2-17 お風呂

 昨日までは僕はどちらかといえばお客様であり、お世話される側だったものだから、大勢でお風呂に入るのは初めてのことだった。


 浴室に入ってみて、僕はいきなりのぼせそうになった。

 中は女の人たちで溢れていて、それぞれが談笑しながら体を流し合っている。

 お掃除するときにはあれだけ広大に思えていたのに、今では狭さすら感じるのだった。


 天使の抱えた壺からお湯が流れ出している。

 僕はそれに触れて、湯加減のちょうどよさを知った。

 この屋敷には魔術師は居なかったと思うから、裏では誰かが懸命に薪を燃やしてくださっているのだろう。


「いらっしゃい。背中を流してあげる」


 目のやり場に困り、大げさに脈を打つ心臓と血管に戸惑いながら、ふらっと彼女に近づいていく。


「どうしたの、恥ずかしいの?」


 指摘されてしまうと、恥ずかしい気が増してきて、返事を返すこともままならない。これも、一つの試練なのかもしれない。


 彼女らにとっても、僕は珍しい存在なのか、七人がかりでわしゃわしゃと体を洗われ、泡だらけにされてしまう。


「それにしても、ご主人さまがあなたを放っとけないのはわかるんだけれど、まさか私たちと一緒に働かせるなんて」


「この子に庭師をさせるよりは、ずうっといいわ。見て、この華奢で綺麗な手。水仕事で台無しにしないでね。それに、お嬢さまも気に入っているみたいだし」


 僕は顔を上げたが、すぐに俯いた。

 お湯をかけられたり、全身をこすられたり、何をされているのかはよくわからない。


 じっと目を瞑って、されるがままだ。


「私、こんな弟が欲しかったなあ」


「家族みたいなものじゃない? 私たちって」


「そうよね」


 そんなことを言いながら、泡だらけの僕の頭をわしゃわしゃ揉みほぐすのだ。


「目が開けられないの?」と小さく笑う声がする。


「やっぱり、大きくなったらお嬢さまの秘書とか執事になるのかしら、あなたって」


「きっとそうよ。私たちの気持ちを一番よくわかってくれるはずだもの」


「こら、あなたたち、あんまりおもちゃにするんじゃありませんよ」この声はマーガレットさんだ。遠くから声を張っている。「一通り洗ったのだからもういいでしょう。こっちへ連れていらっしゃい」


 僕は恐る恐る目を開けて、視線の置き場に困りながら、滑る床の上を慎重に歩いた。


 最終的には彼女たちに手を引かれ、湯船の中に引きずり込まれたのだった。

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