第七話

 声に後ろを振り返る。

 はたしてそこに立っていたのは――四人組の男女のグループだった。


 それぞれ、手には警音楽器を持っている。

 そのうちの一人――私に「先輩」と声をかけた男の子の顔には、暗闇の中ではあったがはっきりと、見覚えがあることが分かった。


「どうしたんですかこんな所で。というか、先輩たちも外出許可取ってたんですね、意外」


「……高木くん?」


 高木連太郎である。

 彼はギターケースを肩から背負って、片手にアンプをぶら下げると、人のいい笑顔を私の方に向けていた。


 どうして、高木くんがこんな所に居るのだろう。

 いや、それを思っているのは、きっと彼も同じに違いない。


 それよりも、気になるのは――。


「……どうしてこんなところに」


「そりゃお互い様でしょう。バンドですよ、バンド。中学の頃に軽音部に所属してたんですよね、俺。それで、受験もこうして終わったことだし、久しぶりに鴨川で演奏しようぜってなって……。ついついハメ外したら、この時間」


 先生には黙っておいてくださいね、と、頭を下げる高木くん。

 その背後で、ぎらり、と、黄色い捕食者の目が光るのを私は見逃さなかった。

 もちろん――浩一こうさんを含む、仲間のみんなも。


 こんなことってあるのだろうか。

 いや、ある、かもしれない。カゲナシとは、こんな風に、ごく自然に、そして突然に、人の居場所を奪ってこの社会に紛れ込んでくるものだ。


「ていうか、なんですか、先輩たちのその恰好。なんかのコスプレですか」


「離れて、高木くん!!」


「えっ、ちょっと、そんな言い方。別に俺も、バンドとかやってるんで、趣味にとやかく言うつもりはないっすよ。というか、そういう趣味があるって知って、ちょっと親近感が湧いたかも……」


「違うの高木くん!! その、から、離れてって言ってるの!!」


 きぃ、と、鳴いたかと思うと、少女が首を百八十度回転させる。

 隣に立っていた、高木くんの友達たちが、わぁ、と、声を上げる。しかし、それを上げたが最後、彼らの体には、無数の礫が撃ち込まれていた。


 細かく、そして尖った石礫に体を撃ち抜かれて、体中を蜂の巣にされた高木くんの友達。その礫を放った者――高木くんのバンド仲間に擬態していたカゲナシが、再び顔を百八十度回転させる。


 その顔は、土偶か何かのように、練られた土で出来ていた。


「おいおい、おい!! ヤバいレベルのが出てきやがったぞ!!」


「土属性!! しかも、捕食タイプ!!」


「お姉さま、指示を!!」


「……馬崎先輩!!」


 まかせろ。

 そう馬崎さんが叫ぶ。言うが早いか、同系属性の土の影縛術を得意とする彼は印を切った。と言っても、彼は特に誰かの門下に入っていた訳ではない、完全に自己流だ。


 隆起した土が、すぐさま、私たちとカゲナシを隔てる壁となって現れた。

 四方を土の壁に覆われたカゲナシが、どうしていいか分からずに動きを止める。


 そのうちに、私は高木くんをこっちに引き寄せた。


「えっ、あっ……えぇっ?」


「とにかく、私たちの後ろに隠れて、高木くん!!」


「……祐二……太彦……久美? あれ……これ、なんだ? 夢?」


「夢じゃないわ、現実よ、高木くん!! しっかりと現実を受け止めて!!」


 振り返った高木くんは、目の前で起こっている現象を受け止められない感じに、ぱちくりとその目をしばたたかせていた。

 自分の中学時代の友人が、一瞬にしてバケモノに代わり、そして、他の友人たちを殺してしまったのだ。


 その衝撃は自分を失うほどのことだろう。


 しかし、今は悲しみに暮れている場合ではない。

 受け止めきれない衝撃に、自分を見失っている場合でもない。


 命の危機なのだ。


「しっかりして!!」


 私は渾身の力を込めて、高木くんの頬を叩いた。

 非力な女の私の平手では、どれだけ力を込めても、彼を気絶させることはできない。それは痛くもかゆくもない、そんなものだったかもしれない。


 けれど、彼はぶたれた所をさすって、それから、私に視線を向けた。


「……先輩これって」


「詳しいことは後で説明するから。とにかく、貴方は後ろに隠れていて」


 そうこうしているうちに、土の壁が両側から破られた。

 伸びてくるのは、蛇の鱗のような細かい模様が掘られた二本の触手。

 それは、まるで、土遊びでもするように、馬崎さんが作り上げた土の壁を薙ぎ払い、崩してみせたのだった。


「……キャハハハハハハハ!!!!」


 深夜の街に響く、不気味な女の笑い声。

 それを発した土偶のカゲナシは、また、ぐるりぐるりと顔を二回転させると、それと同時に二本の触手をしならせて、こちらに向かって突撃してきた。


 どうする、と、逡巡する。

 守るべき人間が背後にいる、逃げることは出来そうにない。

 そして、このカゲナシの実力は――正直に言って、若輩の『天眼の衛士』の手には余る。加えて――。


「リーダー、属性不利だ!!」


「風属性の影縛術の使い手が居ないときに一番遭遇したくねえ奴だ!!」


 土属性は、水に強く、風に弱い。

 火属性の影縛術の使い手である、私と浩一こうさん、そして、同族性の馬崎さんで当たることはできるだろうが。せいぜい凌ぐのが精一杯である。


 致命傷を与えることはおそらく難しい。

 応援を。


 いや、熟練の『天眼の衛士』が到着するまで、持つ気がしない。

 それでも、最善を尽くさなければ。


「香奈ちゃん、すぐに瀬奈姉――京都守護役へ連絡を」


「はい!!」


「馬崎さん!! 浩一こうさん!! それまでなんとか持ちこたえます、前衛をお願いします!! 氷室さんは属性不利です、後ろへ下がって待機――香奈ちゃんのサポートを!!」


「任せろ!! お嬢にも、他の奴にも、指一本触れさせねえぜ!!」


「承知した。リーダー」


 再び、浩一こうさんが印を切る。

 すると、たちまちに手にしていた朱色の槍に炎がとぐろ状に立ち昇り、径の大きな巨大な火槍にそれは変じた。


 一方、馬崎さんも印を切る。

 再び土壁を展開した彼は、私たちと、土偶のカゲナシの間に、無数の壁を作り出して、遮蔽物とした。それと同時に、彼はナックルグローブをしっかりと両手にはめて、敵に向かって駆け出す。


 京都の名門火系影縛術の一家『大太郎亭』の高弟火男かなん

 そして、元ジュニアチャンピオンにして、土系影縛術の使い手の馬崎さん。

 この強力な前衛フロントに、任せてみるしかない。


 それと同時に、私は灼銅鎖を握りしめた。


「本部と連絡が取れました!! 到着まで、あと、十五分!! 瀬奈さま――『大太郎天目』も合流するそうです!!」


 それまで凌ぎ切れるか。

 いや、やれる、やれないかじゃない。


 やるんだ。

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