第2話 コスプレ好きのヴァルキリー登場
声が、聞こえた。
透き通るような、美しい声。
耳でも、頭でもなく、魂に直接響くような声。
僕は死んだ。
そう思っていたのに、目を開けるとそこには茶色の天井が――いや、古びた木造の天井が広がっている。
僕は……車にひかれたんじゃないのか?
起き上がろうとすると、触り慣れた感触があった。
これは……マット?
どうやら僕は、体育でよく使う白いマットの上で寝ていたらしい。
これは……どういうことなんだ?
僕は助かったのか?
奇跡的に無傷で?
そもそも、ここは病院なのか?
いや、でもまさか、体育マットの上に寝せる病院なんてさすがに無いだろ。
じゃあ……ここはどこなんだ?
僕は状況を把握しようと、周囲を見渡す。
「……なんだ、これ……?」
だが、更なる混乱が僕に襲いかかってきた。
見たこともない、古びた木造建ての教室。
年季の入った机が横一列並べられ、その上には血のように赤い斧や木で出来た槍、黒い爪に銀の剣らしきモノなどが等間隔に置かれてある。
それらは細かな金細工や豪華絢爛な装飾が施されており、今にも壊れそうな教室には相応しくなかった。
だが、それよりも何よりも、一番相応しくないと感じたのは――。
「その気高き魂は、まさに勇者と呼ぶに相応しい。ようこそ、【エインフェリア】よ。共に戦えることを、私は嬉しく思う」
光に照らされ、シルクのように輝く銀髪。
透き通るような白い肌。
非の打ち所がない、整った顔つき。
教卓の上に座り、宝石のような薄青い瞳でこちらをジッと見下ろしている。
絵画の中から現れたような彼女から、僕は目を離せなくなっていた。
「……貴方は、誰なんですか……?」
僕は、絞り出すような声で質問した。
「私は【ヴァルキリー】。戦死者を選定する者よ」
ヴァルキリー?
ソシャゲでよく聞く、あの神様だっていうのか?
なんで僕の前に……?
ヴァルキリーは教卓からフワリと舞い降り、カツカツと革靴を鳴らしながら僕の所に近づいてくる。
革靴?
鉄のブーツじゃなくて?
よく見てみると、ヴァルキリーの服装は白のブラウスに黒のスーツ、それに黒のタイトスカートというおおよそ神様らしくない格好だ。
まるで学校の先生のようだ。
目の前で立ち止まり、ヴァルキリーはいぶかしげな表情で僕をジロジロと見る。
「あら……? まだエーテル体の固着が緩いのかしら……?」
ヴァルキリーは、僕に抱きつく。
何の前触れもなく、唐突に。
「へぁっ!?」
な、なんだこれ!?
ど、どういう状況だ!?
うぁ、良い匂いがする……じゃなくて!!
何で僕は抱きつかれたんだ!?
エーテルの固着って……うぉぉっ!?
ぷっ、ぷにっとした大きいものがぁ……!!
あぁ……神様、今の状況が全く把握できないけど、とにかくありがとう……!!
「これで固着が硬くなったようね。さて……」
今度は並べてある机の前に立ち、ヴァルキリーは人差し指だけで来い来いと招く。
僕は、前屈みになりながらそれに従った。
「これは、【流るる神々】。【エインフェリア】となった者にのみ授ける武器よ。この中から――」
「おー、これカッコイイな。いいね、いかにも強そうだ」
無意識の内に、銀の剣を手に取っていた。
僕はおみやげコーナーでは木刀を、おもちゃ屋では剣のおもちゃを触るクセがある。
「……で、この武器がどうしたの? 何か意味があるの?」
「この中から戦うための武器を慎重に選んで欲しい、と言うつもりだったけど……迷うことなく<剣神シグルズ>を選ぶなんて、決断が早いわね。宜しい、では次の説明に移りましょう」
そう言って、ヴァルキリーはスタスタと教室を出て行ってしまう。
「……えっ!? ちょ、ちょっと待った! 戦うって……これで!? えっ、これで決定なの!? 能力とかスキルの詳細は!? リセマラ(やり直し)は無し!? 課金でも何でもするから、もう一回選ばせて!!」
僕のお願いなど完全スルーで、ヴァルキリーは軋む廊下をズンズンと進む。
僕は、見失わないように追いかけるので精一杯だった。
※
流れるような動作で、『二の一』と書かれた教室にヴァルキリーが入っていく。
追い付くのに必死だったので、ためらうことも忘れて僕もそこに流れ込んでいった。
教室の中には教卓と机が四つだけしかなく、その内の三つに制服を着た男子が一人、女子が二人座っている。
この人たちも、【エインフェリア】とやら何だろうか?
「ねー、ヴァルキリー。説明まだー? 教室でジーッと座って待つなんて、ちょっとした拷問よ? ウガーッてなって、その辺を蹴っ飛ばしそうよ」
クセ毛が強いショートボブの女子が、退屈そうに足をバタバタとさせる。
他の二人も、同意するように頷いた。
どうやら僕と同じで、全員連れて来られたばかりのようだ。
僕は三人の視線を受けながら、一番左の空いている席に座る。
全ての席が埋まったということは、これで全員揃ったということなんだろうか?
「そうね……。まずは貴方たちが今どういう状況下にあるのか、それから話すとしましょう」
ヴァルキリーは教卓に立ち、まるで授業でも始めるように咳払いをする。
「端的に言えば、貴方たちはもう死んでいるわ」
「えっ……!? い、いきなりそれを言うのか!?」
思わず大声を出してしまった。
当たり前だ。
いくら何でも直球過ぎる。
薄々そうなんじゃないかと感じてはいたが、もう少しムードを出すとか、心の準備をさせるとかあるだろ!
「あー……クソッ! やっぱりそうなのか……!!」
改めて言われると、だいぶ堪えるものがあった。
妹を助けて死ぬだなんて、我ながらカッコ良すぎる死に方だ。
学校でも世間でも、きっと英雄視されているだろう。
だが真衣には、動かない両足以上の重荷を背負わせるはめになってしまった。
他の三人も、似たような反応だ。
いや、ショートボブの女子だけは、何を言ってるかサッパリ分からん、というポカン顔をしている。
そりゃそうだ。
もう死んでいるのに、まだ生きているのだから。
「気高き死を迎えようとした者だけがなれる存在、それが【エインフェリア】。私が貴方たちを呼んだ理由は、【エインフェリア】にしか果たせない役目があるからよ」
「役目……?」
「この学校の防衛、並びに【ビフレフト(虹の橋)】の絶対死守よ。貴方たちに与えた【流るる神々】は、そのための力であり、唯一の対抗手段となるわ」
なるほど。
使えそうなヤツが死んだから、回収してこき使おうって話か。
ブラック会社も裸足で逃げ出すダークマターな職場らしいな。
「……僕は降りる。死んだのなら、そのまま死なせてくれ……」
僕は席を立ち上がり、受け取ったばかりの武器を机に置く。
こき使われるのがイヤなんじゃない。
戦うのが嫌いなんじゃない。
このままここに居たって、自責の念で壊れてしまいそうだからだ。
真衣には両足が動かないという絶望だけでなく、自分のせいで兄が死んでしまったという、一生消えない後悔まで背負わせてしまった。
僕は、それが辛くて堪らない。
それなら、真衣を助けたという満足感に包まれて死んでいった方がマシだ。
「席に座りなさい。説明はまだ終わっていないわ。それに貴方は、まだ死んでいないのだから」
「……へ? いや、え、だってさっき……はい?」
「端的に言わなければ、貴方たちは死に直面したことによって、エータル体(精神体)のみの存在となったの。それは、とても危うい状態。【エインフェリア】に相応しいと判断した私は、役目と役割に従って貴方たちを回収し、力を使ってエーテル体の固着を――分かりやすく言えば、魂を具現化させたのよ」
「ええっと……頭に全く入ってこなかったけど……。つまり、それは……僕らはまだ生きてるってこと?」
「ええ。限りなく死に近い状態だけど、生きているのは確かよ」
「は、はは……じゃあ端的に言うなよ!!」
なんてタチの悪いドッキリだ!
全身から力が抜け、僕は席にドスンと落ちた。
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