第17話 片桐の迷い

「私、もう処女じゃないから」と言った途端、少し片桐君の顔が険しくなった。


しかし、すぐに「どんな男?最初、どんな感じだった?」「やっぱ、最初は痛かった?」と、ウザい位の質問攻撃がやってきた。


本当は、貴方についた精一杯の嘘だった。だけど、一度ついた嘘はもう引き下がる事が出来なかった。


「うん・・ま、まあね・・。」と、言葉を濁して誤魔化そうとした。


少しの間、沈黙が流れる。やがて、片桐君が重い口を開いた。


「そっか・・。まあ、お前の初体験が満足いく相手で後悔してないなら。それでいいんだ・・それで・・。

実は、ずっと心配してたんだ。

五年前、お前無理矢理服脱いでさ。俺にキス迫ったじゃん?


あの時、思わず怖くなってさ。お前の事を突き放してしまった。


だけど、もしかしたらお前を傷つけてしまったのかもしれない。

もしかしたら、ヤケクソになって適当な男に処女を捨ててしまっているのかもしれない。


俺、日が経てば経つほど心配になったんだ。

やがて、お前の作品がどんどん世に出て。ドラマ化や映画化もされて・・。


どんどん、お前は遠い所にいってしまった。俺は、段々寂しくなってしまった。


マリコを選んだのは俺なのに、どうして俺はお前ばかり気になってしまうのだろうか。


やっぱり、俺は。お前の事が好きなのだろうか。でも、もう戻れないと思った・・。


マリコは、付き合ってすぐに俺を親に紹介した。両親に囲まれて、マリコの事をお願い頼むと言われた。


情けないかもしれないが、正直あの頃はまだ迷っていたんだ。

俺は、本当にマリコを選んで良かったのだろうかって・・。


マリコは、薄々俺の気持ちに気づいてだと思う。


「ママが、体壊しててさぁー。早く本当に悪くなる前に貴方に会いたいって言ってるの!早く、孫の顔みたいっていってるの!ホント!でき婚でもいいからね!」と、結婚催促メールが来たりもしてた。


その度に、俺は現実から逃れようと浮気を繰り返してた。


何度かマリコは黙認していたが、今度という今度は許してくれなかった。


「もう、結婚式まであと一ヶ月なのに。何考えてるのよ!」と、泣きながら怒鳴られた。


俺は、情けない男だと思う。本当に、何やってんだろうなって。こんな年になって・・。


夜道、フラフラ歩いてたら。

なんだか、ふとお前の顔が見たくなったんだ。


ほんと、ただそれだけなんだ・・。」


小さく蹲る片桐君。いつも横柄に威張ってるのに、こんな顔もするんだ・・。


気づけば、私は後ろからそっと彼を抱きしめていた。


「おい・・何すんだよ・・。」と言いながらも決して片桐君は振り払う素振りはしなかった。それ所か、私が後ろから抱きしめる腕を強く掴んで離さなかった。


やがて、私を掴んだ腕をグイッと抑え私ごと床に押し倒す。片桐君の唇から私の唇までの距離はたったの5センチ。


私は、そっと目を閉じた。すると、片桐君は人差し指を強引に私の口に押し込んだ。

「んっ・・んん・・」という私にお構いなしに、指をクチュクチュ回しはじめる。


やがて、片桐君はニャッと笑い「お前、処女卒業したって嘘ついたな。」と言った。

「えっ、どっ、どうして?」と狼狽えた私を尻目に片桐君はケラケラと笑う。


「お前、本当に処女卒業したのかなって。ちょっと試してごめんな。咲子、フェラとかしたことあるのかなと思って。指を口に押し込んで試してみたんだ。

そしたら、舌で指は上手く回せないし。指に歯が当たりまくるし。あー、これは男とエッチしたことがないのかなって。


または、お前に調教した男が下手くそなのかもしれないけどさ。


まぁ、多分やったことないってのが妥当かなーってさ。」


なんなのよ。本当、腹立つ。思わず、悔しくて涙が出た。貴方がそうやって、処女だ処女だって馬鹿にするから。私は、こんなにつまらない嘘つかなきゃいけないんじゃないの。

本当は、もっと素直に貴方とぶつかり合いたかったのに。

どうして、こんなにつまらない意地ばかり張っちゃうのだろうか・・。


「ごめん・・泣かしちゃった。」


片桐君の舌が私の首筋を這うように撫で、やがて耳元に到達する。耳を唇で何度も吸う片桐君。「あっ・・ああっ・・」と声を上げる私。

やがて、片桐君は私の乳房を片手で優しく揉み解す。ハアハアと片桐君の息遣いが耳元に漏れる。私の興奮は最高潮に達した。


「欲しい・・欲しいの・・片桐君・・」

潤んだ瞳で、訴えるように欲しがる私をみた途端。片桐君の顔が途端に曇った。


「やっぱり・・こんなことは、もうやめよう・・。俺たち、もう後に戻れなくなってしまう・・。

俺は、もうマリコと結納も全て済ませてしまってるんだ・・。もう、未来なんて何が起きても変えられない・・。

お前とこんな事、やっぱり出来ない・・ダメだ・・ダメだ俺・・」


こんな事までしておきながら、イイ所で寸止めなんてずるい。一時は貴方の誘いを断らないとと思っていたのに。貴方が、その扉を開けるような事をしてしまったから・・・。私の気持ちが止まらなくなっちゃうんじゃない・・・。


「ずるいよ・・・。片桐君・・・。もう、私の気持ち・・・止められないよ・・・。」私は、片桐君の顔を両手掴んで強引にキスをしようとした。しかし、片桐君は横を向いて口をムッと閉ざしたままだ。


「はい、おしまい!」そう言って、片桐君は起き上がって私の右手を掴んでグイっと引っ張る。「ほら、起き上がれよっ」と言う片桐君に反して「やぁだ!キスしてくれなきゃ起き上がらない!」と駄々をこねる私。


少し困ったような顔をした片桐君は、私のオデコにそっとチュッとキスをする。


「これでいい?ごめん。やっぱり5年前みたいに口には出来ないよ。そんな事したら、俺また舌入れちゃうし。舌入れちゃったらどんどん止まらなくなっちゃうからさ。」と言って悪戯に笑った。


私がグズグズしていると、片桐君はそっと頭を優しく撫でてくれた。


「ごめん・・・。俺も何やってんだか・・・。もう結婚するとなるとお前とこうして会う事も出来なくなるんだなと思うとつい会いたくなっちゃって・・。

でも、お前とこうなっちゃうと。マリコとお前の友情関係もおかしくなっちゃうし、俺とお前も顔合わせしにくくなるよな。

俺がマリコと結婚する時点で、マリコの親友のお前と会う機会が減る事はないんだし。ふと、お前の喘ぎ声聞いたら我に返ったんだ・・・。

俺って、本当にずるい男だよな・・・。」


そう言いながら、そっと私を優しく抱きかかえてくれた片桐君。

「もう、こんな事はずっと出来ないからさ。これが、最後だぜ・・。なっ?」と優しくいう片桐君の言葉に涙が溢れて止まらない。


気がつけば、片桐君の胸元を涙でびしょ濡れにしてしまった私。


「おいおい・・・。さっき風呂入ったばかりなのになぁ・・。しょーがないヤツだな。おめぇはっ!

今日だけだぞ。一晩だけ、俺が腕枕してやるから。

何もしないからさ。一晩だけ、一緒に寝ようか。なっ?」


本当は、片桐君自身も私と一晩寝たいのだろう。

結婚したら、もう彼は他のどの女とも出来なくなるのだ。出来るとしたら、風俗嬢位だろう。


結婚前最後の悪足掻きは、過去に自分の事が大好きだった女。

こんなに手を出しやすい対象の女はいない筈だ。


私なら、何だかんだで詰め寄ればどうにでもなると、この男は思っているのだろう。悔しいけど、それは本当だよ。


ずるい。ずるいよ。そんな私の気持ちを利用するなんて。ずるいよ・・・。


悔しいのに、何故か貴方の腕に抱かれてしまう私。本当、私何やってるんだろう。


こんな事した所で、どうにもならない事なんてわかってる。

片桐君とマリコの未来が変わる事はないんだ。私と片桐君の恋が実る訳でもないんだ。


美味しい思いをするのは、貴方だけ。虚しくなるのは、私だけ。


いいよね。男って生き物は。一度に沢山の女を愛する事が出来るんでしょう?


最近買った、恋愛マニュアルに書いてあったんだ。男は本命以外の女とも平気で関係を持つ事が出来るんだって。本命以外の女には、本命には出来ないアブノーマルなプレイをするんだって。

まあ、世の中には風俗という商売もある位だからね。


まあ、私は処女っていう理由もあるし。

貴方は、私にはアブノーマルな事はしないでしょうけど。でも、折角自分の事を一度でも好きになってくれた女を味見することなく捨てるなんて。


いざ、結婚前になって急に惜しくなったんじゃないかしら。


貴方は「この関係を壊したくないから」と言って、私に手を出さないまま去っていった。


なのに、やっぱり惜しくなったから手を出そうとして。でも、いざとなったらやっぱり怖くなって「ごめん」なんて。


私の気持ちを散々弄んで・・貴方、本当に酷い男よね。でも、困った事に嫌いになんてなれないの。むしろ、どんどん好きになって行きそうで怖いの。私。


男はね、不特定多数の女を同時に愛せるかもしれない。けど、女はね。好きになればなるほどハマるし。他の男が見れなくなるのよ。


「どした・・咲子?震えてるけど・・。

また、幽霊でも見たのか?」


こんな時まで、つまんないジョーク言うのやめてよ。本当は、私の気持ち全部知ってる癖に・・。


「そういや、月野マリアの幽霊。もう出てこなくなったのかよ?お前ら、いつも一心同体みたいに一緒だったじゃん?

正直、俺。お前と二人きりになりたい時もあったけど。いつも、マリアの監視があったからさ・・。」


「マリアなら、私がとっくのとうに追い払ったわよ。」


「えっ、何で?!あんな、仲良かったじゃん!」


「私も、独り立ちしたかったの。ずっとマリアの力を借りて小説を書き続けても、結局自分の力じゃないじゃない?


そんな形で、小説が評価されても結局嬉しくなかったの。


いくらゴーストライターとはいえ、私にも文章を書く上でプライドがあったのよ。

マリアは、私のやり方に色々口出ししてきたし。

私のやりたい用に出来なくなったのも、段々面倒になってきて・・。」


そっか。と小さく呟いた片桐君は、優しく私を抱き寄せた。


片桐君は、他の話題を振る事で自分と私の気持ちを紛らわそうとしてる。


こんな時に、何で月野マリアの話をするんだか。本当は、どうでもいい癖に。


本当に、ずるい男。だけど、好きだ。たまらなく。

憎たらしいし、悔しいけど・・。


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