第20話 突然のデート

丁度、今書いてる連載官能小説「貴方と玩具」が、片桐君との一ヶ月前に起きた一晩の出来事をモデルにして書いていた。


どうしても、彼の結婚式前までにあの時の事を自分の中で消化したくて小説にしていたのだ。しかし、書けば書くほど忘れられなくなるといった悪循環に陥っていた。


「貴方と玩具」は、コラムサイト「魔コリ」とのコラボ企画で、ネット上での連載だった。忙しくて本を読めない女子達に大人気で、ファンからの手紙が後を立たなかった。


「この男、本当にずるいなぁと思います。

いくら自分の事を昔好きだったからって、いつまでもキープみたいな扱いして、最後に味見して「幸せにできないから、ごめん」とか、最低すぎます!(30代女 )


「まずこの話ですが、ちょっと作者が自分本位に話を進めてる所があるなぁと思いました。

まず、こんな勝手すぎる男をヒロインの相手役にして果たして共感者が得られるのかということです。

でも、これは作者さんの挑戦なのでしょうか?それとも、世の中に都合のいい女が増えたのでしょうか?今後に期待します。(20代男)」


色々な意見を貰う事は、作家の私にとってもいい刺激になる。ひとつひとつの感想は、どれも大切だ。

しかし、現実社会で人との触れ合いや会話をする事は、小説にリアリティを生み出す事において更に大事になってくる。


人と他愛ない話をしている方が、ずっと気も紛れるし今後の小説のヒントにだってなるかもしれない。


「やったぁ。咲子さんと、ずっと飲みたいって思ってたんだ。あの頃は、なかなか話すら出来なくて・・。遠くから見てただけだったんだ!

やったぁ!」


三谷君は、嬉しそうに笑った。正直、これが片桐君だったらもっと良かったのに・・。と思ってしまった私は悪魔だろうか?


「咲子ちゃん、荷物重いでしょ?持ってあげるよ。車、向こうに止めてあるからさ。」


三谷君。車で来たんだ。いくら知り合いとはいえ、久しぶりに会った上に。そもそも、そんなに話したこともない男。すぐに、車なんて乗っていいものだろうか。と、一瞬考える。


もし、急に押し倒されて服を剥がされる展開になったらどうしよう?

こんな、虫も殺さないような大人しそうな男だって、結局は男なのだ。もしかしたら、羊の皮をかぶった狼かもしれない。


この人だって、AVとか部屋に沢山あるのかもしれないよ。

企画モノのハードなビデオだってあるかもしれないんだよ?ムッツリスケベかもしれないんだよ?

さあ? どうする?


うーんっと唸っていると、「どうしたの?」と心配されたので「い、いや何でもないよ。」と答えた。


三谷君と一緒に向かったのは、少し街から離れた古いBARだった。


「マスター、いつものバーボンロックで。咲子ちゃんは、何飲む?」と三谷君は私に聞いた。カクテルなんて、殆ど飲んだことがなくて種類すらわからなかった。

「あのう…お勧めって何ですか?私、お酒にあまり詳しくなくて…」と聞いたら、「お姉さん、お酒飲めるの?」と聞かれた。


「飲み会とか、あまり行ったことなくてお酒の種類とかわからないんです…。でも、少しなら飲めると思います。チューハイとか、女子会で時々飲んだことあるので…。」としどろもどろになっていると、


「じゃあ、女の子でも飲みやすいカルアミルクとかどうかな?チューハイ飲めるなら、飲めると思いますよ。

お酒飲む前に、ミルク系の飲み物を飲んでおくと胃に膜を作るから次のお酒も進みやすくなると思いますし」と、マスターがいうと「いいね!それで行こう!」


と、三谷君が指をパチンと鳴らした。


「この店、外れにあるからさぁ。地元でも、あんまり知られてないんだけど。

実はうちの妹が、昔ココで働いてたんだ。」


「えっ、そうなの?」


「ああ。調理師専門学校に通ってた頃があって。丁度その頃、妹がココでバイトしてたんだよね。


いつか、自分の店を持ちたいって言っててさ。修行にもなるからって言ってた。

あと、パリの店に修業する為の学費の為だったっけかな。」


 三谷君は、少し遠い目をして言った。「すごい!今は、パリにいるの?」と私が言うと「ああ。今は、学校で知り合った彼氏と一緒にパリに行ってるよ。将来は、一緒に店を出すんだってさ。」と言った。


 やがて、私の元に薄茶色の飲み物がやってきた。

少し飲むと、ほんのり甘くて飲みやすい。


「カルアミルク、飲みやすいでしょ?」と、三谷君は言ってニコッと笑った。

私は小さく「うん」と頷いた。


三谷君とは、殆ど話したことはないとはいえ何故か一緒にいても気疲れしたりする事が無かった。一応、学生時代の顔見知りという関係だからだろうか?

それとも、仲良しの片桐君が信頼している人だからだろうか?


 三谷君は、よくこのBARに片桐君と二人で来たそうだ。恋や仕事の話など、何でも話し合っていたそうだ。その話を聞いて、正直少し羨ましいなと思った部分もあった。

 もし、私と片桐君が同性同士だったなら。もっと腹を割って話し合える関係になっていただろうし。こうして気まずい関係になる事も無かったのだ。


「この関係を終わらせたくないから、お前とこうなっちゃいけないって。ずっと我慢してたのに」いつも、貴方は私にそう言ってた。

 だけど、関係を持ってしまった時点で終わってしまうような恋なんて。そもそも最初から何も始まらないだけなのだ。


 本物の関係ならば、関係を築けば築くほどにどんどん深めていくものじゃないの?


 正直、終わりがいつか来る事などわかっていたような関係。それでもすがっていたのが単なる自身の意地だってわかっているのに…。


「そういえばさ、咲子ちゃん達。いつも後ろに悪霊連れてたよね。

今日は、もう後ろに姿が無かったから安心したよ。」


えっ?悪霊?どういう事?私は、目を丸くした。


「ほら、いつも後ろに連れてた髪の長い女の人。でも、あの人確か最近まで雑誌に載ってた気がするんだよね…?確か、人気の官能小説連載してたはずだよ。

テレビドラマ化もされたし、映画化もされたハズ。

だから、生きてる筈なんだけど。それでも、その人にソックリなんだよね…。」


 まさか。月野マリア(幽霊)が、三谷君には見えていたの?どうして?


「どういう事?」もっと聞きたいことは沢山あったけど、すっとぼけた私。

月野マリアは、既に亡くなっている。しかし世間では、死んだ事になっていないのだ。

 元AV女優の天才官能小説家として浸透しているのだ。

しかし。実は私が、亡きマリアになりすまして小説を書いている事がバレたらマズイ…。


すると、三谷君の口から思いもよらない言葉が出てきたのだ。


「実は俺、小さい事から霊感強くてさ。今は、霊媒師の仕事してるんだよね…。」


「霊媒師・・?」私は目を丸くした。


「ああ。うちの家系、実は先祖代々から続く霊感強い家系なんだけどさ。


世間には素性隠して、親父も普通に企業のサラリーマンとかしてるんだよね。


副業で、時々霊媒師の仕事する事なす事あるんだけど。その時も、匿名で活動してる位だからさ。俺もそんな感じで、一応サラリーマンなんだけどね。


霊媒師ってのは、霊と対話する事が出来るんだけど。

咲子ちゃんの後ろにいた悪霊は、物凄く複雑な怨念を抱えててさ。


話そうとしても、一人の体から色んな人が出て来て話し合いが出来なかった。

恐らく、多重人格の幽霊なのかもしれないけど。」


多重人格。その言葉にドキッとする。私に憑いてた月野マリアは、確かに多重人格者だった。もしかしたら、三谷君は本当に見える人なのかもしれない。


「そんな事もあったから、凄く咲子ちゃんの事が気になってたんだよ。


片桐にも、その話を相談しようとしたんだけどさ。「何のこと?」と、しらばっくれるし。


悪霊が咲子ちゃんについてるといっても、「そんなこと、あるわけないだろ」と、信用して貰えなかった。」


三谷君、片桐君にも相談してたんだ・・。片桐君、そんな話一言も話してくれなかった・・。


「咲子ちゃんの後ろについてた悪霊は、本当に危険な霊だったんだ。


咲子ちゃん、時々その悪霊が憑依してた時が何度もあったし。もしかしたら、心の隙間をつかれて咲子ちゃんの体を奪おうとしてたと思うんだ。」


「えっ。私の体を?」


どういうこと?月野マリアは、私にゴーストライターを依頼しただけじゃなかったの?


私の事を信用してたからではなかったの?

私に作品を書いてもらう為に過去の記憶や作品のアイディアを提供してたわけではなかったの?


「ああ。そうだ。咲子ちゃんは優しいし、真面目な人だから困った人や霊が取り憑きやすい所があるんだ。


片桐にしてもそうだしさ・・。いい奴だけど、咲子ちゃんの優しさに時々甘えてるなーって思う所もあったからさ。


霊に関しても、そうだ。


咲子ちゃんに何かをお願いしてたのかもしれないけど、それをずっと君が信じて霊の言うように動き続けていたら、いつか体を奪われていた事になっていたと思う。


それを防ぐ最大の方法は、霊に負けない強い意志を持つ事。


咲子ちゃんの背後には、もう悪霊が見えなくなってた。片桐の結婚式で咲子ちゃんを見て、僕はホッとしたんだ。ああ、良かったって。


きっと、咲子ちゃんは霊に勝ったんだね。」


そうか。思い出した。5年前、私が月野マリアを追い出した記憶。「もう、私に構わないで。」と言ったあの日。


時折、「酷いこと言っただろうか」と、後悔する日もあった。作品が書けなくて悩んだ日は、月野マリアが憑依してくれたらこんなに悩んで作品書くこともないのにって思った事も何度もある。


だけど、それを思ったら負けだと思い直して。もう一度ペンを取りつづける日々を繰り返してた。


やっと、自力で評価されるようになった時は本当に嬉しかった。


勿論、私は「月野マリア」として作家を続けている。別の誰かを演じながら、作品を書き続けている。

勿論、マリアに全く頼っていない訳ではない。彼女のネームバリューもあるからこそ、作品が売れているという事も熟知している。


それでも、マリアの力を借りずに作品が書けるようになった事が純粋に嬉しかったのだ。

その選択は、間違いじゃなかったんだ。


「ただ、もし。咲子ちゃんにこれから先、心が弱くなった時。


また、その悪霊がやって来るかもしれない。それには、本当に気をつけて欲しい。


自分の体は、自分で守るしかないんだよ。

どうか、どんな時も気を確かに持って欲しいんだ。」


三谷君は、そう言って私の目をジッと見た。

まっすぐな瞳。嘘を言っているようには、到底思えない。


「うん、わかった。ありがとう。」と、私は言った。


「マスター、バーボンもう一杯。」と、三谷君が言う。「あいよ。」と、マスターが言う。


私も、「カルアミルク、私も下さい。」と続いた。「あいよ。」とマスターは言った。


「今日は、どうもありがとう。

咲子ちゃんと久しぶりに会えたし、沢山話すことも出来て嬉しかったよ。

もしよかったら、また会ってもらえるかな?」


三谷君の問いに、何の躊躇もなく「いいよ」と言った。


三谷君は、「おそくまで連れ回してしまってゴメンね。20時には帰れるから。心配しないでね。」と、車に乗った途端に伝えてくれた。

私の帰り際の事まで心配してくれるなんて。一人暮らしだし、別に私の帰りなんて心配する人なんていないし。気にしなくていいのに。何て優しい人なんだろう・・・。


振り返れば、いつも片桐君に振り回され続けてきた私。他に男っ気がなかった為、片桐君以外の男が一体どんなものなのかわからなかったのだ。


こうして、他の男性とデートをするってこんなに素晴らしい事なのか。私は、デートをするのは好きな人以外は意味がないし、時間の無駄遣いだと思っていた。


「ご飯に誘われたから」と言って、対して好きでもない男とデートを重ねる女の心理が全く理解出来なかった。


あの女は、デート出来れば誰でもいいのか?と、思っていた。


でも、三谷君とデートをして改めて気づいた事がある。それは、好きでもない男であれデートする事に無駄な事は無いということだ。

もしかしたら、デートする事によって良い所が見える事だってある。


それが重なっていけば、もしかしたら相手を好きになることだってあるかもしれないのだ。

このチャンスを自ら「好きじゃないから」と潰すのは、もしかしたら始まるかもしれなかった恋のチャンスを潰す事になりかねない。


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