27 From Eira to Wayatt(3)

「その後は、ひたすら走った。走って、走って、色んなエアから逃げて。そして、ジーグさんの知り合いに助けられてここに来た」


 エイラの長い昔話が終わりに近付いた。ワイアットはエイラの目を真っ直ぐに見つめる。そして、小さく頷いて話の続きを促す。


「ワイアットにとっては、嫌なことかもしれないけれどよく聞いてね。ジーグさんはね、アトランティスって都市にいたの。アトランティスにいた頃に、虹彩を赤く染められたの」


 エイラの綺麗なアメジスト色の瞳が、ワイアットの赤い目を真正面から捉える。血を連想させる赤い瞳は見ていて気持ちのいいものではない。


「君の目も、多分同じよ。赤い目は、染色以外では存在しないもの。ルーイさん達も同じね。それでね、染められた理由はね…………『実験の被験者だから』なんだって。ジーグさんは、アトランティスで何らかの実験をされていたそうなの。だから、死にかけていたのに私を逃がすために動くことが出来たみたい。これが、私がさっきまで考えていたことの一つよ」


 エイラの言葉に、時間が止まった気がした。場の空気が一気に冷たくなる。ワイアットは、身体から熱が引いていくのを感じた。


 エイラの話が正しければ、ワイアットやルーイの赤い目は「実験体」の証。そしてワイアットのいた地上都市アトランティスでは、エイラの恩師ジーグが何らかの実験に巻き込まれた。言わばワイアットの先輩に当たる。


 エイラはその奇特な過去から、ワイアットが何らかの被験者であると気付いている。おそらく、ルーイのことも疑っていたのだろう。ワイアットもルーイもジーグと同じで、アトランティス出身の赤い目を持つ聖戦士だから。


 エイラの言葉にワイアットは思わず俯いた。アトランティス出身の赤い目を持つ聖戦士。これを知られただけなのに、エイラはワイアットが被験者であることに気付いた。ワイアットにしていた質問は、被験者かどうかを確認するためのものだったのだ。


 ここまで知られてしまえば誤魔化すことは出来ない。クレアとシェリファは望まないだろうが、被験者であることを知られている以上は無理だ。人造聖戦士であることを明かした方が早い。


「そのジーグさんって人は、何をされたの?」

「教えてもらった話だと……強靭な体の再現、だったかしら。普通なら致命傷を負うような攻撃でも、生き残ることが出来る。そんな強い体を、生まれつき与えられたそうよ」

「生まれつき?」

「そう、生まれつき。普通の聖戦士は手術で聖戦士として戦うための身体になるの。でもジーグさんは、遺伝子操作で生まれつき聖戦士として戦うための身体を持っていたみたい。あなたも、同じなんでしょう? その赤い目は、アトランティスでの被験者の証。アトランティスでの実験は、遺伝子操作が多いってある人に聞いたし」


 エイラは、ワイアットが生まれつき遺伝子操作された聖戦士であることを疑っている。皮肉にもエイラの境遇が、ジーグという人物と出会ったことが、そうさせた。加えてそれを疑うにはもう一つ理由がある。


 彼女はワイアットの成長を間近で見てきた。エアと戦った時の異変も、異常な成長速度も、身体が覚えていた波動機の扱いも。さらに、その聴覚が自分より優れているらしいことも、ルーイを助ける任務で知った。その全てを見てきたからこそ言いきれる。


「君のこと、教えて? もし教えてくれないなら、今言ったことを支部長に伝えて、支部長に正体を教えてもらうわ」

「わかった! その……僕は、人造聖戦士、とか言うやつらしいんだ。といっても、あまり覚えてないんだけどね。僕は、そんな僕の正体を知るために、戦ってる。いつかアトランティスに帰るために、ね」


 ワイアットの返事を最後にエイラの部屋が静まる。ただ、互いの呼吸音と自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。そんな静寂が部屋包み込む。


 静寂を破ったのはわざとらしい咳払い。コホンと口元に手を当てて発せられたその言葉がきっかけだ。だが、その後に続く言葉は静寂を破るにしては衝撃的すぎた。


「やっぱり、ね」


 ワイアットの「人造聖戦士」という告白に対してエイラが放ったのは、あまりにも呆気ない素っ気ない言葉。だが問題なのはそこではない。エイラはあまりにもあっさりとワイアットのことを受け入れ過ぎている。それが問題だ。


 普通ならばまず言葉の意味を聞くだろう。いくら過去に人から似たような言葉を聞いていても、多少なりとも疑問を持つだろう。だが彼女はそれをしなかった。否、


「驚かないの? 何も、聞かないの?」

「…………私がなんでこんな話をこのタイミングで君にしたと思う?」


 ワイアットの質問にエイラは質問で応える。顔は笑っているのだが、その目だけは笑っていない。ワイアットは数秒考えた末に困り顔で答える。


「わからない」

「だよね。この話は支部長とルーイさん達の五人しか知らない話よ。でも君の目的が自分のことを知るためなら、知っておいた方がいいと思って」


 寂しげな笑みを浮かべていたその顔は、いつの間にか表情を変えていた。神妙な顔つきで首を傾げるエイラに、ワイアットはゴクリと唾を飲み込む。



「私の故郷フィーロンはね、アリアンの本部でもあるの。そしてそこでは……赤い目を持つ人造聖戦士一人が、活躍してる。私は、人造聖戦士も実験体も、両方見たことがあるのよ。君たち程ずば抜けてはいなかったけれど、ね。支部長が私と君を組ませたのもきっと、私が事情を知る人間だから、ね。本当はまだ言ってないこともあるけど……いつかわかると思う。だからそれまでは秘密。まだ君に嫌われたくないから」


 最後の「嫌われたくない」の部分だけはワイアットの耳でも聞き取れるかどうかという音量。一体彼女は何を隠しているのだろうか。その答えをワイアットが知るのは、もう少し先の話――。

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