20 You protected me ~RUIN's Memory~(2)

 再び目が覚めてもまだ、ワイアットは夢の中にいた。今度はリビングと思わしき広い部屋。そこにある大きな丸テーブルをワイアットを含めた十人で囲んでいる、という状況らしい。ワイアットが確信を持って言えないのには理由がある。


 ワイアットの目に映る視界は奇妙だった。人が座っているであろう場所八つには、黒い影のようなものがある。黒い影のようなものがそこにいるであろう人の姿を隠しているのだ。唯一黒い影のようなものがないのは、先程まで見ていたより幼く見えるルーイだけ。


 青いくせっ毛と赤い目は今と変わらず。笑うとほうれい線が目立つのも同じだ。違うのは、顔の輪郭が丸み帯びていて幼いこと。年齢にすると五歳前後だろうか。ルーイの姿に驚いたワイアットは自分の姿を見る。


 手は、記憶にある大きさより小さくグローブもはめていない。身体も記憶にあるより小さいようで、目線の高さが慣れている位置より低い。この夢の中では、ワイアットもルーイと同様に幼くなっているようだ。


「じゃあみんな、自己紹介をしようか」


 突然ワイアットの背後から聞き覚えのある声がした。クレアの声だ。慌てて後ろを振り返り、ワイアットは思わず言葉を失う。それは、二十歳前後と見られるクレアが、少しも似合っていないエプロンを身につけて立っていたから。


 黒い影のようなもので隠れた人達が自己紹介を始めたのだろうか。ルーイが間隔を空けつつ拍手を繰り返す。だがワイアットには、他の人達の声は聞き取れない。聞こえるのはクレアとルーイの声だけで。


「俺はルイ。後半組だよ。よろしくね」


 聞こえたルーイの自己紹介。そこで名乗られたのは「ルーイ」ではなく「ルイ」。言い間違えたわけではないのか、クレアは名前について注意しない。


 自己紹介は右回りに席順で行われている。ルーイの次に来るのはワイアット。しかしワイアットは何と言えばいいのかわからない。混乱しているワイアットの心に反して口が勝手に動く――。


「僕はワット。僕も後半組だね。よろしく」


 ルーイ以外の者は姿は愚か声すら聞こえない。名前も、どんな人物かも何もわからない。それだけではない。ワイアットは、たった今自分の口から飛び出た言葉の意味すら理解していない。


 テーブルを囲んだ者達は思い思いに話を始めているらしい。ルーイは、黒い影のようなものに覆われて見えない部分に話しかけ、楽しそうに笑っている。だがワイアットはそこに入っていくことが出来ない。会話がわからないのだ。


 楽しく話している間にコツコツと足音が近付いてくるのが聞こえてきた。音の方向はクレアのいる方向から。再びクレアの方を向けば、クレアの隣に見慣れない人物が立っている。


 外巻きの赤紫色の髪は寝癖のせいかボサボサで。丸み帯びた黒い目は優しそうな印象を受ける。ワイアット達の方を見るその顔は穏やかに微笑んでいて。ヨレヨレの白衣を身にまとっている。


(この人、シェリファ先生の見せてくれた、写真の人だ。確か……)

「ネア、先生」


 ワイアットの口から現れた人物の名前がこぼれ落ちる。ワイアットの声が聞こえたのだろう。白衣の男性は、ワイアットに向かって小さく手を振って見せた。かと思えばパンッと手を叩いて他の九人の目線を自分に集める。


「自己紹介はもう済んだ? 改めて、僕も自己紹介するよ。僕はネア。君達の担当医だ。今日から君達十人には、様々なことを学んでもらう。そして、立派な聖戦士になって欲しい。君達十人は、だ。将来、アリアンを引っ張る聖戦士になるために、今日から十人一緒に勉強をしよう。いいかい?」


 ネアの目は、表情は、嘘をついているようには見えない。ワイアット達十人は人造聖戦士であることを隠され、聖戦士候補生として、聖戦士になるべく日々を過ごしてきた。そういうことになるのだろう。


(聖戦士候補生? 立派な聖戦士になる? そんなこと、知らない。僕は『エアと戦うための道具』としての扱いしか、知らない)


 ネアの言葉が信じられなくて。頭がこんがらがりそうだった。そうこうするうちに再び視界がぼやけていく。そしてまた、眠りに落ちるかのように自然に目を閉じた。



 また場面が変わる。目の前に広がる光景は先程までと大違いだった。ワイアットは鉄格子のついた狭い部屋に閉じ込められていた。鉄格子の中には便器、洗面台、ベッドしかものが無い。これではまるで牢屋のようである。


 鉄格子を挟んだ向かい側には、白い軍服を着たアリアンの非戦闘員が何人かいる。ワイアットはあまりに目まぐるしく変わる状況を理解するのに少し時間がかかった。


「少しは反省したか? 全く……。お前は聖戦士候補生、なんだろう? なら、戦えよ。エアを殺せよ! それが役目だろ?」

「いいか? お前達は一体でも多くのエアを駆逐するんだ。それがお前達の役割、生きる術なんだからな」

「怖い? 怖くても戦え。それが役目だろ? なぁ、ワット。お前達は怪我の回復も身体能力も、これまでの聖戦士とはケタ違いなんだよ。だからさ、痛みと恐怖を克服して戦ってもらわなきゃ困るんだよな」

「我々はお前達聖戦士を守るためにいるんじゃない。エアと戦い、住民を守るために存在するんだ。お前達聖戦士はあくまで、エアと戦うための道具、手段に過ぎない。ただでさえ聖戦士が少ないというのに」


 今のワイアットには、自分が何をしたのかはわからない。だが、この目の前にいる職員達が自分を責めていることはわかる。「殺せ」「戦え」とばかり言われているのは、ワイアットが人造聖戦士だから、なのだろう。


 ワイアットのような人造聖戦士は、能力が他の聖戦士より高いらしい。そしてそのために「他の聖戦士の分も戦え」と言いたいのだ。どんなに言葉を濁していても、その真意は変わらない。


 痛くても耐えて戦え。エアが怖くても身体を無理やり動かして戦え。他の選択肢はない。ワイアット達人造聖戦士に与えられた選択肢は「エアと戦う」の一択しかなかったのだ。


「人造聖戦士のお前らに托すしか――」

「アホ。それ言っちゃダメなやつ。と、とにかく、今日一日そこで反省していろ。ほら、一旦戻るぞ」


 「人造聖戦士」の言葉にワイアットは目を見開く。この言葉、どうやら当時はワイアット達人造聖戦士には秘密にされていたようだ。その代わりに生まれた言葉が「聖戦士候補生」だったのだ。


「なんだよ、それ」


 ワイアットの口からこぼれ落ちた言葉は絶望に満ちていた。先程のアリアン職員の言葉を理解したためだ。


(つまり、聖戦士の数を守るために俺を作ったわけだ。他の聖戦士より強いからもっとエアを倒せって、そんなの――。こっちの意志も聞かずに決めんなよ。聖戦士は、道具じゃないだろ)


 アリアンという組織はエアと戦うための組織であり、地上都市の運営にも関わっている。だがその職員の何割かは、聖戦士をエアを倒す道具をみなしている。そして自分は戦わずに、聖戦士が苦しむ様を遠くから傍観している。


 ワイアット達は、聖戦士の減少を防ぐために作られた聖戦士で。求められるのは並の聖戦士以上の結果で。そこに、ワイアット達人造聖戦士の気持ちは欠片も入っていなくて。同じ「人」なのに「人」として扱ってもらえないのが悲しい。


 ワイアットが言われた言葉を反芻している時のこと。牢屋のある部屋で物音がした。扉を開ける音と誰かが近付いてくる足音、そしてジャラジャラと鍵の音がする。ワイアットが音に気付くより早く、ワイアットのいる牢屋が開く。


「ほら、やっぱりここにいた。ワット、とっとと逃げるぞ。ついてこい」

「え、ルー君、なんでここに――」

「そんなことより、あいつらが帰ってくる前に逃げんぞ。見つかったら面倒だ」


 ワイアットの牢屋にやって来たのはルーイだった。部屋の外にルーイ以外の誰かもいるらしいのだが、やはり影のようなものに覆われていて姿は見えない。ワイアットはルーイに手を引かれ、牢屋から逃げ出す。


「大丈夫、かな?」

「安心しろって。別に逃げ出すのなんて、いつものことだろ? バレたところで、ネア先生のところまで逃げればあいつらは手を出せねぇ」


 ルーイの口ぶりから、ワイアット以外にも牢屋に入った人が何人かいるようで。その度にルーイ達は鍵を持ち込んで牢屋から人を助け出し、ネアのところまで逃げていることがわかる。


 ワイアットは自分の身に起きていることを理解しようとすると、突如身体がふわりと浮き上がる感覚に襲われる。何かに呼ばれている気がした。上に上に、見えない誰かが引っ張っている――。

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