ヴァルキリー・転生デッドライン・ハイスクール

奇村 亮介

第1話 ホームルーム開始


 目の前にあるのは、青い海と、どこまでも広がる地平線。

 周囲のどこを見渡しても、本当に何も見当たらない。


 まるで大昔の世界地図のように、この海の先は断崖絶壁になっていて、僕が今居るこの小さな島だけしか無いんじゃないか。

 そんな錯覚を感じるほど、何も無い。


《緊急連絡。南の平地地帯に多数の<霜>を確認。各人、戦闘の準備をせよ》


 島の中央にそびえ立つスピーカーから、サイレンと共に緊急通報が繰り返し流れる。


 僕はポケットからスマホを取り出し、ホームボタンを押して画面を点ける。

 現在の時刻は、午後一時五十三分。

 なんとも中途半端な時間だ。

 戦略ソシャゲのように、『ヒトフタマルマル、作戦開始!』とか言えたらカッコ良かったのに。


 イス代わりにしていた巨大な岩から飛び降り、僕は与えられた武器を持ち上げる。

 肩に乗せると、ガシャリ、と重々しい音がした。念のため、僕はもう一度スマホを確認する。


「電波は……相変わらず無し、か。あー、ソシャゲが出来ればヒマなんかしないんだけどなぁ……」


 wi-fiなんて上等なモノはなく、そこそこ使える4Gも、最低ランクの3Gにすら繋がらない。

 ここは孤島。

 ソシャゲすら出来ない、悲しき孤島。

 あるのは寂れた港と、僕らが寝泊まりしている古びた木造校舎だけ。

 島の大きさは、東京都がすっぽり入るぐらいの大きさだと『先生』は言っていた。


《各人、【流るる神々】を構えよ。【恐ろしい冬】が来る前に》


 丘の下の砂浜に、パキリ、パキリと<霜>が降りる。

 春のような日差しにも関わらず、<霜>の層は徐々に、徐々に厚くなっていき、巨大な雪の結晶を形作っていく。


 ピシリ、ピシリと臨界点を知らせるようにヒビが入り始め、やがて鏡のように澄んだ音をたてながら、ソレは砕け散った。


 青空にぽっかりと空いた黒い空間の亀裂から、青い甲冑を身に纏った敵――【ウールヴヘジン】が次々と現れる。

 その数、八体。


《行け、勇敢なる生徒たちよ》


 『先生』の号令と共に、僕らは敵に向かって駆け出す。

 学校の屋上にある、【ビフレフト(虹の橋)】を守る為に。

 それが僕らに課せられた役目であり、戦う目的でもある。


 僕らは、【エインフェリア(勇敢なる死者)】。

 『先生』は、【ヴァルキリー(戦死者を選定する者)】。


 今日も僕らは戦う。

 自分たちが思い描いた、【ヴァルハラ(理想郷)】へ行く為に。



 ◆--------------◆




 少しだけ、時間をさかのぼって話そうか。

 あれは、いつも通りスマホを握り締めたまま迎えた朝で、いつも通り学校へ向かう途中のことだった。




 ◆--------------◆



 僕と妹は同じ学校に通っているので、いつも一緒に登校している。

 アニメやソシャゲではお馴染みの、ありそうでなさそうな光景の一つだと思う。


 普通の兄妹は、普通に仲が悪いもんだ。

 並んで歩くなんて、恥ずかしくてやってられないだろう。

 少し前の僕らもそうだった。


 それでも一緒に登校しているのは、もっと現実的で、実にシビアな理由があるからだ。


「そろそろ行くぞ、真衣」

「はーい。じゃあ今日もヨロシクね、お兄ちゃん」

「あいあいさー……っと!」


 僕は真衣を抱き上げ、室内用から外用の車イスに乗せ替える。

 玄関を開け、ストッパーを外す。

 両親はもう出勤しているので、家には誰も居ないが、僕らは「行ってきまーす」と言って外へ出る。


 真衣の車イスを押しながら登校する。

 これが、高校に入ってからの僕のいつも通り。


 こうなった経緯も、こうなった理由も、アニメやソシャゲでは決して取り上げられないシンプルで地味なストーリーだ。

 それでもまとめサイトのように三行に凝縮するなら、


『中学の時に、他愛も無い理由で真衣とケンカした』

『真衣が家を飛び出し、飲酒運転の車にひかれて、両足が動かなくなった』

『僕は責任感から、バリアフリーがしっかりしている高校に入学して、兄妹で通っている』


 という感じだ。

 もしもマンガになったら、


 内容は重いだけ。

 中身は古くさい。

 そして説教臭い。

 そんな、誰も得しないお話になるだろう。


 僕はそんなの読みたくない。

 暗くて重い話は大嫌いだからだ。


「ほら、お兄ちゃん! もっと速く! 物理法則を無視するぐらいに!」

「くっ……このっ……! 魔改造して、ニトロでも付けてやろうか!」

「アハハ! 行け、犬号(ケンゴー)! 犬ぞりみたく走れ走れー!」


 僕の名前が犬飼 剣梧(いぬかい けんご)だから犬号か。

 なるほど、真衣のクセになかなか上手いことを言うじゃないか。


 幸いなのは、歩けなくなったにも関わらず性格は明るいままで、僕との仲も険悪にならなかったことだ。

 むしろ、今こうして車イスを押してもらっていることに対して、真衣は強く感謝してくれている。


――じくりと、痛みが走った。


 いつまで経っても治らない、どこにあるのかも分からない『傷』が、また痛みだしたようだ。


 こと故が起きた時、妹の両足が動かなくなったと知った時、僕のせいだと自分を激しく責め立てた。

 だけど頭の片隅では、本当に僕が一番悪いんだろうか?

 やけに冷静な頭で、そんなことも考えていた。


 ケンカした僕が一番悪い?

 家を飛び出した真衣が一番悪い?

 飲酒運手していたヤツが一番悪い?


――違う。


 悪いのは……そう、悪いのはきっと全員だったのだろう。

 重さは違うけど、きっと全員が悪かったのだろう。

 僕がケンカをしなければ、真衣が家を飛び出さなければ、飲酒運転しなければ、こんなことにはならなかったハズなのだから。


 その考えを後押ししてくれるように、真衣も自分のせいだと謝ってくれた。

 両親は、あなたたちは何も悪くないとなぐさめてくれた。

 友達も、学校も、社会的にも、飲酒運転していたヤツが一番悪いと口を揃えて言ってくれた。


 僕の考えは正しかったことが証明された。

 いち早くそう考えられたことで、僕は深く傷付かずに済んだ。


 だけど、それが逆に『傷』が消えない原因となってしまった。

 もしかして……いや、やっぱり僕が一番悪いんじゃないか?

 そんな疑問が、いつまで経っても消えなくなってしまったんだ。


「お兄ちゃん! 赤! 赤信号!!」

「うぉぉっ!? マ、マジかっ!?」


 慌ててブレーキを握り、急停止する。

 道路から車イス一つ分手前の所で止まるが、真衣は勢い余って浮かび上がり、ドスンとイスに尻もちを付いた。


「痛ったーい! ちょっとー! まだ寝ぼけてるの!? ソシャゲのやり過ぎじゃない!?」


 目を覚ませと言わんばかりに、真衣はアッパーの要領でアゴの下をバシバシと叩いてくる。


「ゴメン! 悪かった、悪かったって!」

「全く、もう……! 悪かったって思うなら、今日も真衣のレベル上げに付き合ってよね。家に帰るまでに、回復専門のサポートチームを用意しておくこと。それと、ちゃんと前を見ること!」

「……あぁ、そうだな。そうだよな」


 そうだ。

 ちゃんと前を見て歩かないと。

 誰が一番悪いかなんて関係ない。

 少しでも悪いと思うなら、真衣の為にも先へ進んで行かないと。

 しっかりと、前を見て――。


 唐突に、後ろから凄まじい勢いで何かがぶつかってきた。

 衝撃のあまり、僕の意識は混濁し、視界は真っ白に染まっていく。


――何だ? 何が起こったんだ?


 慌てて後ろを振り向くと、カゴがひしゃげた自転車があった。

 運転手はハンドルに両肘を付け、両手でソシャゲを遊んでいたようだ。

 熱中するあまり、赤信号にも、僕にも気づかなかったらしい。


 カラ……カラ……カラ……。


 聞き慣れた音が、僕の背筋を凍らせる。

 真衣を乗せた車イスが、ぶつかった衝撃で前へ前へと進んでいく。


「えっ? お兄ちゃん? 待って、どうして……?」


 どうして赤信号なのに進むの?

 そう問い質すように、真衣は後ろを振り向く。


 まさか事故とはいえ、僕が手放しているとは夢にも思っていなかったのだろう。

 驚いた真衣は体勢を崩し、車イスごと倒れてしまう。


 車が――かつて真衣から両足を奪った車が、すぐそこまで来ている。

 今度は、命すら奪い去ろうと。


 誰が悪いんだ?

 手を離してしまった、僕なのか?

 ソシャゲに熱中して僕にぶつかった、このクソ野郎なのか?

 それとも、真衣に気づかない車なのか?


 違う。

 誰が悪いかなんて、今は微塵も関係ない。


――前を……前を見ろ! 妹の為に、前を……!!


 弾かれるように道路へ飛び出し、動けない真衣の元へ駆けつける。

 もう……嫌なんだ。

 僕のせいで、真衣がまた事故に遭うなんて……絶対に嫌なんだ。


 車は、すぐ目の前にまで来ている。

 間に合わない。

 直感的に分かった僕は、車に背を向け、真衣をぎゅっと抱き締める。


「お兄ちゃん……!!」


 多分これで、真衣だけは助かるだろう。

 もし……もし僕が一番悪いんだとすれば、これで許してもらえるだろうか?


 車が、僕を――。



「集え、【エインフェリア】たちよ。己が望む、【ヴァルハラ】の為に」


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