第八話

 五月五日、午後三時。

 JR二条駅前。


「ようこそおいでくださいました。皆さんのボランティアへのご協力、感謝いたします。私が、青林女学院生徒会長の伏見です」


 そう言ったのは純白のブレザーに豊満な体を隠し、濃紺色をしたプリッツスカート振りまく大人びた女性。優し気な微笑みを口元にたたえている彼女は、亜麻色の長い髪を揺らしながら、こちらにその白い手を差し出してきた。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。御陵坂学園文学部の天崎です」


「天崎さん。助かりますわ。生徒会でも、ボランティア委員でもないのに、こうして活動に賛同していただけるだなんて」


「地域への貢献は、我が校としても力を入れていることですから。まぁ、先生に半ば強要されたという所もあるにはありますが」


「まぁ」


「けど、参加を決めたのは、あくまで私たちの意志です」


「それは素晴らしい。動機はともかく、自らの意志でするのであれば、何も問題はないと思いますわ。あらためて、感謝を」


 そう言って、青林女学院の生徒会長は、私の手を力強く握りしめた。


 この手が実は人ならざるモノの手かもしれない。

 そう思うと、少し背筋に冷たいモノが走った。


 カゲナシについて、それがそうであると、確実に判別する方法は――影の有無より他においてない。こちら側から、彼らを見破る術というのは、特に存在しないのだ。

 だからひたすらに、夜になるまで――カゲナシたちが安堵して、その影を隠す瞬間まで――こちらも迂闊な動きをすることはできない。


 人類の敵かもしれない人物と、それを疑いつつ平静を装って接しなければならない。

 それは、自分で言うのもなんだけれども、なんとも厄介なことであった。


「……しかし、随分と派手な文学部さんですね」


「あは、あははは」


「あの人など、特に文学などとは程遠いような。あら、失礼、つい口が」


「いいんです気にしないでください。こちらも慣れていますから」


 そう言って、青林女学院の生徒会長さんが視線を向けたのは――もちろん浩一こうさんだった。燃えるような赤い髪に、美顔でこそあるがやんちゃな感じの顔。文章を読むよりも、外で暴れる方が性に合っている、と、そんなオーラがほとばしる彼だ。

 当然のことなのだけれど、ボランティアのボの字も似合っていない。


 青林女学院の生徒たちはもとより、集まった、他の学校の生徒たちから、好奇の視線を向けられるのは仕方のないことだった。


 そして――。


「あん、なんだこら。なにメンチ切ってんだ。言いてえことがあるならよう、面と向かってはっきりと言えや、このチキンどもが」


 売り言葉に買い言葉。ならぬ、売り視線に買い言葉である。

 向けられる好奇の視線に対して、浩一こうさんは、いちいち過敏な反応を示した。


 そんな言葉を浴びせられれば、当然気分のいいものではない。

 御陵坂学園文学部メンバーは、自然、他の学校の生徒から、あからさまに避けられるようなことになった。


 その一方で。

 一部の他校の女子たちが、その外面とワイルドな言動に惹かれてか、熱っぽい視線を浩一こうさんに向けているのも、事実には違いなかった。


 やめておきなよ。

 絶対に苦労するだけだよ。

 現にこうして頭が痛くなるような状況になっているし。


 あぁ、こんなことならば、浩一こうさんに一緒に来てもらうんじゃなかった、と、後悔する。

 とはいえ、任務は任務である。

 いざ、カゲナシと戦闘となった時に、浩一こうさん――『大太郎亭火男だいたろうていかなん』の能力は、確実に必要だ。そして、それは、高木くんにも、馬崎さんにも、香奈ちゃんにも当てはまった。


 そしてもちろん、氷室くんにも。


「あちらの、落ち着いた眼鏡の方は、いかにも文学部員という感じですわね」


「そうですね。あは、あはははぁ……」


 口を開けば、彼も、浩一こうさんに負けず劣らずの、辛辣ぶりなのだけれど。

 まぁ、そこは浩一こうさんと違って、精神年齢は大人な氷室くんだ。彼は、いつも文学部の部室で見せる傍若無人さと比べれば、大人しくしてくれていた。


 相変わらず、私が視線を向けると、じろり、と、睨み返してくるけれど。


 結局、氷室くんとの関係を私は修復することはできなかった。

 何度となく、その機会を探ってみた私だったけれど、それは全て失敗に終わり、気が付くと、今日と言う日を迎えることとなっていた。


 やはり私にはリーダーとしての資質が……。


 そんなことを考えるのも、もはや、日常茶飯事になりすぎて、ゲシュタルト崩壊している節がある。

 一度、瀬奈姉に相談して、その辺りの上手いやり方を、ご教授いただかないといけないかもしれない。一年経ってから、そんなことを言うのもなんだけれども。


「……なんだか苦労されていらっしゃるみたいですね」


「あっ、いえ、そんな」


「二年生なのに部長さんをなさっておられるのでしょう。年上の方を差し置いて、さぞ気苦労の多いことでしょう」


「いえいえ、むしろ、気を遣ってくれるといいますか。みんな、こんな私なのに、よく支えてえくれるといいますか」


「まぁ。すると、天崎さんは、人に支えて貰うタイプのリーダーですのね」


「……はい?」


 人に支えて貰うタイプのリーダー、とは。

 そんなものがあるのだろうか。


 リーダーというのは普通、チームのメンバーをまとめあげて、引っ張っていくものではないのだろうか。そんな、周りの人間に支えられて、なんとかなるようなリーダなんて、そんなものが果たして許されるのだろうか。


 少なくとも、瀬奈姉ならば、そんなものは認めませんと、真顔で切り捨てそうだ。


 目の前の亜麻色の髪をした乙女が、ふふふ、と、口元を隠して笑った。

 優しいその表情に、同じ女性だというのに、どきりと胸が高鳴るのを私は感じた。


「リーダーというのは、人を動かすことも大切ですが、それ以上に、人に支えられることも大切ですの。どちらも両方、バランスよく行うことができてこそ、真に組織というのは上手く回るものですわ」


「……そういうものでしょうか」


「家柄だ、学力だ、カリスマだ。そんな権威を傘に着て、無理やり組織をまとめあげても、無用な反発を招くだけです。真にその人を支えたいと思わせる、それだけの人的な魅力があってこそ、というものですわ」


 私に、そんな魅力がある、というのだろうか。

 分からない。分からないけれど、たぶん、ないんじゃないかな、と、思う。


 私にみんながついて来てくれるのは、私が京都守護役にして『大太郎天目だいたろうてんもく』である瀬奈姉の、妹というただそれだけのことである。

 高木くんについては、そうではないかもしれないが――。


 なんてことを考えていると、会長、と、亜麻色の乙女を呼ぶ声がした。

 はぁい、と、彼女を呼んだ青林女学院の生徒の方を向いて、亜麻色の髪をした生徒会長さんは私に背中を向けた。


「それでは、私も呼ばれておりますので、これで。重ね重ねになりますけれど、今日はよろしくお願いいたしますわね」


「あ、はい、こちらこそ……」


 そんな挨拶を終えて、私は亜麻色の髪が揺れるその背中を見送った。

 どうやら、私と違ってあの生徒会長さんは、生徒会のメンバーに慕われもしているし、信頼もされているらしい。


 カゲナシかもしれない相手である。

 そんな青林女学院の生徒会長に対して、こんなことを思うのは間違っているのかも知れないけれど――。


「私にも、彼女みたいに、周りから慕われる才能があったなら」


 そうすれば、今もこうして、氷室くんのことに思い煩うこともないのだろう。

 また、さりげなく、氷室くんに向かって視線を向けてみる。


 けれどもやはり、彼は『天眼の衛士』――しかも名跡『水月亭氷柱ひょうげつていつらら』の名を継いでいる実力者である。

 その視線に合わせるように、つん、と、その鼻先を、明後日の方向に向けた。


 辛い。

 そんな、あからさまに無視なんて、しなくたっていいじゃない。

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