コール・ネイビーフード

 アユタナに帰ってきて数日。

 メトロポリタンには今日も、南国性の眩しい日差しが降り注いでいます。敷地内を強い風が吹き抜け、芝や植木は悠々とたなびき、水面には波紋が広がっていきました。忘れた頃にスコールがやってきて雨を落としたあとには、庭に散らばった雫が陽で煌めき、一層世界が輝いて見えました。

「で、電話がっ……鳴り、鳴りやみませぇん!」

 サジィさんの悲鳴が、鳴りやまない呼び鈴と共に聞こえました。

「みなさん、ネ、ネイビーフードを……寄こしてくれって! あ、あ、あっちでも、こっちでもぉ……!」

「ひっぱりダコね」

「大人気だな」

「便利屋みたいになってやがる、うはは」

「笑いごとじゃないですよ、もう!」

 アンスリウムの撃破はこの国だけでなく、世界中に広く発信されることとなりました。

 メトロポリタンが相手取るメトロは、その多くが正気を失ったようなメトロや、あるいは爆竹バオチュウのような知能も性能も低いローエンド・メトロが大半を占めています。そんな中で、大戦期に活躍し、さらに正気を保ったままのメトロとの戦闘は、今となっては珍しく、さらにそれを撃破したのがメトロポリスとはいえ非軍用として作られた私だったということで、大きな話題になりました。

 また、私が水精のメトロポリスだったことが、関係者界隈では衝撃的だったらしく、ライカさん曰はく『水精メトロポリスの運用に革命を起こしうる』くらいだったそうです。特に、水を用いた空間把握は、確実にこの業界に一石を投じたとのことでした。

「こうなることが分かっていて、課長はセラさんを呼んだのかしら。だとしたら……」

 などと、ひとりでつぶやいていました。

「チャ、チャオさんから……応援、要請です……! しゅ、首都市街地の……タワーマンションで火災だそうです……!」

「大変……! わかりました! すぐ行くって伝えてください!」

「お待ちください。当局からも支援要請がありました。東北部山岳地帯で、子供を含む登山客が行方不明となっていて、ネイビーフードに霧による探索を実施してほしいとのことです」

「え!?」

「セラは居るか? 外でテレビ局がネイビーフードにインタビューしたいとか言ってるんだが」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

「ライカー? メトロポリタン・ハミルトンからネイビーフードを貸してくれって依頼が来てるぞ。せせらぎどこだ?」

「ハミルトン!? どこ!?」

「南半球ね。ここからだと飛行機で5時間くらいかしら」

「遠い!? じゃなくて! ど、どうなってんですかもおおおおお!!?」

 また誰かに必要とされるのは嬉しいですが、ここまで忙しいと困ったものです。何事もほどほどが一番だと実感する近頃でした。

「と、とりあえずチャオさんの応援に行ってきます!」

「ダイヤモンドスター。ヘリを出してあげて」

「承知しました」

「ありがとうございます!」

 ここまでも嵐のような日々でしたが、どうやらそれはただの嵐の前触れにしか過ぎないようでした。

「エナさんちょっと!」

「ん?」

「立ってください」

「何でだよ」

「いいからお願いします!」

「こえーよなんだよ……?」

 エナさんはしぶしぶ椅子から立ち上がりました。

 アンスリウムに撃ち抜かれたお腹も直っていて何よりです。

「失礼します」

「は? って、うわあああ! 何すんだ!?」


 ぎゅううううううう。


 私はエナさんに抱き着いていました。

「はぁ~……エナさんのエナジー感じますぅ……」

 あったかくて柔らかくて、癖になりそう……。

「気色悪いこと言ってないで離れろ!」

「あんっ! うー……エナさんのケチ……」

 エナさんに振りほどかれてしまいました。

 まぁ、機会はまたいくらでもあるのでよしとします。

「ダイヤモンドスターさん! お待たせしました! 行きましょう!」

 ヘリポートへと体の向きを変えた、その時です。

「せせらぎ」

 エナさんがぽつりと言いました。

「頑張れよ」

「……!」

 なんだか、それだけでとても力が湧くのを感じました。

「……はい! では、行ってきます!」

 どこからともなく声が聞こえます。


 それはとめどなく、まるでせせらぎのようでした。


 ネイビーフードを呼べ。


 ネイビーフードを呼べ。


 ネイビーフードを呼べコール・ネイビーフード


 ネイビーフードを呼べコール・ネイビーフード




 - コール・ネイビーフード -



 fin.

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コール・ネイビーフード 月啼人鳥 @gt_penguin

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