エピソード3 日常への回帰 (#1~#4)

#1 コミケのゲージツ家たち




「ゆりかもめ」はあまり乗りませんが、やたら混雑していました。それがこの首都・東京という世界中見回しても類を見ない特異な都市の宿命なのでしょうか? どうにも波長のあわない輩を目にしなければならぬ、この鬱陶しさは何なのでしょう。スマホを黙々といじっている者や目を落として文庫本を読む者、そして単語帳をめくり小声で確認しながら勉強している「くぁわいい」制服姿の女子高生。これはよく見る光景ですが、そんな連中はここにはいません。


自分を支配している世界を語り合う感じ。いやに耳に残る変声期前のようなキーの高い声の主の方へちらりと顔を向けると、瞳が青く真白な毛髪のカツラをしていました。アヤナミとかアスカとかいう昔のアニメを未だにバイブルのように硬く信仰している輩がまだ存在しているのです。辺りはバステルカラーの毛髪の連中が半数以上を占めていて、迷彩服を着て、戦車に乗っている小娘がプリントされているTシャツを着ているたデブでハゲの男。度のきつそうな黒縁メガネをしたひょろひょろっとした体格で、ライトセーバーを持ったダースヴェーダーのTシャツを着ている男が、お互い同じ女のアイドルの写真がプリントされているうちわで扇ぎながら口を隠し、どこか話に角がある内容なのに、ククククク……カカカカカ……と論議に華やいでは笑んでいました。


「お宅の作品はまるで前世紀末のアメコミ臭さが抜けていませんねぇ」「いやいやそこが狙いなんですよ、だいたい最近の作品はセックスマイノリティーの性交をカリカチャライズしたものばかりじゃないですか。自由と平等なんてお題目である前世紀末の遺物の復興こそが来たるべきネオ・ルネサンスの本命ではないかと思いますが……」カカカカカ……




#2 オマイら鬱陶しいんじゃ! 




やたら甲高い声と吃音気味の尖ったような波形をとった不協和音が私の耳に届きます。スマホで「汗くせえ」と打ってツィートすると、寝るのを惜しんで一生懸命に書いた作品なんだお前にピュアな感情を逆なでする資格はないな、世界中から芸術作品と賞賛されている事実を知らないのか、オマエ・イチド・死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ……………………




#3 臭うやつらの嗅覚




来るであろうこのツイートのフォーマットは知っていたつもりです。この連中がどう反応するのか、この目で見ておきたかったのです。繋がりなど希薄なのであって、陰鬱で、虚ろで、そして疲労感が漂う「何か」を恐れている気がしてなりません。同調も反論も、お互いを傷つけないようにする、薄皮に包んだような行動規範とは、顔の見えないネット環境ではトヘドロで汚染されたような汚い言葉を使って、自殺にまで追い込むヤカラなんだと一方的に定義するのは私の邪推でしょうか。所謂日本人の美徳として、人を思いやり、モラルの高い民族だと世界から賞賛される民族の凶暴性は、ちょっとしたものの言い加減で敵意をむき出しにして襲いかかり、自らを賞賛されるときは丁寧に優しくふるまい、非難されるときは徹底的に、精神的にも肉体的にも、追い詰め、そのうえさらに追い詰めて、追い詰め尽くすことを厭わないこの国の「美徳」の裏を諳んじると、そんな感じがします。


「昨日の見た?」「見た、見た! まさに画期的な動画だったねぇ、終わりの始まり的な宿命、まさに世界の終わりを象徴する動画だね」「でもアレ、スカッドミサイルが飛んでいなかったとかいう情報はホントかな」「おぉ! いいところに気づきましたね。いやあ、私もそこに気づいてしまいましてねぇ、ちょっと創作意欲が増してしまいまして」「ほう、是非ご披露願いたいですねぇ。フフン」


「画期的な動画」「世界の終わりを象徴するの動画」「創作意欲が増してしまいましてねぇ」

いつ終わるか知れないまさにエンドレス。上ずった会話は未だ続いています。


「でもアレ、本当にテロなのかな、あんな小型の核兵器作れるのアメリカくらいじゃないの」


#4 無能なる、私のレベル




「小型の核兵器」「作れるの」「アメリカくらいじゃないの」


一応自分も検索したつもりしたが、ネットではもう様々な分析をしている輩たちで盛り上がっていました。私も指で何回もフリックして言い始めまで戻って流し読みしました。「デジタルネイティブ」と言われる若者にはかなわないな、と思いながらも、確かに盲点を突いていました。誰が作ったのか、どこの国の核兵器なのか、大いに疑問あり、です。すでに核戦争の戦略的意図について議論が始まっていました。


「やっぱ、妙だな。本当にテロなのか? アメリカの陰謀たったりして(笑)」

「確かに、戦場では使えないよ。味方も被爆しちゃうもん」


「これで『世界で唯一の被爆国』ってレッテルも剝がれたわけだ。これで日本の被害妄想から目覚めるかもな」


〉立てよ、国民!

〉世界初の被爆国っていうかもwwwwww!

〉たく、めんどくせー国!

〉アメリカの意図が分からんな

〉ハイル・ヒトラー! 

〉最後のあがきだな、これで中国がどう出るか

〉怖い怖い怖い

〉軟弱もの

〉キャンキャンキャン

〉セイラさ~ん

〉鶏か

〉犬じゃないよ、お人ぜよ


顔も見えないアカの他人同士が悪ふざけ、そうとしか思えませんが、時々何かの問題について声高に訴えているツィートを立てて、その中には興味深いコメントが呆れるほどスクロールしていきます。様々な兵器の知識や国家戦略やら国際的秩序やらを披歴して論じ立ててもいるのです。それが戦争の本質なのかとどうも違うような気がしてなりません。


私はまた以前のような優等生じみた種に戻っていきます。人が人と殺しあうという極限状態に置かれる恐怖に、誰も彼も「無」頓着なのです。戦争にしろ、核兵器にしろ、そのコメントには何かが欠けている。痛いとか悲しいとか、そして苦しいとか、そういう肉体的な傷みを、感情を表現する『言葉』が見当たらない。自分こそがすべてを知っているんだと言わんばかりの幼い遣り取りは、私にとってもうんざりでもはや聞き流すしかありません。私はスマホをしまいました。ネット上では今でもけたたましいかぎりの遣り取り嫌だねぇ。変節者か、分裂している、というか、私のいびつな精神構造は、私はこんな連中と生態系を生きることにバカバカしさに、暗澹たる思いに耽りながらも、嫌に苛ついていた私は、まったく救いがたいほどの羨ましさに溢れていたのです。

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