第5話

 僕はトラを捜索していた人たちに見つけられた。地元の人が捜索願を出してくれたらしい。しばらくテレビやニュースではトラになった男が人間に戻ったと騒がれた。どうやってあの崖に登ったのかと聞かれたが覚えてないと答えた。あたりにはトラの痕跡が多数見つかっており、遭遇しなかったのは奇跡だと言われた。療養のため病院に連れていかれた。親や友達には適当な話をでっち上げた。


 その日の晩、病院の個室のベッドの上でイヤホンをつけて彼の声を聞こうとした。何度再生しても唸り声のようなものしか聞き取れなかった。手元に残ったのは写真だけだった。最後の2人で撮った写真がないことはもう知っていた。朝日のせいでシャッターを押したがぶれてしまった。人にもトラにも見えない、黄色と黒の影だけ。


 彼が元に戻るためだとはいえ、研究対象はやっぱり嫌だ。僕がやってやりたかったが、今思えば彼を拘束したり暴れているのを見るのは辛い。ほっといてほしいと言った彼に苛立ったが、実際のところそうするしかないのだ。せめてもっと遠くへもっと生きやすいところへ。こんなファンタジーのような話を信じるものはいないだろう。僕もこの目で見たのに信じられなくて、彼を探した。今また僕は彼を探したい。見つかるかは分からないけど、どれだけ時間がかかるかもわからないけど。





 〇〇〇〇〇〇






「皆さんそれぞれ仲のいいお友達が怖い動物になったらどうするか、考えてみてね!」


「動物園に連れていったらいいんじゃない?」


「えー、うちにげる!怖いもん」


「話したいのかもしれないじゃん」


「お、連れてってくれるんだね?トラさんは怖いんだよ、がおー!って襲ってくるんだよ?」


「オリがあるからだいじょうぶだよ。1人じゃさみしいんでしょ?会いに行けばいいんだよ」


「優しいね。だけどこの人は友だちのトラさんを檻に入れたくなかったんだよ」


「やさしいね」




「ご家族の皆さんもせっかくですので、どうするのか考えてみてくださいね」



「あんたがトラになったらねえ…あの頃流行ったよね?これ絵本になってるんだね、うちに本あったよ」


「あたしも持ってるわよ。…ここだけの話ね?私これ書いた人と会ったことあるの」


「うっそだー?研究煮詰まると山に出かけて写真撮ってる先生だよ?あんた山登りなんかしてたっけ?」


「してないしてない。若い頃、私がまだ夢追っかけておたんこナースだった頃にね」







 〇〇〇〇〇〇





「眠れませんか?」



 ギョッとした。巡視の看護師さんだ。ペンライトの眩しさにあの一瞬がフラッシュバックする。




「大丈夫ですよ」


「あの、私にだけ教えてくれませんか?あなたはトラだったんですか?」


「僕じゃなくて、友達がトラだったんです。僕はバカなのでトラになってしまった友達にのこのこ会いに行っただけですよ」




 本当のことを言ってみる。看護師さんは眠れない僕に付き合ってくれている様子で、そうだったんですねと聞いてくれた。僕は看護師さんに彼がどんな性格だとか、トラになってもこうだったとか話した、話しながらある思いを固めていく。



「で、トラの背に飛び移ろうとするとき目が合って、あートラって目も黄色と黒なんだなあって」


「怖くなかったんですか?」


「怖かったですよ、でもまあこれ全部作り話なので」


「あ、半分本当かもって思ってましたよ!よかったー」




 まあ全部本当だけど。




「面白かったですか?」


「いえ、怖かったですよーとてもリアルで。ここにトラは出ないのでゆっくり休んでくださいね」



 そういって彼女が出ていって足音が去っていく。僕は今までの出来事を小説にすることに決めた。彼にそのことをもし伝えたらバカじゃないのか、やめろと言われるだろう。バカじゃないからやめないと言ってやろう。写真や音声で残らないなら、文字にする。










 黄色と黒の友だち




 彼はカメラを向けると僕に言った。



「俺を撮らないでくれ」

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