第6話 まさかのデビュー?

「誰このイケメン?私知らない男なんだけど。」


と、小春がカズ叔父さんに尋ねると、カズ叔父さんは、


「ああ。こいつ、俺の親友の子供でさ。昔一緒によく遊んであげてたんだ。

さっき、そこで久しぶりに再会したんだよ。懐かしいから、家に連れて来たんだ。


そうそう。こいつ、お前の好きなお金持ちなんだぜ?三谷コーポレーションの次期社長だよ!」


と言うと、途端に小春は目をキラキラさせて、


「えぇーっ!本当なんですかぁ?

三谷の社長とはどういう関係なんですかぁーっ?」


と、敬語AND甘え口調に豹変して俺に尋ねてきた。


気がつけば、目をウルウルと潤ませ、俺の服の裾を摘まんでチョンチョンと小さく引っ張るという、小賢しさだった。


「あ、ああ・・・。あのう・・・僕は、息子です・・・。ただ、僕には許嫁がいますから・・・。」


というと、「チェッ。なんだ。つまんね。」


と、舌打ちした途端にこれまた豹変するDQNぶりだった。ここまで屑だと、清々しいな。とさえ思った。


確かに妹の小夏より、姉の小春の方が小悪魔要素のある妖艶な雰囲気がある。


決して、綺麗とか整った顔という訳ではないがキュッと上がった目尻いっぱいにきつく引かれたアイライナーが色っぽく、クルクルと回る表情は何処か人を惑わす女狐の様だった。


小夏は、この光景を少し遠くで何も言えずに見守ってる様な雰囲気の女だった。小春が太陽なら、小夏は月といった感じだ。


きっと、この妹はいつもこうして、積極的で言いたいこと全部その場でハッキリ言う姉に少しずつ遠慮しながら生きてきたのだろう。


「ねえ、あんたんとこの親父さぁ。

ポクポン教の広告塔じゃん?

もしかして、あんたも何か宗教とか信じてたりする訳?」


と、小春は言った。


そして、俺の肩に自分の腕を図々しく乗せてきた。何処までも厚かましい女だと思ったが、ほんのりいい香りがしたのでイラッとした気持ちが少し消えた。ただ、もしかしたら物凄く俺の苦手な女かもしれない。


「確かに、家には小さい頃からポクポン教の会報が毎月届きました。


俺は、それを読んでずっと育ちました。


俺が病気や怪我で入院しても、

ポクポン教の教えで勝手に病院行けなくて、死にかけたことは何度もありました。


俺が入院した時、やっと親父が見舞いに来てくれた事があります。


涙が出るほど嬉しかったです。


でも、親父は全ての病室に「お前の為だ」といって、ポクポン教の新聞を配り続けました。


俺は、親父が帰った後、泣きながら「すみません。すみません。」と言って、全ての病室に謝りながら新聞を回収しました。


親父は、「大丈夫か」とは一言も言わず「もう大丈夫だ」と言って帰りました。


新聞を配って布教することが、俺の命を救うと本気で信じているキチガイです。


だから、俺は宗教嫌いです。


でも、親父の事は嫌いになれないんです。


あの人は、愛情表現が上手く出来ないんです。


俺と真剣に向き合う事が怖くて、宗教の力使って逃げてるだけなんです。」


やがて、そんな身の上話をしていると俺は自然とポタポタと涙を流していた。


小夏は、それを見て何故か知らないが貰い泣きをしていた。


小春は


「ちっ。男が、んな事で泣くんじゃねぇよ。おめぇ、男だろ。自分の信じたいもの位、自分でわかってんだったら、それでいいじゃねーかよ。


「親父が、親父が」って言い訳すんなよ。親父は、親父なんだよ。


悲劇のヒーローぶってる暇あるならさ。ほら、おめぇ 。うちらと踊らね?あ?てか、此処にきた理由ってうちらと踊りたいから来たんだろ?」


と、強引な事を・・・。って・・・えっ?俺が、踊る?


すると、突然カズ叔父さんに番傘を渡され「おめぇ、これ持ってみ?」と言われた。


え?踊るのに番傘?と、戸惑っていたら


「だから、その番傘持ちながら踊るんだよ。今から俺が振りつけてやるよ。」


と言い出した。


「あ、ごごごめんなさい。


なんか、もう。俺、そんなつもりじゃなくて。

ただ、ここに何だかよくわからないけどご飯食べに来ただけなんです。ほんと、ゴメンなさい!」


と言って逃げようとしたら小春に腕をガシッと掴まれ


「グダグダ言ってねえで、とりあえず踊れ。」


と、睨みを効かされた。


何だかよくわからないけど、どうやら俺。ホームレスダンサー軍団に、拉致られたみたい・・・。


カズ叔父さんは、小春に

「見本に、おめぇ。ちょっくら舞ってやれ。」と言い放つと、


小春は「えー、やるのぉ?私、今日さ。色々男達と出歩いて疲れたのよ。

こんな素人に見せる為なら、小夏でいいじゃん。」とゴネだした。


すると、カズ叔父さんは


「ダメだ。ここはオメェじゃねぇと。

最初に見せるのは、やはり一番良い物を見せてやらないと。」


と言った。


奥の方で、妹の小夏がグッと唇を噛んで悔しそうな顔をしているのを横目に、


小春は


「ったく。仕方ねぇなぁ。」


と言って番傘をクルクルと回したかと思えば、


突然、俺の目の前で演舞を始めたのだった。


小春の番傘をクルクルと動かす速度が余りにも早すぎて、


一体何が起きたのかは瞬時に判断出来ない位だった。


クルクルと回したかと思いきや、ピタッと止まって微動だにせず決めのポーズを取る。


その時の妖艶な流し目は、背筋がゾクッとする程美しかった。


まるで、さっきまでグダグダ文句言ったりクズ発言を連発していた女とは思えなかった。


まるで別人が憑依したような、見事な演舞だった。


たった一瞬の出来事だったが、余りの美しさに魅了されて声が出なかった。


「さあ。どうだ?」


たった一瞬の動作だけで、人の心をココまで鷲掴みに出来る素晴らしいモノがこの世にはあるんだ。


今、世の中はアンドロイド社会になり、

全ての文化がアンドロイドに支配されている。


しかし、アンドロイドでは小春のような味は出せないだろう。


こいつは、小さい頃からずっと俺の指導により練習してきたんだ。


この地は、地震とアンドロイド派遣による戦争などで、いつしか人々の笑顔は消えていった。


俺は、思うんだ。人間にしか出来ない事が、まだこの地には必要なんだって。


此処には、美しい文化が沢山ある。新しい文明を取り入れる事も大切だが古き良きモノを受け継いでゆくのも悪くない・・。


俺は、もう一度。

この地に天然の笑顔を取り戻したいんだ。


だから、こうして踊り続けてる・・。」


ぼんやり、カズ叔父さんは遠くを見て呟いた。


小春は、


「さあ、出来ないだろけど。あんたもちょっと真似してみなよ。」


と言って番傘を渡してきた。


いざ持ってみると、ズッシリと重くて番傘を開くのも一苦労だった。


「えっ、この傘を本当にさっき使って踊っていたの?物凄く軽そうに見えたのに・・。」


と、俺が言うと小春は、


「私だって。最初は傘の開け閉めだけでも3日かかったの。


さっきの数秒の練習だけで、私は一ヶ月かかったのよ。


フリだけなら、二週間で出来たけど、

形が気に入らなくてさ。


川面に写った自分の姿を見ながら、

何度も納得行くまで一秒一秒、


動作を止めては形を確認して「どの姿が、一番美しく見えるか」を研究したわ。


そうして、やっとココまで出来たんだから。私、天才って自分の事を思ってるけどさぁ。そんな天才の私だってこんなに時間がかかったのよ。


というか、天才と信じている人ほど、自分を天才だと信じるために物凄い努力をするんだよね。


どんな人でも、努力なしで出来ることなんてないの。」


という小春の顔は、何処か誇らしげだった。


俺は、ついさっきまでメンヘラDQN女と見下していた事を、直ぐに撤回したのだった。





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