episode7 You protected me ~RUIN's Memory~

19 You protected me ~RUIN's Memory~(1)

 現実世界で意識不明となったワイアットは、夢を見ていた。ワイアットの目の前に広がるのは小さなテーブル。目の前にいるのは――。


「どうした、ワイアット?」


 そう、ワイアットに話しかける子供がいた。少し癖のある青髪に赤色の瞳をした七歳くらいの子供。それは例えるなら、今のルーイを十歳ほど若返らせた姿に近い。


 その子供の姿を見たワイアットは直感的に感じた。「この子供は昔のルーイである」と。今より若干声が高いのは声変わりをする前だからだろう。アーモンド型の赤色の瞳も、癖っ毛で少しうねった青髪も今とさほど変わらない。


「ルー、君?」


 気がつけばワイアットは今呼んでいるルーイの愛称を声に出していた。声に出してからふと、思い出す。「ルー君」という愛称は、かつて自分がルーイを呼ぶのに使っていたのだと。


「ん? どうした、ワット?」


 そう、かつてワイアットはルーイのことを「ルー君」と呼んでいたのだ。そして、ルーイはワイアットのことを「ワット」と呼んでいた。なぜ「ワット」なのかはワイアットにはわからないが。


 様子のおかしいワイアットを案じたのだろう。ルーイがその手をワイアットの額に乗せる。熱がないかを確認しているようだ。熱がないとわかるとワイアットの両頬を軽く引っ張る。


「悩み事があるなら言えよ? 他の奴らには相談しにくいだろ?」

「他の、奴ら?」

「本当に大丈夫か? 他の奴らって言ったらあの八人しかいねぇだろ。うーん、熱とかって訳じゃ無さそうだけど。念のため先生に診てもらうか」

「先生?」

「おいおい。先生って言ったらネア先生以外に誰がいるんだよ」


 ルーイが苦笑いしながら言葉を紡ぐ。しかし、小さい頃のルーイを見たところで、現在の記憶しか持たないワイアットにはルーイの言葉の意味が所々理解出来ない。


 どうやらワイアット、ルーイの他に八人の人物が行動を共にしているらしい。そしてルーイの口ぶりから察するに、ワイアット達十人の主治医がネアという人物なのだろう。「ネア」という名前にワイアットは少し首を傾げる。



 ワイアットの先生だというネア。その名前の響きに聞き覚えがあった。否、目覚めてから最初に、今の担当医シェリファの姿を見て思い出した人物だ。ワイアットの脳裏にかつてのシェリファの言葉が蘇る。


『この人はネア。私のお父さんで、ワイアットの担当医だった人よ。あなたの元いた地上都市にいたの』


 シェリファの父親。シェリファと同じ、黒い目と外巻きの赤紫色の髪を持つ、白衣を着た男性。


「ルー君、ここって……」

「ここはアトランティスに決まってんだろ、ワット。地上都市アトランティス。俺らの暮らしてる場所。しっかりしろよ、ワット。ボケるにはまだ早いぞ」

「ごめん」

「今日は何する日か覚えてるか? わかんねぇなら一度、ネア先生かクレアにでも診てもらうけど」

「きょ、今日? えーと、えーと…………な、何する日、だっけ?」

「俺とワットで、アトランティスの外にいるエアと戦う日だよ。それも忘れてんのか。ったく、しょうがねぇなぁ。任務の前に診てもらった方がいいな、こりゃ。……お、丁度いいところにクレアが。おーい、クレアー! ちょっとこっち来てワットのこと診てくれねぇ?」


 ワイアットとルーイがいるのは小さな部屋のようだ。扉は開いていて、丁度扉の外側を見慣れたシルエットが通りかかる。ルーイの呼びかけに部屋に入ってきたその人物は、現在レガリアの支部長をしているクレア。


 クレアの姿を見た辺りから少しずつ周りの景色が歪んでいく。クレアとルーイがワイアットの身体を支えるのが感覚でわかった。次第に目を開くのも困難になり、眠りに落ちる時のように自然に目を閉じる。ワイアットの視界が真っ暗になった。



 再び目を開いた時、目の前に広がる景色はかなり変わっていた。まず、室内ではなく外の世界にいた。周りに広がるのは硬い地面と、その先に見える空。どうやらここは外の世界にあるどこかの山の頂上らしい。


 ワイアットは輪刀を持ったまま地面に座り込んでいて。目の前ではルーイがワイアットの方を見ながら、見たこともないエアの爪で肩を貫かれていた。だが着ている服は聖戦士の正装と違う服だ。


 腰丈の赤い縁取りのついた白いジャケットに白いズボン。ジャケットの左胸には金色の糸で「Arian」と刺繍されている。それは、レガリアで支給された聖戦士やアリアン職員の着る軍服とは異なるデザインのジャージ。


 波動機を手に持ち、ジャージを着て外の世界にいる。この時点で「エアを討伐するために外の世界に出た」ことが容易に想像出来る。だが妙なのは、装備品の類もワイアットの知るものと違うこと。


 まず履き物はスニーカー。靴底にタイヤのついた波動靴ではない。フォンも身につけていない。代わりにマイクのついたイヤホンのようなものが右耳にだけ付いている。


(ルー君が、倒れてる。この感じ……ルー君が僕を突き飛ばして庇った? そうとしか――)


 状況を理解しようとするも思考が停止する。なぜならルーイが笑っているから。ルーイの肩を爪で貫いたエアは、何があったのかあっという間に凍りつき、砕け散った。


「ルー君!」


 考えるより行動した方が早い。そう考えたワイアットは、エアが砕け散ったのを見るとすぐさまルーイに駆け寄る。だがやはり、何が起きたのかも何が起きているのかもわからない。


 リュックや腕時計型の方位磁針はない。革袋がないことから、エアの死体の回収が目的でないことはわかる。ならば何故、ワイアットはルーイと共に外の世界でエアと戦っているのだろう。


 駆け寄ってルーイの身体に触れるや否や、この時に何が起きたのかを微かに思い出す。この時、ワイアットはルーイと二人でこのエアと戦っていたのだ。そしてルーイはワイアットを庇って怪我を負った。


 ワイアットの背中を押して突き飛ばすと、ワイアットのいた位置に移動。ルーイはワイアットの代わりに肩をエアの爪で貫かれたのである。つまり、この怪我はワイアットのせいになる。


「ルー君、ごめん。僕のせいだ」

「ワット、やっぱりボケてる? 俺らは心臓を潰されない限り身体が再生するだろ。こんなん、爪さえ引っこ抜けば一日二日で治るっての。やっぱりお前、今日おかしいよな」


 ワイアットの赤い瞳から涙が溢れる。だが当のワイアットはなぜ泣いているのか理解出来ていない。仲間とはいえ赤の他人のはずなのに、なぜルーイの怪我がこんなに悲しいのだろう。


 この時のワイアットが持っていたはずの感情を、今のワイアットは理解出来ない。胸が締めつけられるような感覚も、両目から止めどなく溢れる涙の訳も、わからない。でもこの気持ちを二度と味わいたくないと思った。


 しかしここで少し何かが引っかかる。ルーイの言っている言葉の意味がわからないのだ。


 「心臓を潰されない限り身体が再生する」とはどういうことだろう。だがそれについて深く考えられないまま、ワイアットの意識が遠のいていく。

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