21 You protected me ~RUIN's Memory~(3)

 意識が戻ると身体が宙に浮いているようなふわふわとした感覚に襲われる。暖かくて柔らかい何かに身体を包まれている。その何かを知るべく目を開ければ、そこは布団の中だった。ここは個室病棟だ。


 先程見ていたのは夢だったのだ。いや、夢というより過去の記憶に近い。奇妙な夢のせいだろうか。ワイアットは夢で思い出したルーイとの思い出をはっきりと覚えていた。


 だが問題はそこではない。一体何日寝ていたのだろう。ワイアットが個室病棟にいるということは、エイラとルーイもレガリアにいるはずだ。ワイアットは寝ている間に起きた出来事を知りたかった。


「起きた?」


 ふいに話しかけられたのは夢の中で聞いたのより若干低い声。聞き間違えようがない、ルーイの声だ。それに気付くと同時にベッドの周りを囲うカーテンが開けられ、ルーイが顔を覗かせた。


 ワイアットのベッドに近付いてワイアットの顔をじっと見つめる。その表情が夢で見た幼い頃のルーイの表情と重なる。ワイアットは上半身を起こすとルーイに抱きついた。


「ルー君は――今も、昔も、僕を守ってくれたんだね。」

「……そっか。俺のことを思い出したんだね」


 ワイアットの突然の行動に驚いて目を見開くもすぐに状況を理解したルーイ。ワイアットを引き離すことはせず、その背中を優しくさすってやる。それだけなのにワイアットはやけに安心した。


 が、安心している場合でないことに気付いて慌ててルーイから離れる。赤いどんぐり眼がルーイの目をじっと見据えた。心なしか目つきが少し優しくなったように思える。


「エイラは? エアは? 僕は何日寝てたの?」

「エイラならもうすぐここに来るよ。飲み物を貰いに行ったんだ。エアは全部討伐して報告も済ませた。そして今日は、ワットが倒れてから三日目」

「そっか。ありがとう。……ただいま、ルー君」


 ルーイは立て続けにされた質問全てに答えてやる。ワイアットはその答えを聞くと安堵のため息を吐いた。そしてルーイから目を背けて「ただいま」と小さく言葉を付け足す。目を合わせて言うのは恥ずかしかった。



 エイラが両手に飲み物の入ったたるのようなものを持って病室に入ってきた。まず樽を病室の床に起き、ゆっくりとワイアットの寝ているベッドの方に向かう。カーテンが開けられていることに、少し胸が高鳴る。


 恐る恐る一歩、また一歩と足を運ぶ。カーテンが開いていることについて考えられることは二つ。死んだか、目覚めたか。過度な期待をするほどエイラも愚かではない。最悪の事態を想定してか、ベッドに向かう足取りは重い。


(死んで、ないわよね。死んでたら許さないんだから。まだ、誤解を解いていない。まだ、私は私について何の説明もしてないの。何より、私はまだ、ワイアットに謝ってないもの。もし起きてたらその時は、初対面の時の失礼を謝らなきゃ。いつ誰が死ぬかわからない世界だもの。後悔はしたくない。そんなことすらワイアット、君のおかげで忘れてた。だから、謝るのを先延ばしにしてた)


 ついにエイラのアメジスト色の目が、ベッドの上で上半身を起こすワイアットの姿を捉えた。たったそれだけなのに、エイラは安心したのか全身の力が抜けた。床に崩れ落ち、何故か涙を流す。


「君が無事に目覚めてよかった」


 つい三ヶ月前までの態度とかなり違う。初めて会った時は仲が良くなくて。ワイアットの初任務をきっかけに少しずつ仲良くなって。それが今では、互いを心配して時に泣くまでに関係が変化している。

 

「た、ただいま。あの、さ。一つ、質問してもいい? どうして僕を守ったの? それでエイラが死んだらどうするつもりだったの?」

「私はもう、目の前で誰かが死ぬのを見たくない。それだけ」


 ワイアットの質問にそう淡々と告げるエイラ。その目はどこか遠くを見ているようで。目の前にいるはずのワイアットを瞳に映してはいるが、見ていない。その目は、一時的に光を失っていた。


 エイラはレガリアではない別の地上都市からやってきたのだと言う。経緯こそワイアットと同じであるが、エイラは人造聖戦士ではない普通の聖戦士。彼女の過去は、まだ誰にも知らされていない。支部長であるクレアにすら。


 病室の雰囲気を一気に変えたのはルーイの一言だった。


「ごめん、悪いんだけど俺とワットを二人きりにしてもらってもいい? 俺、明日からまたしばらくレガリアを離れなきゃいけねぇんだ。エイラもワットに話したいこと、たくさんあるよな。でも、今日だけは俺に譲ってくれ。俺には今日しかねぇんだ。クレアも、俺が最初に話すこと、認めてもらってる」


 ルーイの言葉にエイラは何も言い返せない。今日しか時間が無いルーイに比べれば、エイラは明日以降も時間がある。別に今日急いでワイアットと話す必要は無いのである。


「わかったわ」

「ありがとう。あ、そうだ。お願いがある。今から支部長室に行ってクレアを呼んで欲しいんだ。可能ならシェリファも呼んできてほしい」

「フォンじゃダメなの?」

「念のため、直接伝えた方が安全で確実だから。それに、クレアのことだから誰かとフォンで話してる可能性もある。だから本当に緊急な時は直接の方がいいんだ」

「たしかに、支部長はシェリファ先生以外の連絡、忙しいと出ないものね。わかったわ。今から行ってくる。ワイアット、後でね」


 ルーイの言葉に感じるものがあったのだろう。エイラは素直にルーイの頼みを聞き入れ、クレアを呼ぶために個室病棟から出ていった。これにより、病室はワイアットとルーイの二人きりになる。


「何?」


 ルーイがワイアットの顔を見たまま動きを止めていたからだろう。怪訝そうにワイアットが尋ねた。ルーイは周りに人がいないことを確認してから尋ねた。


「ねぇ、ワット。どんなことを思い出した?」


 わざわざルーイがエイラを追い出した理由。それは、ワイアットが倒れた時に思い出したであろう記憶を探るため。人造聖戦士に関連した記憶とあれば、下手に他人の耳に入れない方がいい。


「ルー君が僕を庇って怪我したり、クレアとネア先生が出てきたりした。牢屋? 牢屋にいた時に、ルー君が誰かと助けてくれたりもしてたよね。」


 部分的に見た夢。その内容から、ワイアットが感じたこと。ワイアット達人造聖戦士の、アリアン職員の持っている印象。そんな人造聖戦士というワイアットの特殊な立ち位置を知ってもなお、ワイアットは告げた。


「僕は、人造聖戦士ってやつ、なんだね。普通の聖戦士じゃなかった。聖戦士の減少を止めるために作られた、エアとか戦うための道具だったんだ。それを、改めて実感した。ルー君以外に八人、いるみたいなんだ。でも他の八人は誰一人、姿も声も思い出せなくて。だから僕は、人造聖戦士ってことを知っても、どんなに辛いことでも。他の八人を思い出すまで、過去を探すこと、諦めたくない」


 ワイアットは今回、何がきっかけかは分からないが意識不明になって。その際に見た夢をきっかけに、記憶の一部を思い出した。そして、それを期に新たに決意する。


 地上都市アトランティスには人造聖戦士が十人いたらしい。ワイアットとルーイと、他八人。そのうち、ルーイと他三人はこのレガリアに所属している。ワイアットは、そのことをクレアから聞いているとルーイに伝えた。


「三人はレガリアにいる。いるけど、長期任務に行くことが多いから、会えるかは運次第だね。他の五人は俺らも探してるんだ。クレアも一緒に探してくれてる」


 ルーイと他の三人が探しているという残りの五人。彼らはどこに消えてしまったのだろう。地上都市アトランティスが崩壊したとクレアは述べていたが、何故アトランティスに今すぐ向かうことは出来ないのだろう。ワイアットの中で疑問が増えていく。


「アトランティスは、今は陸の孤島だ。五人を探すために、アトランティスに行く術を探す必要があるんだよ。まぁ、俺らに加わる前に、ワイアットはもっと実力をつけなきゃいけないけどね」


 ワイアットが言いたいことを察したのだろう。ルーイはワイアットが他の五人を探すのに加わることを遠回しに牽制。にっこりとワイアットに笑いかけると「じゃあね」と言い残し、病室から去っていった。

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