第19話 三谷

三谷君は、クシャっと笑った。少しタレ目で笑うと目尻にシワが寄って優しそうな雰囲気の人。


片桐君のようにヤンチャなイケメンタイプではないし、ヤンキーでもない。


塚本君は、どちらかというと特別目立つようなタイプの人ではなかった。

どちらかというと、静かに淡々とクラスに馴染んでいくタイプ。好かれすぎず、嫌われすぎない。毒にも薬にもならないタイプだった。

ただ、片桐君とは全く正反対のタイプだった筈なのに何故か仲が良かった。

片桐君は、いつも困ったことがあると必ず三谷君に相談していたと聞いたことがある。


「俺も、片桐とは長い付き合いだからね。あいつは、本当にどうしようもない奴でさ。

彼女出来ても、あっちこっちホイホイ行くもんだから・・。


マリコちゃんと付き合う事になったと聞いた時も、「やっぱり本当に好きかどうかわからない」と言い出してウジウジ悩むわ。浮気はするわで・・。


正直、大丈夫かな?と、思っていたんだけどね。本当に、こうして二人の晴れ姿が見れて僕も感慨深いものがあるよ。」


と言って、三谷君はニコニコと笑った。


私は、特別他の参列者と仲良かった訳でもないので女の子達と話す事も無かった。

勿論、仲が悪かった訳では無い。ただ、特別話したい人もいなかった。


いざ話した所で、マリコの周囲の女達は性格が悪い女が多いから話したいとも思わないのだ。

普段は愚痴や悪口ばかりの癖に、表面的には人を褒め称え合う女たち。本当は、心ではそんな事全く思っても無いくせに。みんな、結局は自分が一番なんじゃない?

そんな光景を見る度に、私は胸糞悪かった。だから、群れから少し離れてぼんやり俯瞰してることが多かった。


結婚式の間は、ずっと三谷君と一緒に行動することが多かった。

披露宴のテーブルも、何故か三谷君と隣の席だった。

片桐君が、私と三谷君をくっつけようと仕組んだのだろうか。なんて、余計な事を考えてしまう私は捻くれてるのかな・・。


マリコのお色直しは、ピンクでフリフリの可愛らしいドレスだった。華奢で色白の彼女によく似合っていた。


「マリコかわいいーっ!」

「ほんと、綺麗っ!」


と、女たちはこぞってパシャパシャとカメラのシャッターを押しつづけた。

この女たち。いつもマリコの前ではお膳立てする癖に、いなくなった途端にマリコの悪口ばかりだった。


「あの女さぁ。本当、計算高いよねぇー。どうやって片桐君に取り入ったのかしら?

顔だってよく見りゃブスじゃん。片桐君みたいな超絶イケメンには、勿体ないよね。」


「ほんと!片桐君なら、もっと可愛い子ゲット出来たよね!」


「わかるー!でも、ヤリチンすぎて可愛い子には飽きたのかもよー!可愛い子と遊びすぎてブス専になったんじゃない?」


「しかも、親友の咲子にはずっと教えてなかったんでしょう?酷いよね!


咲子がずっと片桐君にラブレター書いてるの知ってたから言えなかったとか言ってたけど。そんなもの、ただの言い訳!


そんなもん、いつかバレるに決まってるんだからさぁ。


本当に、親友の事を思うなら最初から言うべきじゃない?」


マリコのお祝いを買いに行く為に集まった女子会の会話は、それはそれは酷いものだった。このメンバーが、全員挙式に参列すると思うと吐き気がした程だ。


女は、計算高い女や、自分たちの憧れだった男を手に入れた女にはいつだって厳しいのだ。

ただでさえマリコは計算高い所があった為、皆のボス的存在の割には不人気な女だった。


それでも彼女がずっとボス的存在でいれたのは、「本気で怒らせたら怖い」という雰囲気を何処となく漂わせていたからだろうか。


マリコのスッとした一重瞼は、よく言えばクールビューティーと取れるが、時折キッと睨みつけたような表情に見える時もある。

時折少し、人を嘲笑うようにクスッと笑う時もあった。


普段何を考えてるかわからない雰囲気が怖くて、誰もマリコに逆らえなかったのだ。


片桐君も、マリコも。一体何の為に何百万もお金を出して結婚式を行っているのだろうか。此処にいる人間が、必ずしも全員貴方達を祝福してる訳ではないというのに。


もしかしたら、本気で祝っているのは貴方達の家族、親族と。あと、私の隣の三谷君位かもしれない。


向こうのテーブルでは、酔っ払った男達が「いいぞ!いいぞ!片桐ー!やれやれー!」と、悪酔いしながら野次を飛ばしていた。

片桐君は少し苦笑いを浮かべ、マリコは動じずにニコッと微笑んだ。その微笑みが返って不気味だった。


「それでは、新婦マリコさんから。両親への手紙があるそうです!では、マリコさん。どうぞ!」


司会者のアナウンスにより、結婚式恒例の、「家族への手紙コーナー」が始まった。


「おとうさん・・おかあさん・・いつも、迷惑ばかりかけてごめんなさい・・。


私は、お父さんとお母さんの子供に産まれて本当に本当に良かったって思ってます・・。


本当に、本当にありがとう・・。」


マリコが、本当は腹違いの娘という事は伏せてあった。マリコの義母は、全くマリコの目を見ようともしなかった。

目を潤ませていたのは、マリコの父だけだった。


彼女はいつも、腹違いの妹ばかり可愛がる継母の悪口をボロカスに言っていた。


「あんな女、地獄に落ちて死ねばいいのに。あいつがパパをママから奪略なんてしたから、私のママは何処かへ蒸発していったの。

ぜんぶ、ぜんぶ、あいつのせい。あの女も、パパも。全て許せないわ。」


この結婚式は、全て嘘で塗り固められているように感じたのは私だけだろうか?


周囲からは、微かに啜り泣く音が漏れていたが、何故か全てを知ってた私は泣くにも泣けなかったのだ。


「やっぱ、結婚式行くといいなーって思っちゃうよね。俺も、結婚したくなっちゃったよ。」


三谷君は、ぼんやり私の隣で呟いた。そして、私の方をチラッと見て少し照れくさそうに頬を赤らめた。



披露宴が終わるなり、足早に帰ろうとした私を塚本君は、「ちょっと、待って。帰っちゃうの?」と、引き止めてくれた。


正直、一秒でも長く此処にいたくないと思ってた。ここにいればいるほど片桐君との余計な思い出を思い出してしまうし、マリコの周囲の本当の評判を知ってる私からすれば、女達の偽りの笑顔を見る度に吐き気がしたからだった。


「うん。もう帰るよ。」と三谷君に言うと、「えっ、何で?あんなに二人と仲良かったのに・・・。二次会組と合流しないから、不思議だなぁと思って。」と言った。


二次会組かぁ。そこに行った所で、退屈で気まずい時間がただ長引くだけだ。片桐君からすれば、私なんてとっとと帰って欲しいだろうし。


「あの、もしよかったら。この後、僕と飲みにいかない?


実は、僕も二次会組に合流せずに帰ろうと思っててさ。

行きたい気持ちはやまやまだけど、片桐以外の連中とは特別仲良くないし。


挙式や披露宴だけなら、まだいいんだけど。

一人で二次会参加はちょっとキツイなーって思ってて、パスしてたんだ。」


三谷君は、私に俯きながらボソボソと話をした。いつも大人しかった三谷君は、人の目を見て話すのが昔から苦手そうだった。


顔を真っ赤にして、目をキョロキョロさせながら言う三谷君を見て、「きっと、人見知りな彼なりに勇気を振り絞って声をかけたんだろうな」というのが伝わった。


私は「別にいいよ。」と言った。正直このまま帰って一人アパートで晩酌しても虚しくなるだけだ。

家に帰れば、連載中の官能小説の続きが待っているし、最近はジャンルを変えてホラー・サスペンス小説にもチャレンジするようになった。ジャンルを増やすことで小説を書く経験値を増やしていこうと思ったのだ。


小説を書いて、気を紛らわすのもいいかなと思っていたけど。でも、それはそれで泣けてくるかもしれない・・・。




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