第1話 片隅の危機

ある日突然、巨大な黒の建造物が現れた。

謎の建造物は日本、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、フランスの計六ヶ所に現れ、ある時は謎の生命体を生み出し、またある時は人類だけに有毒なガスを撒き散らしたりなど極悪なこと……はしなかった。

日陰が当たって洗濯物がよく乾かない程度のダメージしか人類は受けなかった。

しかし、とても大きなこの建造物を放っておくわけにもいかず、撤去作業が行われたが、どんなに傷を付けようとしてもこの建造物に傷一つ付けることさえ出来なかった。

いくら攻撃をしても傷の付かないこの建造物は人々から神の記念碑オベリスクと呼ばれるようになった。


そして神の記念碑が現れてから数ヶ月後、ある異変が発生する。

なんと建物の内部から赤子の泣き声が確認されたのである。撤去作業をする前に行った事前調査では生命体の存在は確認されていなかったのだが、調査すると十二人の生まれたての赤子がいることが分かった。

この赤子を政府は国の監視下に置いて研究を進めた。

その結果、赤子達には人間の常軌を逸した特別な力を持っていることが判明し、この赤子達を英雄達ヒーローズと名付けた。

英雄達がこの世に現れてから月日は経ち、22世紀になった現在、人類は英雄達の細胞を元に作り出した特殊な薬品を注入することにより、世界人口の約三割が異能を獲得することに成功した。

異能を持った人間は人類の新たな姿と既存概念を打ち壊す存在として改変者アルターと名付けられた。

改変者には英雄達では確認されていなかった以下の制約が存在する。


一つ目、改変者は自分専用の武器、起源武装バースギアを創造し、使役することが出来る。起源武装の多くは伝説や伝承を元にしており、絶大な威力を有している。

二つ目、改変者はイメージを自分の外側、世界に反映させることが出来る。例えば、時を止める自我反転を持つ改変者が時を止めることをイメージするとその時点で時計の針は静止する。つまり、自身に許された能力の範囲内でなら心の中の空想を現実に変えることができるのだ。世界の常識ルールへの干渉、それこそが改変者にのみ許された異能。その名も、自我反転アルターエゴである。自我反転にも様々な種類があり、能力の強度によってAからFまで分けられている。Aランクになると軍隊一つ以上の能力を有していて、英雄と同一視された。しかし、自我反転を発動するには解除式デコードといって、能力を解放させるための詠唱をしなければならない。その間に発生するタイムラグが改変者の弱点でもある。

三つ目、改変者は五百人に一人の確率でしかなれない特異存在で、改変者になれるかどうかは生まれてすぐの精密検査で薬品の適正があるか分かるようになっている。


上記三つを見て分かる通り改変者は人間ではなく化物だと言い切れる存在だ。

人の限界を超えた力を持つ改変者は世界にとって恐るべき脅威とも言える存在だが、同時に強力な国家戦力とも言えた。

そこで各国の政府は改変者を自国の戦力、並びに時代の英雄を誕生させる育成学校を設立した。

道行良仁が通っている蓋世学園もその一つで、広大な敷地と多数の著名な改変者を排出している有名校でもある。

そんな有名校に入学してから一ヶ月で殺された良仁は暗闇の中で目が覚めた。


「ここ……どこだ?」


確かに彼は雄大に心臓を撃たれてからトドメに脳天をぶち抜かれて死んだはず。だがこうして目を覚ましているということは生きているということなのだろう。


「それにしても不思議だな。なんでこんな真っ暗なところにいるんだ?」


疑問を口に出しても闇は答えてくれず、ただ良仁の独り言になるだけだった。

なんだか恥ずかしくなって何も喋らずに寝返りを打つが、ここであることに気がついた。


「ん? 待てよ。死んでも生きてる……ってことは、ここは死後の世界なのか!? 嫌だー!! まだやりたいことたくさんあるのに〜!!」

「節電で電気消してただけだ。マヌケ」

「あ、明るくなった」


騒ぎ立てる良仁を横目に白衣を着た色香漂う出で立ちのナイスバディといった感じの保険医? がドアを開けて入って来た。白衣の上からでもよく分かる大きな胸や、タイトスカートから伸びる黒ストッキングに覆われた足に自然と目が行く。


「うわぁ、エロい水先案内人」


見たまんまの感想がつい、口から零れた。


「本当に送ってやろうか? Fランク野郎」

「すんません、冗談ス。てかなんで俺のランク知ってるんスか」

「生徒の情報は全部頭に入ってるんだ。ド低脳」


淡々と毒を吐き、その迫力だけで何人か殺せそうな重圧を放つ保険医に良仁は無抵抗で心身ともに白旗状態だ。


「えーと、それであなた様のお名前は?」

「保月真白だ。見て分かると思うがここの保険医でお前を助けた命の恩人、というやつだ」

「あの、怪我は? 致命傷だった気がするんスけど」


自分の心臓付近を擦りながら撃たれた時のことを思い出す。

あの時は完全に死んだと思ったが今はこうして生きている。

その事実が良仁に疑問を抱かせていた。


「企業秘密だ」

「えぇぇ、マジすか……」


顔を逸らされて理由を説明しない態度を見て、何をされたか分からずにただ恐怖だけが残った。


「虫の息とはいえ心臓を撃たれて眉間も撃ち抜かれたくせによくもまぁ、即死してなかったもんだ。お前の自我反転はゴキブリなのか? ゴキブリ野郎」

「野郎でいいんでゴキブリはやめてもらえます!?」

「ピー(自主規制)」

「もっと酷くなった!?」

「ピー(自主規制)、ピー(自主規制)、ピー(自主規制)」

「失礼しましたァ!!」


真白の毒攻撃に怪我をしていなかった胃まで痛くなってきたので、ベッドから降りて足早に医務室から去ろうとする。


「おい待て」

「グエッ!?」


背後から襟を掴まれてヒキガエルみたいな声が出た。


「どこに行くつもりだ?」

「え、寮スけど?」

「嘘つけ。雄大にのところに行くつもりだろ」


途端に良仁の体がビクッと跳ねて引き攣った顔で真白の方を見やる。

どうやら正解のようだ。


「っ、なんであいつの名前を?」

「この学園で実弾系の起源武装を使うのはあいつだけなのと、学生のくせに的確に心臓を狙い打つ事が出来るのもあいつだけだからだ」

「ならなんで俺があいつのところに行こうとしてるのも分かったんスか?」

「お前が喧嘩屋ブロウラーだからさ」

「……知ってたんスか」

「結構有名だからな。入学早々絡んできた上級生をあの手この手で病院送りにして付いたあだ名が喧嘩屋。英雄とは程遠い名前」

「それは周りが勝手に!!」


真白の言葉に語気を強くして突っかかると、口に人差し指が置かれた。


「分かっている。お前が人を殴る時は必ず理由があるということぐらい」

「……あんた一体、どこまで俺のことを?」

「私は保険医だ。生徒のことを全て知った上で適切な治療をすることぐらい当たり前だ」

「先生……」

「大方、お前を殺そうとした奴に何か言われたんだろう?」

「あいつは、Fランクは全員こうする決まりだって言ってたんスよ。つーことは、あいつをこのまま放っておくと俺と同じFランクが全員殺されるかもしれないんスよ!! 俺は人間としての器は未熟で正義を名乗る英雄ヒーローでもないっスけど、知ってるのに何も出来ないってのは嫌なんスよ!!」


良仁の頭に雄大の顔が浮かび上がる。

感情の色のない白の顔はまだ頭の中に残っている。

思い返すだけで、手が震えてくるがこのまま自分と同じFランクの改変者を見殺しにすることも出来ない。


「ったく、そういうことなら止めはしない。その代わり、条件がある」

「条件?」

「私も連れていけ」

「はぁ!?」

「私も一応改変者だ。身を守ることぐらいは出来る」

「いやいやダメっスよ! これは俺の喧嘩なんですから助太刀なんていらないっスよ!」

「ていっ」

「アウチッ!?」


真白にデコピンをされて、頭が一瞬仰け反る。良仁が確認することは出来ないが額には赤い痕がくっきりと付いていた。


「ってぇ〜、なにするんスか!?」

「勘違いするな、私は見てるだけだ。私がすることはお前が万が一殺されそうになった時にお前を引きずってでも逃げるためだ。勤務時間外労働をしてまで治したのに死なれたら働き損だからな」

「まぁ、そういうことならいいっスけど」


真白の提案を渋々了承し、今度こそ医務室を後にした。

校舎から外に出て、深呼吸をする。

空は真っ黒に染まり、朧な月が微かに学園を照らしていた。


「で、どこに行くっていうんだ」

「あっ!?」

「あっ、てまさかお前、何も考えてなかったのか」

「さ、さーせん」

「もういい、お前の残念な頭は分かったから付いて来い」


ため息をついて呆れた顔で、真白は歩き始めた。


「付いて来いったってどこ行くんスか?」

「言っただろ、生徒の情報は全部頭に入ってるって。雄大と会わしてやる」

「うぇぇ、マジすか!?」


万能系保険医の凄さをしみじみと感じながら良仁は真白の後を追い掛けて歩き出した。

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英雄都市の喧嘩屋(ブロウラー) ライター @writerignite17

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