episode9 From Eira to Wayatt

25 From Eira to Wayatt

 エイラが生まれたのはレガリアとは別に存在する地上都市、フィーロン。そこもレガリアと同じように巨大な建物の形をした都市だった。エイラは父親譲りのアメジスト色の瞳と母親譲りのエメラルドブルーの髪を持って生まれた。


 平穏な暮らしが一瞬にして変わったのはエイラが僅か四歳の時のこと。その日はいつもと何一つ変わらない平穏な朝だった。エイラは、地上都市が毎年行う定期検査にて「聖戦士の資質」を見出された。


「エイラ・キャロルはいるか?」

「検査の結果、聖戦士の資質があることがわかった。今日から彼女は聖戦士として必要な施術を行い、聖戦士として戦ってもらう」


 朝早くに、アリアンの職員がやって来て告げた。両親が抵抗すると、職員は無理やりエイラの身体を抱えて手術室へと連れ去った。これは、どこの地上都市でも行われている出来事の一つに過ぎない。


 アリアンはエアに対抗する組織であり、地上都市の運営を行っている。このため、地上都市に暮らしている市民は皆アリアンの恩恵を受けていることになる。恩恵が無償で得られることはない。市民にはいくつかの束縛があった。


 十五歳より年上の者は、何らかの形で地上都市の運営を支えなければならない。年に三回の定期検査を受けなければならない。そして、「聖戦士の資質」を見出されたら、年齢に関係なく強制的に聖戦士にならなけれはならない。


 聖戦士には素質が必要で、その素質は体の発するエネルギーの過剰増加。これは先天的に持つ者なら四歳で、後天的に持つ者なら突発的に、定期検査の結果で現れる。素質があるとわかったら最後、死ぬまで聖戦士として戦わなければならない。


 そんな過酷な運命を僅か四歳のエイラに背負わせるのはかなり酷なことと言えた。本来なら親に甘える年頃だ。そんな幼い子供ですら素質があれば戦わなければならない。それほどまでにエアと戦う人材は少なかった。



 アリアンに半ば強制的に連れ去られたエイラは、すぐに手術を受けさせられた。エアと対等に戦えるだけの身体能力を得るための手術だ。手術後、身体を動かせるようになるまでに一年半のリハビリを要した。


 リハビリを終えてまともに動けるようになるとエアと戦うための武器、波動機を授けられた。今でも波動機をもらった時のことを覚えている。それは地下にある研究室のような場所、工房で渡された。


「この武器は波動機。君にわかるように言えば、身体のエネルギーを利用した武器だ。形は人によって違う。君の波動器は短槍だ。使い方は先輩に教わるといい。週に一度はここに波動機を預けてメンテナンスを行うことを忘れるな」


 波動機について教えてくれたのはそれ専門の職人。無愛想な話し方だったが、まだ子供だったエイラが質問すれば、エイラが理解するまで説明してくれた。メンテナンスのために研究室に赴けば、エイラが退屈しないように様々なことを話してくれた。


 エイラに戦い方を教えてくれたのは先輩の聖戦士。ジーグと言う名の男性で、白い髪とが特徴的な人だ。アトランティスという地上都市からやって来た実力者でもあった。訓練は波動機を授けられたその日から始まった。




 波動機と言うのは聖戦士のエネルギーを増幅し、別のエネルギーに変換する装置。この世界で唯一エアに対抗出来る武器であり、聖戦士の人が発する過剰なエネルギーの波動を応用したもの。変換したエネルギーによってエアの身体を傷つける特殊な武器だ。


「先に言っておこう。ワシは手加減せんぞ。ここで手加減すれば、お主が戦場で死ぬことに繋がる。お主には死ぬ気で波動器の使い方を習得してほしい」


 ジーグは訓練を始める前にそう言い放った。ジーグの武器も槍で、エイラは武器の使い方を一から習うこととなる。波動を扱うだけでなく、「短槍」という武器を使いこなすための練習もさせられた。


 ジーグの訓練は厳しいものだった。僅か四歳の子供に、波動の発動を叩き込む。さらに波動を維持したまま身体を動かす訓練。視点の動かし方に動体視力の訓練――。


 聖戦士には様々な作業を同時に行うことが要求される。そのために必要なのは集中力と冷静さ、そして慣れ。だがたかが四歳の子供がその全てを最初から上手く出来るはずもなく。


「ワシのことを恨めばいい。憎めばいい。死ぬよりマシじゃろ?」


 エイラが少しでも失敗したり訓練を怠けたりすると、ジーグは頭や肩を強く叩きながらそう告げた。今でもエイラは覚えている。叩きながら同じ言葉を繰り返すジーグの顔は今にも泣きそうだったことを。


 四歳で強制的に職員に連行されたエイラには、両親に会うことすら許されなかった。これはフィーロンという地上都市の方針によるもの。フィーロンでは、聖戦士の訓練は道場と呼ばれる場所に住み込み、一人前になるまでそこから出ることを許されない。


 エイラの訓練はジーグがいないプライベートの時間にも課せられた。基本動作である打突の素振り、エアと戦う上で必要な立ち位置や距離の取り方、対エア用の技、などを徹底的に自主練させられた。


 睡眠時間を削ってでも、食事の時間を削ってでも、訓練を優先させる。密に詰められた過酷なスケジュールでは精神的ダメージが大きいというのに。フィーロンという都市では、そんな当たり前のことにすら気付かない。


 聖戦士の数が不足していた。地上都市を運営させるのに必要な資源も不足していた。ありとあらゆるものが不足していたフィーロンでは、人々は皆余裕を無くしていた。


 市民を養うために聖戦士に求められるのは早期の自立、そして結果。敗北する余裕も、休む余裕もない。「市民のため」という建前の元で、少しでも早く一人前となってエアと戦うことを求められる。幼いエイラも例外ではない。


 聖戦士として少しでも早く一人前になるために訓練に明け暮れるエイラ。そんなエイラを見て何かを感じたのだろう。指導員であるジーグは、エイラにアリアンに関する様々な知識と技術を教え始めた。



 ジーグという人は変わった聖戦士だった。他の地上都市からやって来て。滅多にいない、自然には存在しないとされる血のように赤い目をして。フィーロンにいた他のどの聖戦士よりも、波動機の扱いに長けていた。


「波動機ってのはあくまで人の持つエネルギーを増幅して他のエネルギーに変換するだけじゃ。無理に波動機にまとわせる必要は無い。その代わり、きちんと形をイメージする必要はあるんじゃ。無属性の波動を出す。属性を変えても、ここから先は一緒じゃ。よく見ておれ。斬撃に合わせて飛ばすイメージをして波動機を動かせば……ほれ、波動が遠くに飛ばせるじゃろ?」


 ジーグの技術はフィーロンでは珍しいもので。エイラはよく、その技術をどこで身につけたか訊ねていた。最初は答えるのを渋っていたジーグだが、時が経つにつれて少しずつ教えてくれるようになった。


「アトランティスっていう、技術の発達した地上都市がある。ワシはそこから来た。波動を飛ばすのも、お主に教えた技も、全部そこで身につけたんじゃよ」

「アトランティスでは、聖戦士の進化を実験していた。ワシの赤い目は、その実験の被験者である証じゃ。虹彩を染められて、もう元の色には戻らんのじゃ」

「ワシは他の聖戦士より丈夫に出来とる。施された措置が特殊でな。お主よりもワシの方が丈夫だと思うぞ。おかげで、四十を越えた今でも現役じゃい」


 ジーグはアトランティスで何をされたのか。どうしてフィーロンに来たのか。エイラにだけに話すようになっていった。その真意は今も、エイラにはよく理解できない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る