主宰する三谷フェスティバルに出場しないか?
優勝したら、賞金100万円だ。暫く生活費も助かるし。
それと。オメエ。親父に、お前の今の趣味を見せつけたらどうだ?お前が、アンドロイドなんかに負けないような素晴らしい演舞をするんだ。
上手い下手じゃない。とにかく、一生懸命その日の為に必死で練習するんだ。そうすれば、心を打つ演舞が出来るから。
そのために、ただひたすらガムシャラにやるんだよ。
そしたら、もしかしたらオメエの親父。
認めてくれるかもしれんじゃん?あいつだって、昔は踊り子だったんだよ。
ただ、あいつにも色々あってさ。
あんな風になっちゃったけど・・。
それを見て、あいつの中の何かが変わるかもしれない・・」
しかし、俺は首を横に振った。
「無理です・・。
俺の出来が何だろうが、思い通りにならなければ、全てを全否定する親父です。
それに、あのイベントは・・
いつもフェスティバルの先に、全ての結果を親父が決めています。
結果は全て、親父がスポンサーとして資金援助してもらっている企業のアンドロイドチームが選ばれるようになってます。つまり、あのフェスティバルは全て出来レースなんですよ。
しかも、向こうはアンドロイドで大量生産されたダンスチームです。アンドロイドには、すべてのアンドロイドの振りが完璧に揃うようにロムが組み込まれています。
その為、大人数のアンドロイドが一糸乱れぬ動きは圧巻です。俺達の少人数では、到底太刀打ち出来ません。
俺達が、どう足掻いても無駄です。賞金は貰えません。
此処で、コッソリ練習しているだけでも俺は楽しいです。
だから、このままでいいです。」と、俺は言った。
「オメェは、本当に夢のない奴だな。
なんで、最初からいつも○○だから駄目だ。とか、○○だから無理なんですとか。
駄目だ。とか、無理だ。
とか、やりもしないのに、最初から可能性を潰すような事を言うわけ?
最初から結果がわかりきったイベントだなんて、とうの昔から知ってるよ。
俺たち、一体何年この業界で踊ってると思う?
わかっているからこそ、少人数でも頑張ってさ。壁をぶち壊してやりたいの。」
と、カズ叔父さんは高らかに笑った。
俺には、この人の気持ちもよくわかる。
大体、最初から全て仕組まれたイベントだなんて馬鹿げてる。
出来ることなら、俺だって覆してやりたい。
でも、無理なのだ。
上手く踊れたとか。
人を感動させたとか。
今、この世で大きく評価されること。
それは、そういう事ではないって事だ。
でも、俺は。そういう小さな事こそ大事なんだと思っている。だから、あえてあんな所に向かって挑まなくても良いと思っていた。
「俺は・・そういう話なら、辞退します。
多分、父親に見つかってまたビンタされるだけです。
「くだらない趣味など持つな」と暴力を振るわれるだけです。
もう、そういうのは嫌なんです。」
と言って、俺は踵を返した。
そして、頭の中をグルグルさせながら携帯を弄った。
本当は、そのイベントについて調べようと思っていたのだが、
ネットのトップページに登場してきた、
女優の谷口アキコがドアップで写し出された。左右対称の完璧すぎるほど美しい女性だが、あまりに不自然すぎてどこか僕の苦手なアンドロイドのようにも思える女性だった。しかし、演技がアンドロイドよりも幾分劣る為、ドラマに出ると「ああ、いま人間の女優が出てるな」と感じるくらいだった。
TVの女優には、さほど興味が無かったが谷口に至っては年々あまりにも顔が変わるので、「こいつ、絶対整形だろうな」という理由で覚えていた。
また、俺の親父と同じポクポン教の広告塔信者として有名な芸能人だった為覚えていた。
何処かで聞いた名前だな、といつも思っていたが・・・。
谷口アキコ・・・
谷口明子・・・
谷口硝子繊維の・・・
思い出した・・・。
俺の、婚約者だ・・・。
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