26 From Eira to Wayatt(2)

 初任務は入団してから一年と半年後に受けた。共に任務を行ったのはエイラの指導を担当していたジーグだけ。場所はフィーロンからそう遠くない所で、様々な種類のエアを討伐することが任務だった。


 通常エアは同じ種類でまとまって行動するとされている。だが稀に異なる種類のエアが行動を共にすることがある。異なる種類のエアがいることもあり、その討伐は容易ではない。


 本来なら熟練の聖戦士に任されるはずのその任務を任されたのは、フィーロン支部の人手不足のせい。まだ幼い、新人であるエイラにも熟練の聖戦士と同等の任務をさせなければならないほど聖戦士の数が足りなかった。


 目の前に広がる景色は異様だった。何体もの巨大なコウモリを模したエアが敵を警戒してか飛び回る。その下では様々な形をしたエア三十体ほどが群れを形成している。大きなものはフィーロンと同じくらいの大きさで、小さいものはエイラと同じくらいの大きさだ。


 任務を任された時、真っ先にそれに抗議したのはジーグだった。幼い新人が挑むには過酷過ぎる。行くならエイラではなく別の聖戦士とにしてくれ。そう頼み込むも当時の支部長の返事は無慈悲なものだった。


「この子は囮だ。優秀なお前を死なさないための囮。死にそうになったら、お前はこの新人を囮にして逃げればいい。初任務で死ぬ奴なんてたくさんいる。誰も責めはしないよ」


 エイラは初任務で生き残ることを期待されていなかった。ジーグのような先輩の聖戦士を生き延びさせるための囮として使われることを期待されていた。エイラには逃げるという選択肢は残されていなかったのである。


 一年半も聖戦士として所属していれば、幼いエイラですらアトランティス支部の現状に気付いてしまう。フィーロン支部は強い聖戦士である先輩を生き延びさせるために新人を囮とすることがよくあった。


 新人の大半が囮として死ぬため、人材が育たない。さらに、どんなに強い聖戦士だってエアとの戦いで命を落とすことがある。その結果、フィーロン支部は聖戦士の深刻な人手不足に悩まされていた。


「ワシが教えたこと、忘れてないな?」


 エアの群れから十キロほど離れた地点でジーグが尋ねてくる。あれだけのことをされて忘れるはずがない。その証拠に、エイラは短槍を構えてエアの群れに向かって走り始めた。そのあとをジーグが追う。


 最初に攻撃を仕掛けたのはジーグ。エアの群れから一キロの地点まで移動すると槍を三度振る。刹那、斬撃に合わせて三日月型の白い波動が三つ、エアに向かって飛んでいく。それらはエアの身体を綺麗に裂いた。


 ジーグの攻撃でエア達はエイラ達の存在に気付く。ジーグは比較的大きな、明らかにエイラの手に負えないエアから順に戦い始めた。エイラは倒せそうな飛行型エアに標的を定める。


 エアとの戦いにおいて忘れてはならないのは適切な距離を保つこと。次に心臓を確実に攻撃するまでは油断しないこと。エイラの武器とエアとの最適距離は近距離のため、ある程度エアに近づかなければならない。


 新人が初めての戦場で注意するのは味方とエアの立ち位置。確実に生き延びるためには攻撃する瞬間にだけ近付き、それ以外はエアから離れるに限る。


 結局、エイラはなんとか生き延びることが出来た。だが討伐後、フィーロンで任務完了の報告をするまでの間ずっと泣いていた。エアと戦うことが怖くて、エアの身体を斬った感触が不気味で、ただただ泣いていた。



 エイラの歯車が狂ったのは十二歳の時。入団して八年も経つとさすがに任務に慣れてくる。そんなある日のこと、エイラはジーグと共に任務を行うこととなった。


「ジーグさんがいれば心強いわね」

「エイラ、油断するなよ。任務に絶対はない。お主が最優先すべきことは何だ?」

「死なないこと、でしょ?」


 すでに人生の半分以上を聖戦士として過ごしてきた。ある程度経験のある今だからこそ、ジーグはエイラが油断しないように釘を刺す。油断すれば死ぬ、それはいつの聖戦士の任務も変わらない。


 その日討伐するのは巨大な熊の形をしたエア一体だけ。全長は地上都市と同じ高さ。このエアは攻撃一つ一つの威力が高いという特徴を持っていた。すでにフィーロンの聖戦士の何人かが犠牲になっている。


 標的を確認するとジーグとエイラが波動機を構える。二人の槍の穂先がそれぞれ白い光を纏った。ここまでが基本の形。エイラはエアとの間合いを詰めるとその目を素早く斬った。


 そのままエアの肩に着地すると短槍に意識を集中。次の瞬間、穂先を包む光が黄色――雷の波動に変化する。ふぅっと息を吐くと腕の付け根に穂先を当て、そのまま飛び降りる。刹那、穂先がエアの右腕を切り落とした。


「危ない!」

「わかってるわ」


 無事に着地して安堵のため息を吐くとジーグから声がかけられる。だがエイラは言われる前にすでに動いていた。急いでその場を離れれば、エイラのいた場所をエアの巨大な足が踏みつぶす。


 そうこうしている間にジーグがエアの左腕を切り落とし、足を攻撃しようとする。エアは心臓を攻撃しない限り死なない。巨大なエアと戦う時には四肢を使えなくしてから心臓を探して攻撃するのが一般的な戦法だ。


 ジーグの動きを見たエイラは波動の発動量を増やすと跳躍。手始めにエアの腹部を斬り裂こうと短槍を振るう。その時だった。突然エアの右足が振り上げられた。


 狙いは跳躍したまま空中で動けずにいるエイラ。いくら聖戦士といえども跳躍している途中で方向転換することは出来ない。この当時、波動靴は存在せず、聖戦士の身体能力を存分に活かせないのが問題点だった。エイラはエアの攻撃に気付きつつも何も出来ない。


「エイラ!」


 咄嗟に目を閉じるも予想していた痛みは来ない。代わりにエイラの下で人の呻き声が聞こえる。しかしそれを気にする余裕はない。エイラは出来る限り強く多い光を刃に纏わせると短槍を振るってエアの腹を斬り裂いた。


 エイラはなんとか無事に地面に着地すると呻き声をあげた人物、ジーグの元へと駆け寄る。動けないエイラを庇うためなのだろう。エアの右足を槍で直接受け止めたらしい。


 なんとか右足の一部を切り落とすもエアの攻撃の勢いを完全に殺すことは叶わなかったようだ。ジーグの身体は勢いよく地面に吹き飛ばされ、その衝撃で骨が何箇所か折れている。それでも意識を保てているのは、特殊な手術による強靭な身体のおかげだった。


「エイラ。ここから、逃げろ」


 動けないジーグがシェリファに告げたのは何故か「逃亡」という選択肢。それは、フィーロンにおいては最も罪深いとされている行為の一つ。聖戦士がエアから逃げて帰れば、都市に居場所が無くなる。


「フィーロンから、逃げるんだ。この都市は、長くない。今なら、一緒に、死んだことに、出来る。逃げろ」

「ジーグさん、何言ってるの? 馬鹿な事言わないでよ。逃げられるわけ――」

「ここから、南南西に走れ。走り続けろ。ワシの友人が、お主を見つけてくれるはずじゃ」


 ジーグは、エイラに逃げるように告げる。かと思えば、槍を杖の代わりにして何とか立ち上がった。だが右足は折れ、胸部からは肋骨が飛び出し、どう見てもまともに戦える状態ではない。それでも動けるのは、彼がアトランティスの実験の被験者だから。


「こんなになるなら、庇わないでよ」


 もう、エイラはジーグの言葉を否定しない。それは、立ち上がったジーグの真意に気づいたから。だがエイラは疑問に思う。あの時あの瞬間、ジーグは気付いていたはずだ。エイラを助ければ自分が重傷を負って下手すれば死ぬ、と。


「強者は、弱者を、守る、もんだ。弱者を、盾に、するわけ、にはいかん」

「私よりジーグさんが死んだ方が損害が大きいじゃない」

「フィーロンの、考えでは――人が、育たん。いつかはお主を、逃がすつもりじゃった。今を逃せば、お主は、フィーロンに、縛られるぞ。とっとと行け!」


 エイラの疑問に答えるジーグの声は弱々しく、聞き取るのがやっと。それなのに彼は二本足で立ち、槍を構えた。波動を発動してエアを睨む。エイラを逃がすための時間稼ぎをするつもりなのだ。


 エイラには声に出さなくてもその考えがわかる。ジーグはもう、助からない。ならばせめてと最後の力を振り絞り、エイラを助けるために命を散らすことにした。それだけのこと。

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