18 I want to protect you(3)

 ワイアットとエイラがルーイの元に来てから三十分程が経過。当初五十体近くいたエアは、その数の増減を繰り返し、今では残り十体にまでなっていた。


 風の波動をまとわせた輪刀を振るうワイアット。その耳は本人の意思に反してピクピクと動く。巨大コウモリを模したエアの出す鳴き声に、無意識に反応しているのだ。


 輪刀でエアを攻撃する。その間も頭の中で繰り返し思い出されるのは、ルーイがワイアットを助ける光景だった。ルーイに助けられてからというもの、何故か妙に頭が痛い。何故か、似たようなことが前にあったような気がする。


 痛みに気を取られると次第に動きが疎かになっている。エアはそれを逃さない。再びワイアット目掛けて火の玉を吐こうとする。そして、当の本人はそれに気付かない。


「ワイアット!」


 それは一瞬の出来事だった。何者かがワイアットに向かって飛んでくる火の玉を短槍で突いただけで消してしまう。そしてそのまま加速し、短槍でエアを真っ二つに切り裂いた。


 氷と雷を扱える短槍の波動機。動く度に揺れるエメラルドブルーの髪の毛。ワイアットを助けに来たのは、右足が義足の聖戦士エイラ。助けに来たのはいいが、義足での着地につい顔を歪ませる。


 そんなエイラの様子を見たワイアットは何故か頭痛が悪化。そのまま地面に座り込んで輪刀を置くと頭を抱えて呻き出す。エイラの姿に、何故かルーイの姿が重なって見える。


「よし、これで全部倒せたね。さぁ、帰る――」

「ワイアット! しっかりしなさい!」


 エイラがワイアットを庇う間にも残りのエアを片付けていたルーイ。もう巨大コウモリの生き残りはいない。それを確認した時に、それは始まった。



 エイラの声に反応してルーイがワイアットの方に駆け寄る。何が起きたのか、エアと戦うのに必死だったルーイにはわからなかったのだ。そして、駆け寄った先にあった光景に思わず言葉を失う。


 ワイアットは地面にしゃがみこむような形で意識を失っているようだった。エイラが頑張って体勢を変えて気道確保をしようとしている。その近くには二人の波動機が無造作に置かれていて。


 ルーイは言葉を発しないまま、エイラの代わりにワイアットの体を地面に横たわらせた。そして気道確保を行い、呼吸の有無や心音の有無を確認。ルーイの赤い目から涙が数粒、地面へと零れた。


「……いつから?」

「さっき、です。私が庇ってから、様子が、おかしく、なって――。攻撃、されてない、はず、なのに。なのに、どうして――」

「とりあえずレガリアに運ぼう。シェリファに見てもらうんだ。元々ワットを診てたから、シェリファなら何かわかるはず」


 ルーイはエイラに状況を確認すると、鞄から何かを取り出して組み立て始めた。見る見るうちに形を変えていくそれは、折りたたみ式の担架。どうやら非常時に備えて持ち歩いていたらしい。


「ワットはこれに乗せて運ぶ。折りたたみ式の荷台もあるから、荷台に波動機とか入れて。その上に担架を乗せるよ。エイラ、君には……エアの死体を革袋に回収してほしい。急いで」

「は、はい!」


 戦場では人の具合を気遣って悲しむ余裕もない。このままここに入れば、またあの厄介な巨大コウモリがやってくる可能性がある。再び襲われる前にどうにかしてこの場を離れる必要があった。


 エイラに指示を出したものの、ルーイもショックを受けている。赤い目を潤ませながら作業をこなしているのがその証拠だ。泣いていても動かなければ、何も変わらない。それをルーイが一番わかっていた。


 巨大コウモリを模したエアの群れを討伐した三人はなんとかレガリアに帰還。意識の戻らないワイアットはレガリアに到着するとすぐさま個室病棟へと運ばれた。


 ルーイとエイラの二人は、ワイアットの代わりに様々な手続きを済ませる。そして、死んだ二人の聖戦士の波動機を持ったまま支部長室を訪れた。


「おかえり。報告をお願い」

「エアの群れは無事に討伐。死体は回収班に托したよ。でも、スバルとユリウスがエアに喰われた。これが二人の波動機。それともう一つ。エアの討伐は達成した。でも討伐の途中でワイアットが倒れて、今も意識不明。とりあえずシェリファに診てもらうように頼んだ。ここまでが俺からの報告、かな」


 ルーイがクレアに結果を報告する。回収班とは聖戦士が討伐したエアの死体を託す人達のことである。ルーイの報告を真横で聞くエイラは俯いて床ばかりを見ている。


 アリアンの非戦闘員はいくつかの種類に分かれている。回収班はその種類の一つで、主に聖戦士が持ち帰ったエアの死体の処分を担当する。


 エアは肉は食用に、毛皮などは衣服に、骨などは武器などの材料に使われる。回収班はエアを解体して用途別に分け、それをそれぞれ必要とする班に渡す人達だ。


 アリアンの非戦闘員の数は多い。そしてそのどれもが市民が生活のためにアリアンの仕事を補佐する形である。市民全員が何らかの形でアリアンに所属している、とも言える。


 ルーイの報告を受けたクレアは、俯いたままのエイラに目がいった。ワイアットの事がよほど気になるのか、元気がないように見える。


「よく生き残ったね、エイラ」

「援護先がルーイさんじゃなかったら死んでました。では私達はこれで失礼します」


 エイラは死んだ二人の聖戦士の武器――波動器を床に置くと、ルーイを連れて部屋を出る。そして部屋から出るや否や走り出す。そのアメジスト色のつり目は涙に潤んでいた。



 その日の夜のこと。任務から帰還したワイアットは医療区画の個室病棟にて集中治療を受けさせられた。もっとも、外傷が無いためただ見守ることしか出来ないのだが。


 任務で何があったのか、ワイアットは気絶したまま意識を取り戻さない。エイラとルーイに聞いた話では、人に庇われた後におかしくなったらしい。頭を抑えていたことから頭痛があったと推測できる。


 ワイアットの病棟を管理し、ワイアットの容態を診るのは女医シェリファ。ワイアットがレガリアで目覚めるまで面倒を見ていた、良くも悪くもワイアットの事情を知る者。


 さて、ワイアットの病室のすぐ外でのこと。女医シェリファと会話をする者がいた。レガリア支部の支部長、クレアである。必要な職務を全て終わらせた上で急いでここにやってきたのだ。


 黒い軍帽は右手に握りしめ。金髪は慌てて来たせいかかなり乱れている。その青い瞳はワイアットのいる病室を、窓越しに覗いていた。ベッドに横たわるその姿は、ただ眠っているだけのように見える。


「ワイアットの具合は?」

「外傷は特になし。でも、目覚めない。いつ目覚めてもおかしくないのに。何かを思い出したのかもしれないわね」


 シェリファの言葉にがっくりと肩を落とすクレア。それには理由があった。今回のワイアットの状態にとても密接した、大人の事情が。


「やっぱり、聖戦士になんて戻さない方が――」

「クレアは悪くないわ。悪いのは……ワイアット達をこんなふうにした、みんな、なんだから」

「『人造聖戦士計画』のせい、か」


 クレアとシェリファによる意味深な会話。それは二人にしか聞こえない程度のひそひそ声でされていた。誰にも聞こえない、聞こえてもわからない、秘密の会話。


 クレアの青い瞳が、未だに眠り続けるワイアットの姿を捉える。外傷はない。しかし、シェリファは念のためにとワイアットの身体を拘束していた。何かを思い出して暴れる可能性があるからだ。


 クレアに出来るのは祈ることだけ。ワイアットの意識が回復することを。そして、願わくは元のワイアットに戻ることを。ただただ祈ることしか出来ない。それがただ、もどかしい。


「僕はただ、守りたい。守りたいんだよ、ワイアットを。出来れば、聖戦士としてではなく非戦闘員として、暮らして欲しかった。一人のカウンセラーとして、保護者として可愛がってたスタッフとして。あの子達には幸せになって欲しいんだ」


 クレアの願いが、掠れた声で口から零れた。

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