第18話 過ち

薄明かりに照らされた暗闇の中。私たちは、抱き合った。特別、それ以上何をする訳でもない。ただ、無言で抱き合うだけだった。


やがて、片桐君の口から「グォー」というイビキが聞こえてきた。恐らく寝たのだろう。


私は、片桐君のイビキで全然眠れなかった。それ所か、片桐君はやがて寝言を言い出すようになる。


「なんで!なんであの時オマエは!なんでどうしてそうなったんだよ!俺になんで言わないんだよ!」


「サユリ!ごめん!俺が悪かった!

俺、そんなつもりじゃなくて!遊びとか、遊びじゃないとか!傷つけてごめんなさい!ごめんなさい!」


「我が日本軍はっ!日本軍はっ!恥なし!」


「インジョンシャンソンウェンソンダンソンオーウェンアンレン・・(北○鮮のアナウンサーみたいな話し方)」


片桐君は、睡眠中にも関わらずずっとペラペラ色んな事を話してた。

どうやら、一晩で沢山の夢を見ているようだった。


おまけに、片桐君の寝相はかなり悪く隣で寝ていた私は何度も殴られた。


「うおーりゃー!お前のせいだ!お前が悪い!」と叫ばれて顔をガツンと殴られたり、「必殺!かにバサミ!」と言いながら足を組まれたり。


もはや、睡眠地獄である。

こんな事が、これから先もずっとマリコには続くのか。

ただでさえ、落ち着きのない男とは思っていたが、まさかここまで寝相悪い男だったなんて。ロマンもムードも減ったくれもない。


正直、やっぱり私には耐えられないかも・・。


憧れや気持ちだけでは、人と人は結婚出来ないということなのだろう。

こんな彼の欠点を全て含めた上で、マリコは結婚を決意したのだ。


相手のイビキが煩い。寝相が酷い。

そんな事で、冷めてしまうようでは本当の意味で相手の事を好きというのとは少し違うのかもしれない。


この時に思ったのだ。

ああ。私はマリコには勝てないと。

もしかしたら、私は恋に恋していただけなのかもしれないと。


やがて、私は徐々に彼から距離を置いて寝るようになった。


しかし、片桐君のけたたましく大きなイビキや寝言は朝まで続いたのだった。


結局、私は一睡も眠る事なく朝を迎えた。それに反して、片桐君と来たら・・・。

「あー、良く寝たぁ!おはよぉー咲子!」と、元気よくお目覚めのご様子だ。

貴方はいいわよね。私の布団を横からふんだくってさぁ。自分ばっかり暖かい布団にくるまってさぁ。おまけに、ずーっと掃除機みたいなイビキかきながら寝るわ訳のわからない寝言をずっと喋り続けるわで・・・。


こっちからすれば、あんたなんてね。

公害以外の何者でも無かったんだから!


「おーい。何プーっと膨れてるんだよぉ。あっ、そっかぁ。わりぃな!咲子!

そーいや、お前。俺とキスしたがってたのに、俺が拒んじゃったから。

もしかして、欲求不満・・・?」


アホか。違うわ。そっちじゃないわ・・・。

アンタのせいで、私一晩中寝れなかったんだっつーの!


「そっかぁ・・・。ごめんなぁ・・・。やっぱりさぁ。俺は、お前の事大切にする事できないんだよなぁ。ごめんなぁ。」と言いながら、携帯を弄り出した片桐位君。「あ、マリコからだ。」と言って、途端にメールを打ち始めた。


男という生き物は、何処までも勝手な生き物なのだろうか。それとも、こんなに勝手な人間は彼位なのだろうか。

 人の家に突然押しかけ、勝手に風呂に入る。しかも「もうお風呂入った?」なんて声すらかけようともしない。やがて、風呂から出るなり、私に甘い言葉をかけて手を出そうとする。しかし、抱くのかと思えば「やっぱゴメン」と言って寸止めをする。そのまま放置するなり、騒音のようなイビキと意味不明の寝言の数々。起きたら起きたで、ふと我に帰って彼女にメール。


ねぇ。なんなの。私、今冷静にふと思ったんだけど。

私。この人の、一体何にそんなに惚れたのだろうか?


何で、40通もこの人にラブレター書いたのか。

何で、ずっとこの人の事忘れられなかったのだろうか。

何で、この人とデートしたいからって理由で小説家になんてなろうと思ったのか。

何で。何で。何で。何で・・・・。


恋は盲目と言うけれど。いくら盲目でも、こんな仕打ちはないんじゃないだろうか?ただ、私の見る目が無かっただけと言ったらそれで終わりかもしれない。

また、私が彼の我が儘を何だかんだで受け入れてしまっていたのも良くなかったのかもしれない。だから、彼も私には調子にのってやりたい放題になってしまったのかもしれない。


このまま、もし私と彼が上手くいっていたのなら。この関係がずっと続くのだ。

恐らく、この上下関係(男が強気)が続けば続くほど私の忍耐は増えどんどん辛くなるだけだっただろう。こんな恋、上手くなんて行かなくてよかったのだ。


上手くいきたいとどんなに願っても、上手くいきっこない恋だからこそ。私も執着してただけなんだよ。うん。私は、そういい聞かせる事にした。


「あ、そーだ。咲子。お前、三谷って知ってる?今度、俺さぁ。結婚式に呼ぶんだ。お前、あいつの事好きだった時あったんだよなぁ?そーいや。マリコから聞いた事あるんだけど。」


あのさぁ。だからそれは、マリコのガセネタだっつーの・・・。貴方と、私を引き離す為にマリコがわざと片桐君に吹聴した嘘。私のラブレターよりも、貴方が信じたマリコの嘘。


「お前、処女。三谷に貰ってもらえよ!あいつ、丁度彼女と最近別れたらしーぞ。お前チャンスかもよ?」


この後に及んで。こいつ、何を言っているのだ?


昨夜、婚前前の最後の思い出に私に手を出そうとした貴方。しかし、いざ私がやっぱり処女だと知った途端に面倒臭いと思ったから辞めたんだよね?手を出すの?


でも、だからといって他の男(しかも、自分の友達)を充てがうとか人道から外れすぎじゃないの?ふざけんなよ・・・。


「あ、お前どうしたんだよ・・・。涙目になってるぞ・・・。ごめんな・・・。俺、もうこれ以上傷つけちゃいけないって思ってるからさ・・。大切に出来なくて本当にゴメンな・・。三谷なら、きっとお前の事幸せにしてくれるからさ・・。」


そう言って、私の背中を摩ろうとする片桐君。思わず、私は「触るな!」と振り払った。「ごめん、ごめんな・・・」と隣でブツブツ呟く片桐君。


この男は、「ごめんな」と言えば全て済むと思っているのか?本当に、何でこんな男の為に貴重な青春時代を捧げてしまったのだろうか?本当、悔しすぎて。もはや涙も出てこないわよ。


「お願い、一人にして。」と、片桐君を突き放す私。「あ・・・。ご、ごめん。ごめんな!ごめん!」と、オロオロと動揺する片桐君。


あのさぁ。大好きだった男に、手を出されそうになったにも関わらず寸止めされた上に他の男を充てがわれるなんて。惨めにも程があるよ・・・。


「俺。こういう悪いところあるんだよね。知ってたと思うけど。ごめんな。」そう言って、片桐君は私のアパートから去っていった。

少し決まりの悪そうな笑顔で、「バイバイ」と足早に去っていった。


マリコと片桐君の結婚式は、それから一ヶ月後の事だった。


結婚式中、片桐君は殆ど私の目を見ようともしない。ここに私が存在している事に気づいてない位の無視ぶりだった。

まるで、あの夜の事が嘘のようだ。


あの時は呆れていたかもしれないけど、いざタキシード姿の彼を見ると切なくなる。

あんな最低男だとわかっているのに、それでも彼に抱きしめられた温もりはまだほんのり残っているのだ。


私は、何故ここまで馬鹿な女なのだろうか。こんなぞんざいな扱いされてもなお、何故あんな男を見て切ない思いが込み上げるのだろうか・・。


「マリコちゃん、綺麗だね。ほんと、白いドレスがよく似合ってる。」隣で、塚本君は嬉しそうに微笑んでいた。


私は、軽く相槌を打つ。それ以上は、何も語りたくなかった。親友の結婚式でこんな複雑な思いを抱えて参列する女の、なんと最低な事か。


新郎の一ヶ月前のキスの温もりを、挙式のキスを見て思い出すなんて。なんと最低な女なのだろう・・。


「咲子ちゃん。はい。」三谷君が、そっと何も言わずにハンカチを渡してくれた。

気がつけば、私の頬を涙がポロリと零れていた。


「あ・・ごめんなさい・・。」


「ははは。そりゃあ。親友の結婚式だからね。感動もひとしおだよね。」


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