episode8 Hey, my Buddy !

22 Hey, my Buddy!(1)

 灰色の壁と灰色の天井と灰色の床。あるものと言えば寝るためのベッドとトイレだけ。暇を潰すような物は役に立つかどうかに関わらず、何も存在しない。そんな灰色の空間に、ワイアットはいた。


 食事や着替えは扉から運ばれる。しかしその扉は自分で開けることは出来ない。外から鍵をかけられており、用事がある時にしか出してもらえないのだ。一人で過ごす時間はやけに長く感じる。


 ワイアットには時間の流れも朝か夜かも知らされない。淡々と日々が過ぎていくだけ。今日も、彼の元に大人がやってくる。食事と着替えを済ますと別の部屋へと連れていかれる。一体ここに来てからどれ位の時間が経ったのだろうか。


 最初は抵抗していたような気がする。だがいつしか、どんなに暴れても拘束されるだけだと知った。そして、抵抗することも逃げ出すことも諦めるようになったのだ。そんな気がした。



 ワイアットが連れていかれた部屋は元いた部屋と同じ灰色の空間。でもそこにあるのは拘束具ばかり。元いた部屋より広い空間にいるのはワイアットとワイアットを運んだ大人だけ。


「今日は、痛覚の実験だ」


 大人はそう言うとワイアットに手錠をかける。さらに十字架のような拘束具を用意し、ワイアットの身体を吊るす。そして大人は……どこからか刀を取り出した。


 ワイアットは身動き一つしない。雪のように白い髪が目にかかっても無反応。その赤い目は虚ろで、ここではないどこかを見ている。そんなワイアットに目もくれず、大人は行動を開始した。


 ワイアットを刀で切りつける。深く切りつけたらしく、ワイアットの身体に深い切り傷が刻まれる。そこから血が溢れ出る。ワイアットは悲鳴を上げた。だが、傷はすぐに塞がり痛みだけが身体に残る。


「痛みに慣れろ! 痛みさえ克服すれば、お前達は無敵に慣れるんだ」


 大人がワイアットに向かって怒鳴る。そこで、ワイアットの意識が途切れた――。



 はっと目を覚ますとそこは見慣れた自分の部屋。ワイアットは眠い目を軽くこすると大きく伸びをした。見ていた夢が良くなかったせいか、寝間着をは汗でびっしょり濡れている。


 今見ていたのはただの夢。でも夢を夢と言いきることか出来ない。現にルーイの記憶は夢で見たとおりだった。ならこの夢も過去の記憶なのかもしれない。ワイアットは胸の辺りがスーッと冷たくなるのを感じた。


 そこで過ぎったのはレガリアに来てからのこと。クレアもルーイもワイアットが記憶を取り戻すことを心配していた。聖戦士にさせたがらなかったのも、こうやって少しずつ思い出す可能性があるからなのだろう。


(実験って言ってたな。しかも僕一人らしい。なら、ルー君達はあの時どこにいたんだろう。なんて、考えても仕方ないか)


 迷った末にワイアットは考えるのを止めた。汗で冷たく重くなった寝間着を脱いで床に投げ捨てる。軍服を着ようとクローゼットに手を伸ばすと同時に、フォンが鈴の音を立てた。


「やぁ、ワイアット、おはよう。早速なんだけど、今日は九時になったら支部長室に来てくれないかい? あ、そうだ。もう時計は読めるよね?」

「……もう読めるよ。聖戦士になってから二ヶ月が経ったんだから。さすがに時計も読めるし、スケジュールも大体わかるようになったよ」

「ならいいんだ。なんならエイラと一緒に来てもいいよ。どうせ今から連絡するから」


 フォンで連絡してきたのは支部長であるクレアだ。聖戦士になったばかりの頃は「朝食後に」などと動作の後を指定して呼んでいた。それが今では、時間を指定しての呼び出しになっている。


 ワイアットが聖戦士に登録されてから二ヶ月。実はワイアットは最初の頃、時計というものが分からず時間感覚すら乱れていた。それがこの二ヶ月でようやく、正常な感覚になってきている。もっとも、彼自身は何が原因でそうなったのかを知らないのだが。


 ワイアットは急いで黒い軍服に着替えると、任務を想定して身支度。そして心構えをしてから部屋を出る。レガリアに来たばかりの時は身支度に時間がかかっていたが、入団してから一ヶ月が経過した今では素早く出来るようになっていた。


 支部長室があるのはレガリアの最上階。そこに向かうには、レガリアの中に四ヶ所ある階段のどれかを使わなければならない。エレベーターは一台だけあるが、必要時しか使えない。仕方なくワイアットは自室から一番近い南側の階段を使うことにした。


 支部長室に向かう途中、自分の前を歩く見慣れた聖戦士の姿がある。エメラルドブルーの波打った髪はポニーテールに結いてある。その背には武器である短槍を身につけている。ピンと背筋を伸ばして歩くその姿から、その人物が誰か容易に想像出来る。


「エイラ!」


 その聖戦士の名前を呼べば、聖戦士が立ち止まって後ろを振り返る。ワイアットに気付くとアメジスト色の瞳を少し丸くした。そして初めて会った時に比べて少し表情の柔らかくなった微笑みを浮かべる。


「そういえば君も呼ばれてたんだっけ」

「久しぶり。いつ以来だろ。支部長室に行くんでしょ? 一緒に行くよ」


 ワイアットとエイラは階段で意気投合。そのまま、話しながら一緒に支部長室へと向かうことになった。会うのは実に一ヶ月ぶり。ワイアットが任務で倒れた時以来、任務でもプライベートでもすれ違いが続いていた。


「そういえば、君に言いたいことがあったんだよね」

「僕に? 何?」

「その……初めて会った時は失礼なことをしてごめんなさい。いきなり殴ったりして。あの後何回か君と一緒に戦って、君の活躍を見て、見直したわ。ううん、見直したなんて言い訳ね。あの時、リハビリが上手くいかないのと、その……色々あって、気が立ってたのよ。ワイアットも、食堂での会話、聞いたでしょ? ああいうので結構ピリピリしてたのよ。本当にごめんなさい」

「いいよ。あれは僕も悪かったし。最初は何でこんなに頑張るのかなって不思議だったけど、今はわかるから。それに、僕に色々教えてくれたから、さ」


 エイラが伝えたのは、今まで伝えられずにいた謝罪。それは初対面の時、リハビリ室でいきなり頬をビンタしたことへの謝罪。約五ヶ月も前の出来事で既に時効と言えるその謝罪に、ワイアットは面食らってエイラから視線を逸らすしか出来なかった。



 コンコンと支部長室の扉を叩くと「どうぞー」というクレアの声が聞こえる。二人は一緒に支部長室に入り、クレアのいる机の前に並ぶ。扉が閉まるとクレアが言葉を紡ぎ出す。


「今日から君達にはデュオを組んでもらいたい」


 その言葉は静かな室内でやけに大きく響いた。その内容を聞き、エイラとワイアットは互いに顔を見合わせる。そして同時にクレアの方を向くと同じタイミングで言葉を告げた。


「デュオって何ですか?」

「デュオって何なの?」


 見事なまでに二人の言葉が重なる。エイラの声とワイアットの声が綺麗なハーモニーを奏でた。クレアは一度大きく瞬きをするとわざとらしくため息を吐く。


「デュオっていうのは任務を受ける二人組ことね。相性がいいメンバーは実力に関係なくデュオにして生存率を高めているんだよ。要するに、これからはワイアットとエイラがずっと一緒に任務するって意味。わかった?」


 クレアの言ってる意味を正しく解釈した二人は再び顔を見合わせる。驚きのあまり言葉が出てこない。そんな二人の反応を見越していたかのようにクレアが言葉を付け足す。


「そうだ、エイラは十三時になったらもう一度ここに来てくれる? ワイアットは……来てもいいけど、君について君が知ってることを話すだけだから、来る意味はないかもしれない。もうすぐ十時だからさ。僕も、他の聖戦士に任務伝えなきゃいけないんだ。せっかくだし十三時まで二人で話してきたらどうかな?」


 意味深に笑うクレア。ワイアットとエイラは仕方無しにクレアの部屋を出て食堂へと足を運ぶことになった。それは食堂が一番話しやすいからであり、二人共まだ朝食を食べていないからだ。


 去り際、クレアが小さく手を振っていた。十三時になったら何をエイラに伝えるつもりなのか。ワイアットは心中穏やかではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る